第113話ベタというかテンプレというかお約束というか
「別にネチネチ言われたわけじゃないんだからさー、まだ午前中なのに辛気臭い顔見せないでくれるー?」
「くくく、負のウェイクアップノーセンキューな時間を弁えたまえの感情の行き場なり」
「言う事は最もだけどな、すぐ気持ち切り替えるには微妙にめんどくせぇんだよ聞いた話が」
マシロとクロエが鼻で嗤いながらそんな事を言ってきたので俺は溜息交じりにそう応じた。
州都庁から出て数分程に小綺麗な感じの飲食店を見つけたので俺達はそこで茶をすることにした。
どうせ滞在中には帰りの挨拶含めてニ、三度顔を会わせるんだ。細々とした事務仕事系はそんときやればいいし、随行してきた文官らが此処の奴らから幾つかの書類貰い受けたのは確認している。
その文官達はというとターロンが引き連れて先に宿へと帰還してる。
「坊ちゃんらは気晴らしに少し街を見てくるといいですよ。私が彼ら連れ帰るんで」
「いやお前らも一緒に茶飲んでいけよ。俺が奢るから遠慮すんなって」
「気前の良いのはありがたいですが、私はともかくヴァイトから来た面々には商都は不慣れでしょうからな場の空気的な意味で」
「まぁ今日は確かに随行員全員に休養命じてはいるがな。いきなり自由行動させて何かあってもだし」
「そういうわけですよ。朝からちょいと仕事したから残りは休ませましょう。明日からまた仕事でアレコレ使うんですから」
「そういうことなら分かった。人も多くなってきたし書類の護衛と思って任せるわ」
「では先に帰ります。坊ちゃんらも明日あるから早めに戻ってきてくださいよ」
ターロン達とはそういうやりとりをして店前で分かれ、今こうして一角にある大き目のテーブル席についてるのは俺、マシロとクロエ、モモと平成の五人。
まだ朝と昼の合間ということで飲み物だけを頼む。
朝から酒というわけにもいかないしちょいと暑さも感じてきたから茶という気分でもないので果実水だがな。
頼んだ後に何気なくメニュー表を見てヴァイトで売ってるものより三倍は値段高かいことに今更気づく。俺の懐具合的に大したことではないが三倍も差があれば目に留まるもんだ。
最初は都会価格と州都庁付近という土地代絡みで高値かと思ってたんだが、注文した柑橘系絞ったであろう果実水お出しされて理由が分かった。
木製のコップを手にした瞬間ひんやりとしたものを感じる。もしやと思いつつ一口飲むと冷えた水が身体に染み渡っていく。
氷魔法の使い手雇ってるのか余程深い井戸水所持してるのか、いずれにせよこの季節に冷たい飲料提供出来るとなれば多少は強気価格になるか。
無論マシロとクロエが扱う魔法と比べたらやや生温さは否めないとはいえ、売り物としては十分成り立つ冷たさだ。
目についたからなんとなく入ってみたが、選択としては悪くないのでささやかな満足を覚える。
とはいえそれはそれこれはこれだ。
知らなきゃそれはそれで頭抱えてたが来て早々に知りたくもないトラブルの種を知ってご機嫌ではないな。
大体なんだよワルダク侯爵って。
いや知ってるよ。王都で生まれ育った貴族なんだから全部とはいかんが、伯爵位以上は可能な限り最低限の知識は仕入れてるから。男爵や子爵クラスでも軽視出来ない立場の奴とかも覚えたから。
俺がそうぼやきたいのは名は体を表すを地で行く侯爵の野郎そのものだ。
名前からして悪さしてそうなのにマジで噂が噂でないマジモンの悪党らしいってベタすぎんだろ。
日本の時代劇なら将軍に斬られてるか副将軍に土下座してるかな名前とかふざけてるの?
