第103話就任一年目迎えましての途中経過語り

 王国歴四二〇年五月一日。


 書類上では俺ことリュガ・フォン・レーワン伯爵は去年のこの日にヴァイト州節令使就任してるので、今日で一年経過したと言って差し支えはない。


 厳密に言えば州内経由して州都及び州都庁到着日をもって正式というならもうちょい先だが、まぁよかろうこんな時代にそんな細かいこと。


 一年経過したからといって何かアニバーサリー的なのやるわけでもなく、俺は執務室にて今日も日々の業務に勤しんでるわけで。


 労働に励む人間に対して眼前にて自作のカードゲームを適当に弄ってたマシロとクロエがいつもの小馬鹿にしたような笑み浮かべてこうのたもうた。


「うっわ地味ー。面白味ゼロ超凡庸仕事中毒男くさいわー」


「くくく、グルーミなジャンキーの詫びしきデイリー消化の無為なるタスク」


「うるせー馬鹿!!日々の積み重ねをちゃんとやってる社会人全員に謝れや!?」


 暇そうにしてる癖に暇を満喫してるという相変わらずなド畜生二人の暴言に俺はデスクに拳を叩きつけて吠えた。


 最早毎日の日課の如くなやりとりなんだから少しは大人な対応でスルーすべきなんだろう。しかし仕事してるのに目の前で全力全快でダラけてる姿見てると微妙に腹立つんだよ。


 しかしそれを込みに考えてもこの一か月弱は平穏そのものだった。


 少なくともいつぞやのダンジョン騒ぎみたいな事なぞ起こらずただただデスクワークしてた。


 いやそもそもだ、それが俺にとって当たり前なわけでな。やれ遠征だのやれ探索だのとかするのがおかしいんだよ。


 いつもの事とはいえ節令使、少なくとも今のヴァイト州節令使は忙しいんだよ。


 一年経過したということは、俺が始めた引きこもり事業もまもなく開始一年目になるわけだから途中経過を確認しつつ次の課題を示さないといけない。


 あともうすぐ商都行きも控えてるので当面留守にしても問題ないように通常業務しつつ判例集つーかマニュアル集みたいなの作ってないといけないんでな。


 行き帰りの往復と滞在込みで二か月を予定している。


 節令使という州のトップがそんなに不在でいいのかと疑問が出るだろうが、現代地球と違い同じ国とはいえ気軽に行き来出来ない以上は一度来たらやれるだけの事をやる為に必要なのだ。


 当初は船での移動も考えた。なにせ俺の管轄するこの地は王国で数少ない海に面した地域であり港も船もあるのだから。


 けれども完全に引き籠る前に他所の状況も直に見ておきたいという考えもあったので結局没になった。船旅は情勢次第では今後使う時もあるだろうから今回は無し。


 大方の予定は前々から決めてるとはいえ人事含めての細かいとこは出発が迫りつつある最中でようやく決め出してるところだ。


 俺が連れていくと決めてる面子以外は部下たちが話し合いをして人選していく。だけどそれを確認及び承認するのはトップつまり俺なわけで。


 とまぁ準備だけでも割とやることあるのよね小さいこととはいえ。


 就任一年目という個人的なのもあるが五月ともなれば冬は駆逐され春まっさかり。夏の暑さもまだ忍び寄ってなく秋と同じく過ごしやすい季節からか人の往来も各所で盛んになる。


 寒さや暑さで鈍る動きがここぞとばかり動き出すから夏になるまでの短い間に物事を進めよう。そう意気込んで行動する姿勢は上も下も変わらないといったとこだ。


 季節抜きにしても四月や五月は区切りの月ともなる。


 俺の引きこもり事業も一年二年でどうにかなる類のものではないが、区切りの時点でどうなってるか関心は大いにあるわけで。


 だからこそ俺はこうして節目迎えた日だろうと朝から仕事に励んでるわけですよ。


 まず軍事関係。


 去年の五月は着任早々一罰百戒という名の粛清行ったので一時的に人数を減らす羽目になった。


 あれから軽い裁きで済んだ奴が原隊復帰したり、各所で「健康な身体と命令を理解する知性がある奴は誰でも歓迎」と触れ回って募集したり、数は少ないが傭兵や冒険者にも勧誘の手を回したりしたものだ。それと忘れてはならない部族部隊も。


