第40話 航空戦艦 re
買い物客で
旅客機の
興味深いことに、積み重なるように組まれた残骸の接合部分が、溶けて混ざり合ったかのようにひとつの塊になっていた。
旧文明期の建物は頑丈だった。古い時代の火薬を用いる兵器では、ほとんど傷がつけられないほどに。そう考えるのなら、この建物は安全な場所なのだろう。
その格納庫の内部には、武装した〈姉妹たち〉が駐在していた。
鳥籠の警備隊である姉妹たちのための詰め所まで用意されていて、彼女たちが楽しそうに笑う声が
地面に埋まり艦橋だけが地上に顔を出していたが、恐らくそれは航空戦艦の残骸だと私は考えた。似た形のものを廃墟の街で何度か目にしていた。我々が拠点にしている保育園の廃墟近くにも、墜落したと思われる巨大な航空戦艦の残骸が横たわっている。
「この鳥籠には、核防護施設の他にもこんなモノまであるのか?」
私の言葉に反応してユイナは立ち止まり振り返った。
「どうして地下にある施設のことを知っているの?」
ユイナの声はいつにも増して冷たかった。
「どうしてって、ここは鳥籠なんだろ? 旧文明の施設がなければ、ただの集落だ。そんな場所を人々は鳥籠とは呼ばない」
ユイナはヒスイ色の
「地下施設のことは公表されていない。施設のことを知っているのは姉妹たちと一部の人間だけ。不時着した旧文明期の〈宇宙船〉の周囲につくられた鳥籠、それが外部の人間の認識なの」
『イーサンもこの鳥籠に施設があることを知っていたみたいだけどね』と、カグヤは言ったが、彼女の言葉を無視してしまうほどに、私はユイナの言葉にひどく驚いていた。
「待ってくれ、そいつは宇宙船なのか?」
「そうよ。でもそれは重要なことではないの、教えてくれるかしら、どうして施設のことを知っているの?」
ミスズが眉をひそめて、困ったように私を見つめる。
「行政機関の建物を探索したさいに、生きている端末を見つけた。そこで〈二十三区の鳥籠〉にある施設について知った」と、私はユイナの目を見つめながら嘘をついた。
ユイナはヒスイ色の瞳をぼんやりと発光させながら、私の目をじっと見つめて、それから言った。
「とりあえず、そう言うことにしておきましょう」
ユイナが紺色の鋼材で造られた艦橋の側に立つと、なにもなかった艦橋の壁面に縦の切れ目が走り、それを中心にして壁が左右に開いていった。
「行こう、ミスズ」
ユウナはそう言うと、ミスズの手を引いて艦橋内に入っていった。
「この宇宙船は動くのか?」
『不思議な感じがする。なにかが私のシステムに干渉しようとしている』
『それなら、すぐに宇宙船から出たほうがいいな』と、私は声に出さずに言う。
『待って、大丈夫。コントロールできてるから安心して。相手が
「何してるの、レイ。早く入ってきて」
ユイナの声に急かされるようにして、私は宇宙船に入る。
入り口の側に設置されていたエレベーターに乗り込むと、四角い箱は音もなく下降し、白い壁が続く通路に出た。オートウォーク、
それはギリシャ神話の神々を
しかしその機械人形は、肌色の皮膚の代りに白い皮膚にも見える
しなやかな動きを見せる機械人形は、男性タイプもあれば女性タイプも存在していた。
「あの、ユウナさん」
ミスズの言葉に反応して、ユウナは笑顔を見せる。
「ユウナでいいよ」
「……えっと、ユウナ。あれは機械人形なのでしょうか?」
ミスズが指差した場所には、白い肌をした女性タイプの機械人形が立っていた。
「うん? さっちゃんのこと?」
「さっちゃんですか……?」
「戦闘用の機械人形〈ゴーレム〉です」と、ユイナが振り返ることなく言う。
「そうだよ、ドロイドのさっちゃん」とユウナが続けた。
「ゴーレム」と、ユイナが訂正した。
「……ゴーレムですか。初めて見るタイプの機械人形です。ユウナは個別に名前をつけているのですか?」
「うん、だってみんな同じ顔だからね。髪の毛も生えてないし」