そんなのが商都に今滞在中とか勘弁してくれよ。
会うとは決まったわけじゃないだろ?十万前後の人が住んでる場所で顔合わせする可能性高いかと言われたら微妙なんだよなこれが。
人口百万単位の大都市なら確率大幅に下がるが、幾らこの国で三指に入る栄えた場所だろうがこの程度の規模では怪しいもの。
しかも人や物が多く集まる場所ともなれば範囲は絞られるわけで益々面倒な状況に遭遇しそうで憂鬱になりそうだ。
「いやでもリュガさん心配しすぎじゃないですか?別にそのワルダクって人見つけても無視すればいいだけじゃ?」
「そうだな。あちらは遊びで来てて私達は仕事で来てるのだから接点などないだろう」
俺の奢りということで遠慮なく果実水のお替りを頼んだ平成とモモがもっともな正論をのたもうた。
うんそうだね。普通に考えればそうなる筈だ。
俺だって面識まったくない相手にわざわざ近寄るような真似はしないし、相手だって俺の事なんざ話しかける用事も価値もなかろうからな。
俺もそう思い直して気持ち切り替えたい。
しかし如何せんワルダク侯爵とやらが噂どおりの悪い奴というなら何をやらかしてくかという不安要素が生ずるのだ、
勢力拡大の為に反社会的な連中と誼を通じる無駄に爵位の高い貴族なんて十中八九欲深くて自己中な悪党だ。
ギルドにせよ商会との話にせよ、現地のその筋の人らを使ってちょいと情報収集すれば節令使である俺が商都に居る理由も知るのは可能。
先程のマルシャン侯爵は欲しいモノの取り置き依頼みたいなもので実に節度ある態度だったと思う立場や身分考慮したら。
けれどもああいうのは例外として割り切らないといけないのがこの世界の貴族クオリティ。恐らくは俺の偏見どおりにパワハラじみた要求とかしてくるのが想像し易い。
どのタイミングで首を突っ込んでくるか分からない以上は察知される前にさっさとやることやるしかないんだろうけどな。
やれやれこんなくだらない不安要素のお陰で焦らないといかんとは。
四人から「いい加減しつこい」と言わんばかりの視線を受けつつもわざとらしい溜息を吐いて天井を見上げる。
もう少しだけここでウダウダしたい気分なので俺もお替り頼もうと従業員を呼ぼうとしたときだ。
「おうコラザッケンナコラー!?おいなんだよおい!!」
育ちの悪さ全開の怒鳴り声が店内に木霊した。
何事かと声の発生源を探してみると、少し離れたとこにある別の席にて二人組の男が従業員を威嚇してる光景が目に映る。
いかにもチンピラやってますという育ちの悪そうな容貌をしている。それはいいとして内心首を傾げたのは二人組の服装だ。
汚れや雑な修繕などで一目見ると判別し辛いのだが、よく見るとプフラオメ王国兵士の軽装ではないだろうかあれ。
中世の兵士の質なんて上等なのが多くはないとはいえ、レーヴェ州の州都、しかも徒歩十分圏内に州都庁があるような区域であんな荒れた落伍者な兵隊が闊歩するのを当地の節令使も駐留軍も見逃す筈はない。
廃棄寸前のモノを横流しされた可能性もあるとはいえ着込むにはちょっとばかし度胸もいるだろう。巡回する兵隊に変装疑われてしまうのがオチなのは目に見えてる。
気にせず着込んでるがレーヴェ州の州都駐留軍とは思えない。となればどこからか流れてきた逃亡兵の類か?