 その甲斐あって四二〇年五月時点においてヴァイト州節令使が保有する兵力は五五〇〇となった。これとは別に俺直属の私兵部隊も含めたらもう少し居るけど。


 一割しか増えてないように思えるだろう。しかし去年は一割ちょい減ってしまったの考えたら千人ぐらい増えたのは大きいんだよ地元の人口的に考えて。


 それに兼業してない純粋に兵隊だけやってるのが五五〇〇居るのは時代考えたら地味に凄いんだぞ。


 そもそも兵を常備で七、八万抱えてるっていうのは軍事的にはこの国の数少ない進んでる所だ。財政事情考えたら手放しに誉められたもんでない事実を踏まえても。


 とは言ってもまだ全然足りないんだよなぁ。


 回廊に建設中の要塞守備で最低でも数千必要となる。つまり今の兵力の八割ないし九割は配置する予定だ完成した暁には。


 街などの人が住んでる所の治安維持は兵士とは別に治安維持の為の組織作るとしても、当面部族への監視や万が一に備えてのパトロール部隊設立考えたらせめて一万は欲しいところ。


 しかし将来の目標だあくまで。


 今それ無理にやったら死ぬから俺は身の危険的にでヴァイト州は地域の体力的に。四十五人に一人が生産に寄与せず消費しかない兵隊とか経済という単語が腹をねじ切らす勢いで笑い死ぬわ。


 とりあえず引き続き地元の人的資源に配慮しつつ募集を行う。並行して入隊した兵士らの練度向上の為の訓練を行っていく。


 普通訓練するものじゃないのか兵隊は?と思われるだろうが、ハッキリ言ってしないことが大きい。


 最低限の武器の扱い方教えたら後は上官の言う事をホイホイ聞けばいいだけというのが一般的な下っ端兵士への教育だ。


 騎兵などの上級職辺りはそうではなくキッチリ教育されてはいる。とはいえ俺としては下っ端だろうと素人に毛が生えた程度のクオリティとかお断りだ。


 理由はシンプルなものだ。壁や門を厚く高くしようがそれを守る兵隊が駄目なら突破されかねないからだ。


 なので俺はこの一年で軍隊関係者からウンザリした顔されてるの無視して訓練や演習を絶え間なく行うよう訓示してきており、新兵訓練の教本みたいなものも作成して渡してある。


 俺だって少数で軍事的成功とか王道とは思わないが、数でどうこう出来るのが不可能なら質で補うしかないだろうよ軍事は。


 この一年で去年よりかマシになってるという前提の上で来年は更なる質量の向上を願いたいものだ。


 というのが俺の軍事面での結論だった。


 次いで農業。というより一次産業になるのか。


 人と違って自然を相手にしてるから一年かそこらで眼に見える改善や向上は難しいのは分かってた。


 来て日も浅いからどの土地がどれだけ収穫したり何が育てやすいのか逆に難しいのかと把握するという事情もある。


 なので情けない事に一人当たり農業生産性か土地当たり農業生産性かの方針決めもやれてなかった。


 穀倉地帯であるツヴァイリング州ぐらいになれば昔からこうせよああせよと定められて運営されてる。しかしヴァイト州など辺境地域と目されてるとこは県によって違ったりもする。


 なんでそう杜撰なんだって?収穫出来ればなんでもいいと上も下も考えてるからだ。


 今はそれでいいとしても将来ツヴァイリング州にも負けない生産量叩き出すの目指してるならどっちかに方針固めないといけない。遅くても今年中にはどっちかに決めて徹底させていきたいとこだ。