「違いが分かるのですか?」
「うん? 分かんないよ」
「そうですか……」と、ミスズは返事に困っていた。
彼女たちに案内された白い部屋には、空中に浮かぶホログラムディスプレイが部屋いっぱいに投影されていた。それらのディスプレイが映しているのは、宇宙船の外の様子だった。
大通りを行きかう人々や、青空市の
半球状の天井になっている部屋は広くて、壁に設置された間接照明が
『画面に表示されている映像は、昆虫型ドローンから受信している映像だね』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。
『俺たちも監視されていたのか?』と、私は声に出さずに
『たぶん、駐車場からずっと』
『いい気はしないな』
『これだけの規模の鳥籠だからね、監視の眼は多すぎるくらいでちょうどいい』
空中に投影されているホログラムディスプレイの中心で、座り心地の
身につけている人間は見かけないが、軍服自体はめずらしいモノじゃない。〈ジャンクタウン〉にある軍の販売所でも購入できる。けれど青年が身につけているモノは、素材からして普通の軍服ではなかった。その軍服は
「それで、レイラ。君はなにをしにこの鳥籠に?」と、黒い瞳の青年は言った。
「どうして俺の名前を?」
私の言葉に答えるように青年が腕を動かすと、ホログラムディスプレイが我々の側に投影された。映し出されたのは、駐車場で空に向かって射撃する私の姿だった。
「君の
「宇宙船の機能を自由に使えるのか……あんたは何者だ?」
「秘密だよ、君にも秘密はある。でしょ?」
「……そうだな」
「座って、レイラ」青年が言葉を口にすると、床から粘度の高い液体が染み出し、瞬く間に椅子を形成して瞬時に固まった。「……えっと、それからミスズさんも座ってね」
ミスズはうなずくと、形作られたばかりの椅子に浅く座った。
「拠点の防壁をつくったときみたいですね」と、ミスズが小声で言う。
私はうなずくと白い椅子の背もたれに手をかけて、椅子がしっかりと固まっているのか感触で確かめてから座った。
「座り心地は
青年は頭を振りながらそう言った。
「
「ふむ」
青年は座り心地の
「レイラは姉妹たちの秘密について知りたがっているようだったけど、それは本当なの?」
秘密があることを白状するような物言いだったが、私は構わず青年に
「名前を聞いても?」
「そうだったね、うっかりしていたよ。僕の名前は〈シン〉タケミカヅチのシン」
「日本神話の
「神話?」シンは質問の意味を理解していないのか、頭を横に振った。「違うよ、戦艦の名前さ。僕はこの場所で産まれたから」
「戦艦……?」やはりこの宇宙船は旧文明の戦艦だったようだ。「この場所で産まれたとは、どういう意味だ」
「それ以上のことは秘密だよ」
青年の言葉に私は肩をすくめて、それから言った。
「よろしく、シン」
「うん。よろしくね」それで、とシンは言った。「レイラは姉妹たちの秘密を探ってどうするつもり?」
「じつを言うと、姉妹たちにはあまり興味がないんだ。いや、こんな言いかたは失礼だな。好奇心はある。どうしてみんな同じ顔をしているのか、噂通り、姉妹たちは〈クローン〉なのか。とか、そんなことは考える。けどこの鳥籠に来た本当の目的は違う」
「何を知りたいの?」
シンは幼さの残る顔でそう言った。
「〈不死の子供〉について知りたい」
私の言葉に反応して、シンの後ろに立っていたユウナの眉がピクリと動いた。となりに立つユイナは澄まし顔を崩さなかったが、それが
「その言葉、どこで聞いたの?」とシンは言う。
「〈守護者〉に教えてもらった」
シンは椅子から立ち上がると、
「レイラは守護者の知り合いがいるのか、
「不死の子供について
「僕の知っていることなら教えられる。でも、タダでは教えられない」と、シンは私の瞳を見つめながら言う。