ならあり得る話だ。
万単位の常備軍を抱え込んでるとはいえ軍制などは時代を先んじてるわけでもない。末端の兵士の扱いなど上次第でコロコロ変わるもの。
待遇に不満を持って逃げ出してきて、かといって故郷に戻っても咎められる可能性も高いとなれば仕事にありつけそうな場所に流れ着くだろうな。
などと俺が思案してる間にもチンピラは店員に喚き続けてる。
「水がこんなに高いとかふざけてんじゃねーよ!店長呼んで土下座しろよこらぁ!」
「ですから当店は冷えた飲料提供してる分値段は高いのです。お品書きにも表記されてることを言われましても」
「文字なんて読めねーよ!馬鹿にしてんのかぁぁアアン!?詫びに金出せや!責任者早く連れてこいよおい!!」
「騒がれたら他のお客様のご迷惑となります。申し訳ございませんがお静かにして頂けたらと」
「知らねーよそんなことはぁよぉ!俺達は謝れよってんだよぉぉ!お前じゃ話にならねぇってんだよボケぇ!!」
「ですからそういうの困るのですが」
これが現代日本なら歪んだ「お客様は神様」精神とか発揮しちゃってへこへこ謝る流れなんだろうが、この時代にそんな奴隷根性の派生みたいなものはないので店員も明らかに客にならない相手に露骨にウンザリした顔をして一歩も引かない。
商売でシノギ削り合ったり港町故に荒くれ者も珍しくもないからか度胸もそれなりにあるんだろうな店側も。
しかしそれはそれであのチンピラ共の喚き声がうっとおしいことこの上ないがな。
「いやークレーマーってどこにもで居るもんっすね。しかもああいう不良というか半グレみたいなのとかベタすぎでしょう。最近だと怒鳴る系のクレーマーは中年男性率高いから久々見ましたよあんなん」
「文字読めない以前に店の雰囲気的に場違いなのも認識出来てないとか痛すぎだろ。つかあれか、ゆすりタカリ目的でわざとかもしれんな」
「昼にもなってないのに朝からよーやるわー。大声出せばなんでも押し通せるとか馬鹿の発想よねー」
「くくく、愚者オブ愚者へのコメントはマイナスに至りて」
現代日本でもそうは見ないベタなクレーマーの姿に俺らは完璧他人事のようにコメントしつつ早く終われよと思うのであった。
あったのだが。
「おいお前達いい加減にしろ。周りの迷惑になってるのが分からないのか。少なくとも私達は迷惑してるんだぞ」
いつの間にかチンピラクレーマー二人組と店員との間に先程まで同じ卓に居た筈の赤毛の少女の姿があった。
うんまぁあれだ。現代日本人なら関わり合い避けるために少しぐらい不愉快でも無視決め込むけど、君みたいなタイプは口出すするよね普通は。
正義感強いのはイイ事だけどねうん。
「なんだテメェズットバスゾオラー!?」
「女だからって殴られないとか勘違いしてるんじゃねぇかお前よぉ!?」
威嚇する男らにモモは動じた風もなく溜息を一つ吐く。
「御託はいい。今すぐ店の者に詫びて出ていくか、痛い目にあって情けない姿晒して詫びて出ていくかどちらか選べ」
「このアマぁ!!」
音を立てて椅子から立ち上がった男らは怒りに任せてモモに掴みかかろうとする。
だが掴まれるのを黙って待つような相手ではないのだよそこのゲンブ族族長の娘殿はね。
男がモモの胸倉掴み上げようとした瞬間、彼女は強烈な肘打ちを相手の手の甲へ叩き込んだ。
思わぬ箇所の痛みに動きを止めた男は次の瞬間踏み込んできたモモからアッパーカットを喰らって派手に倒れ込む。
もう一人の男は瞬く間に起こった事に動揺して動きを止めてしまった。
そこをモモは見逃さずに卓を支えにしてそこを乗り越えると同時に飛び蹴りを相手の胸元に叩き込む。
椅子や食器を崩しつつ男がこちら側まで吹っ飛んでくる。
「こ、の……!」
反射的に起き上がろうとした男はそれを果たすことは出来ずに痛む胸元を押さえるしかなかった。
何故かと言えば、俺がコイツの顔面に鞘から抜いた剣先を突き付けてるからだ。
ここまでやったら無関心決め込むわけにもいかんでしょうよ。
「動くなよ。妙な動きしたら眉間にぶっ刺してやるからな」
俺が冷ややかにそう宣言して男は黙る筈だった。
だが男は俺の顔を凝視して痛みも忘れて驚愕に顔を歪ませだした。次いで声に成らない呻き声を上げだす。
「テメェは……!」
「?」
俺にはこんな輩と面識ない筈なんだがな。誰かと勘違いしてるとかか?