 そんなわけで最初の一年は減税で農民や漁民に少し余裕を持たせた上で更なる働きを促すという手段ぐらいしかやらなかった。


 幸い例年どおりの収穫量だったので余裕持つ余地はある筈だ。農民全員が即散財するとかいうのしでかさない限りはな。


 だがこのままではいけないのも確かなので去年はグリューン男爵に依頼して一部の農村を借りて実験を行っていた。


 実験というほど大仰なものではなく、去年の夏に買取した貝殻を砕いて撒いてるだけだ。ドーピングにしては心もとないが単に粗末な肥料よりかカルシウムも混ぜた方が育ちは良かろうよ。


 秋の収穫が終わった後に始めた事なので春になった今頃から成果が出始める筈だ。俺は商都の件終えて戻ってきたときの報告が楽しみなものだ。


 漁業は去年のクラーケン騒ぎが片付いてからは日常を回復したようだ。報告によれば水揚げ量も大きな変動はなしという。


 俺が始めた貝殻回収と加工の仕事のお陰で漁業で働けない人らも収入を得るようになったというしメイリデ・ポルト方面には良い意味で動きはなし。


 魚介類はなぁ。この時代だと海沿いに住んでる人以外だと氷や保存に仕える魔術みたいなの使える人もしくは使える人を召し抱えられる金持ちしか食べれないもんだからなぁ。


 馬潰す覚悟で早馬輸送させたとしてもコストに見合うかといえばそうでもない。更に言うならそういうのが当たり前の世の中なので必死こいて魚食べようとする人も希少。


 少しでも現代地球に寄せるからには食生活も豊かにしたい。


 けれども早急に対策建てる案件でもないとは分かっているから漁業に関しては現状維持で、それ以外の事で港町一帯の発展を進めていくしかないか。


 林業や牧畜業も少なくとも今年はテコ入れは後回しになりそうだ。


 漁業と同様今後を見据えると手を加えるべきだ。しかし人口考えると無暗に拡張すればいいもんでもない。


 需要と供給のバランスはとれてるようだし、別に他所へ輸出してるわけでもなく州内のみでの消費。今は支援金配布などで将来の増産に備えさせておくぐらいだろうな。


 鉱業に関してはこれからどうしていくか考える。


 州内に小さいながらも幾つか鉱山存在している。ここでのみ使われるのなら現状問題はないだろう。


 しかしながら今後の軍拡や要塞建設、更には農業へのテコ入れを考えたら増産と新たな鉱山発見は重要課題だ。


 前者は何か検討すべきとして後者には少しアテはある。


 そう西部方面の大山脈だ。


 モモ達から聞いた話だと山の各地には鉱山と思われる鉱石や素材が採れる場所が存在しているらしい。


 部族側の生活が困らない程度に採掘していいのなら人を派遣して掘らせてもいいし、なんなら部族側に売り物になると説いて彼らに鉱山開発やらせてもいい。


 何がどれだけ得られるか未知数もいいとこだがあてずっぽうに山々を掘るという人と時間の浪費するよりか建設的かつ経済的だ。


 今年中には麓に交易所開設させる流れになってるからそれに乗じてこの件を成立させたいところ。


 既に使者をターオ族長に派遣しているので俺が帰還する夏ぐらいには部族連合内で話を纏めて返事してくるのを期待だな。


 経済に関しては去年のバラマキで弾みついたお陰か税収も例年より一・五倍増加と幸先は良い。更に推し進めて来年は倍増狙いたいとこだ。


 代わりと言ってはなんだが俺の軍資金はこの一年で五三万から三八万に減った。先日のダンジョンで得たのを含めてないが、それ以外でここに来て以来稼いだ分充てた上での減りだ。


 まだ四〇近くあるしダンジョンで獲得した資金あるから余裕だろうと思われそうだがそんなわけはない。


 基礎造りへの投資でこれだけ減ったということは発展や維持には同じかそれ以上の金がかかる。前も言ったがお金というのはあればあるだけ越したことはないからまだ欲しいぐらいだよ。