「当然だ。俺は
「ふむ」シンはそう言うと白い天井を見つめた。「僕はアクションゲームが好きでね、レイラもプレイしたことがある?」
「テレビゲームなら」
「てれび……ゲーム? まぁいいや、とにかく僕はプレイする。本当は戦闘訓練も兼ねているんだけどね。この部屋と似たような場所でやるんだ。ゲーム世界の環境をそのままシミュレーションしてプレイする。匂いや、体温を感じられる。建物だってフロアに瞬時につくられるから、触れて感触まで体験することができる」
「すごいですね」と、ミスズが素直に感心する。
「うん。元々は戦艦の乗組員の遊技施設だったんだけどね。そのゲームをプレイしていると、依頼を受けることがあるんだ。
「それで」と、私は脱線しかけた話の軌道修正を試みた。「そのゲームと、依頼には何の関係が?」
「レイラに依頼する仕事は、君からしたら、退屈なお使いなのかもしれない。でも僕にとっては、とても重要な問題なんだ。個人的でとても重要な。だからレイラが依頼を引き受けてくれるのなら、真面目に対処してもらいたい」
私はシンの黒い瞳をじっと見つめて、それからうなずいた。
「分かった。可能な限り、依頼には真面目に取り組むよ」
「ありがとう。僕は母さんたちって呼んでるけど、君たちは姉妹って呼んでいるから、僕もここでは分かり
『母さんたち?』
カグヤは疑問の声を浮かべた。
私も気になったが、とりあえず依頼についてシンに
「彼女は鳥籠の外に?」
「うん。近隣の集落で暮らす男性のもとに
「結婚か、そんな習慣がこの世界に残っているとは思っていなかったよ」
「ここでは普通のことだよ。姉妹たちは相思相愛になった相手ができたら結婚して、ゆりかごを出ていく。姉妹たち全員がそうするわけじゃないけど」
「この世界で普通のことができるのは、すごいことだ」と私は素直に言う。
「保安上の問題で確認させてもらったけど、レイラのIDカードの情報によると、レイラは〈ジャンクタウン〉のスカベンジャー組合に所属している。そのジャンクタウンで家族と共に暮らす姉妹もいるんだよ。君が気づいていないだけで、ジャンクタウンにいるとき、彼女と何度もすれ違っていたのかもしれない」
「それは知らなかったよ」
「そんなものだよ。普通は他人に関心なんて持たないからね、その他大勢のひとりってだけ」
「でも、シンにとっては違う」
青年はうなずいた。
「姉妹たちは全員、僕の大切な家族だ」
「彼女の嫁ぎ先の集落で、何かトラブルがあったと考えているんだな」
シンの周囲に浮かぶホログラムディスプレイを見ながら
「うん。だから彼女の安否を確認しに行ってもらいたいんだ」
「鳥籠のあちこちにいる昆虫型のドローンでどうにかできないのか?」
「戦艦から離れ過ぎると、電源の供給ができないから使えないんだ」
私はしばらく考えて、それからミスズに声をかけた。
「どうする、ミスズ?」
「依頼を受けましょう」と、ミスズは悩むこと無く力強くうなずいた。
「よかった。レイラたちが一緒に来てくれるのは心強い」
「シンくんも、一緒に来るのですか?」と、ミスズは驚いていた。
「シンでいいよ」と、シンは照れて顔を赤くしながらミスズに言った。
「シンが照れてる」とユウナが笑う。
「愛しい人は、姉妹たち以外の女の人と話したことがないから」と、ユイナが言う。
「う、うるさい」シンは小声で言うと、椅子から立ち上がる。「レイラとミスズさんには、戦艦内の部屋を用意する。だから今日は泊まっていってください。依頼についてはまた明日、説明します」
私が遠慮しようとすると、シンは笑いながら言った。
「安心してください。昆虫型の監視ドローンは艦内に配置していません。もちろん、部屋のなかを勝手に覗いたりもしませんよ」
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