などと思って沈黙してると、男は床に這い蹲った体勢のままに怒声を上げだした。
「テメェはヴァイトの節令使じゃねーか!?なんでテメェがこんなとこにいやがるんだよ!?」
「んっ?私を知ってるようだが何者だ?」
「気取ってるんじゃねーよ!俺達はなぁ、ヴァイトの駐留軍の兵士だったんだよ!テメェの人気取りの所為で軍から逃げ出す羽目になったんだ!ちょっとお遊び過ぎただけで罰受けさせるとか馬鹿じゃねーの!?」
「……あぁなるほどな」
男の怒りに満ちたまくし立てに俺はようやくコイツラの素性を看破した。
去年の春に着任してすぐに行ったのは減税と衛生関係と軍内の綱紀粛正だった。そしてすぐさま目に見える効果があったのは軍の一罰百戒だったな。
別に間違った事をしたとは微塵も思ってないし、期限内に自首すれば精々牢屋送りで済んでるだろうに逃げ出す方が悪いだろ。
確か逃亡犯二八名出てそのうち一六名は早い段階で処刑されて、その年のうちに更に十名が捕縛されて即日首を跳ね飛ばした筈だ。
なにせ州外に逃げるとなれば回廊通るかメイリデ・ポルトから船に乗るしかないしな。
ヴァイトに残っても懸賞金出してでも追跡してたんで捕まるの時間の問題だったし、人気のないとこに隠れようとも魔物の餌になるのがオチ。
捕まってない奴もどこぞで野垂れ死にしたか魔物に喰われたかと思ってたんだが、まさかここまで逃げ延びてたとはちょっと驚きだ。
誰か手引きしてると見て間違いない。それも官の者よりかは地元の反社会的勢力っぽいのに。
さてどう聞き出すかと思ってるとだ。
「たかが女子供十人ぐらい殺したり女を数える程しか売り飛ばしたぐらいで酷すぎだろうがよぉ!?俺らは裏と表も守る必要悪の正義の悪者として頑張ったご褒美替わりに臨時収入貰ってただけなのにあんまりじゃねーか!!」
「……」
「俺達が関わってた人買いのとこの元締めがワルダク侯爵様だったからその人のお陰で密航してここまで逃げてきてよぉ、そっから此処でまた同じように働きだしてこれからってときに、なんだってこんぐぎゃ!?」
短い断末魔と共にに硬いものがぶつかる音が同時に響く。
あんまりな主張に唖然としてた俺に代わってモモがベラベラ自白し続ける男の顔面に近場にあった椅子を叩きつけたのだ。しかもご丁寧に角っこ使って力強く。
バイオレンスだけどちょっとスカッとしたのは内緒な。
「……とりあえずここは任せてキミは平成連れて州都庁行ってきて。官憲でもなんでもいいから連れてきてすぐに」
血と折れた歯を口からこぼしながら気絶した男をしげしげと眺めつつ、俺は椅子を乱暴に降ろすモモにそう指示する。
「いいのか節令使殿。ヴァイトに居た者なら宿に連行して拷問して色々白状させるべきでは」
「ヴァイトならそれも選択肢にあるけど此処でそういうのは駄目。常識的にはレーヴェ州の役人に任せるべきなんだ」
「そういうものか?」
「そういうもんですよモモさん。なにナチュラルにあんな豪華な宿を血で汚す気なんすか」
「迂遠なものだな。こんな奴ら今すぐにでも喋らせるだけ喋らせて殺してもよかろうに」
さも不思議そうにつぶやきつつモモは「もうやだこの脳筋蛮族思考」と頭抱える平成を連れて店を出ていった。
残された俺は固唾を飲んで見守ってた店員達を手招きして飲み物代に加えて椅子や食器の弁償代含めてお金を手渡しする。
「すまないがそこの二人を役人らが来るまで縛り上げるなり見張るなりしてくれたまえ。私は自分の席で待ってるから」
無言で首を縦に振る店員らを後にして俺は席に座りなおして深い溜息を吐いた。
そんな俺の様子をマシロとクロエはニヤニヤとした笑顔を浮かべて見物してる。
「今さー『幾らなんでもベタすぎだろ何もかもが』とか思ってウンザリしてるでしょー?」
「くくく、シンプルなお約束のデラックス盛り。今後も繰り返されるテンプレのストームの囁きはトゥモローへの予定調和」
あぁまったくそのとおりだよ。ホントなんだこれ。
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