 まぁ維持費込みで全額使う覚悟だからいいんだよ減ることそのものは。懸念としては引きこもり事業概ね終わって軌道に乗るまで持ってくれるかだな。


 なので今度の商都行きで双頭竜が幾らになるかというのは何気に気にはなってるわけで。


 いやあるじゃん。中には動くお金がデカすぎて誰も買い取れずに塩漬けになりそうなもんとかさ。


 願うとしたらそういうの一切なく血の一滴肉の一片骨の一欠片までも買い取られて軍資金となってくれとね。


 で、投資の中で要塞の次にお金入れてるであろう公衆衛生事業。


 三月の時点で最低限の目標達成した。今は一号店の近所に追加の銭湯建設したりと更に増加中だ。


 夏始まる前にはメイリデ・ポルトでも一号店をオープンさせる段取りはつけているし、要塞建設現場にも州都にあるやつより簡易なものだがニ、三用意させている。


 手洗いうがいに消毒作業諸々は啓蒙活動強化だ。やはりというか当然というか細菌などの知識や概念無いから今の所大半が半信半疑で従ってる。しかも金や物などで釣り上げてこのレベルときた。


 ちなみに物というのは衣服のことである。余程じゃない限り同じ服を着続けるのがこの時代の庶民クオリティ。一概に責められない。なにせ経済的事情も絡むんだから。


 その辺りもこちらから服を無償提供することで改善していかんとな。マメに洗濯や着替えするだけでも違うのだから。


 教育も気長に腰据えてやるべきことだ。今は「俺に従えばお得だよ!」戦法で対処していくしかない。


 現代日本人感覚だと苛々させられるスローっぷり。しかしここは前向きに考えよう。


 王宮勤めのときみたいに「何を訳の分からないことを言ってるんだ!」と反発され言う事聞いてくれないよりかは遥かにマシだと。現代地球の歴史でも手洗い推奨しただけで狂人扱いされるような時代もあったんだからな。


 とにかく本格的な夏がまた始まるまでには俺の周りから可能な限り不快な臭いがしなくなるよう頑張りたいもんだ。


 書類にペンを走らせてた手を止めて俺は小さな溜息を吐いた。


 肩や腕のコリをほぐそうと大きく伸びをしつつ窓の外に目を向けると、空は快晴であり地には草木が緑多く茂り花は咲き乱れている。まさに絵に描いたような春の陽気を感じさせる風景があった。


 こうして様々な事が進んだり思ったより進まなかったりと、始めてみて実感していくことの多さよ。


 なんとなくぼんやりと風景を眺めつつ俺はそんな今更な考えを浮かばせている。


 来年の今頃は現状なら俺の計画通りに進みはするだろう。ヴァイトの地を豊かにしてこの地に住まう人々が安心して暮らせる政治の実現。


 しかしヴァイト州の外はどうなるのことか。ある程度予測つけてるとはいえ何もかも把握出来るわけじゃないからな俺は。


 備えて色々準備してるとはいえどこまで間に合うことかも分かりゃしない。


 何かが起こるのは確定で、その何かがも多分予想は出来る。


 分からなくなるのは何かが起きて以降に生じる被害だ。致命傷になるのか浅い傷ぐらいで済む話になるのか。


 国内が不穏になりつつある最中だから浅くても問題なわけだが、出来れば深刻にならんで欲しいよなぁ。


 俺が剣を贈ったぐらいでどうにかなると微塵も思ってないけど勇少年にはそこんとこ頑張って欲しいわぁ。


 そこはかとない他力本願をしつつ俺は仕事を再開させる。


 知識チート持ちでも分からない事のが多いが、とりあえず自分の手や目が届く範囲内ぐらいは自分でなんとかしてみせねーといけないしね。


 こうして俺の就任一年目になる日は淡々と過ぎていくのだった。

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