第83話ダンジョンどうでしょう~俺の気持ちが分かってたまるかよ!~


 翌朝目が覚めたら自室のベッドであった。


 などというベタな現実逃避じみた願望虚しく、見渡す限り土や石で構成された天井。左右にはバイクが位置しており地面に目を向ければ気休め程度に敷いた薄い布。


 どう見てもダンジョン三日目です、本当にありがとうざいました!


 内心投げやり気味そう吐き捨てた俺はノロノロと身を起こす。


 サイドカーを支えにして立ち上がると、既に俺以外の面々は起床して朝支度をしている所。


 携帯コンロで湯沸かししてたマシロが俺の姿を目に止めていつもの小馬鹿にした気怠そうな笑みを浮かべてきた。


「一番働いてない奴が一番遅いとかウケるー。リュガおいいい加減にしろー、ダンジョン魂抜けてるんじゃないのー?」


「なんだよダンジョン魂って……」


「くくく、ソウルなソサエティでありし薄暗い朝の刹那。苦みばしる黒き液体を嚥下して抜けかけし魂戻るべき課題のオブティン」


「コーヒー飲むか?をそんな出鱈目中二言語で言うな!朝から鬱陶しい」


 クロエから差し出されたコーヒーの満たされたカップを受け取りつつ俺は視線を道の先へと移動させる。


 一旦引き返してきたものの、ここから百メートルちょっと先には十四階層へと続く道があるのだ。


 昨晩の暗澹たる気分を思い出すと自然と溜息漏れるな。


 あるんだろうなと薄々分かってはいたが、いざお出しされると軽く凹むわこの糞現実。


 ここまででもヴァイト州支部が把握し管理してるダンジョンよりも難易度高いの判明したというのに、更に底があるともなれば現地冒険者は絶対寄り付かない。


 じゃあウチんとこのド畜生どもの専用ダンジョン化になるのかと問われたらそれも否だ。実力ではなくやる気という意味で。


 かといって他所からわざわざ踏破目当てにやってくる冒険者が今のご時世どれだけ居る事やら。一攫千金レベルのお宝でも出てこないと無理じゃねこれ?


 どう足掻いても先行き明るそうではないなうん。せめて今回で獲れるもの獲れるだけ獲って当面の資金面の潤いにするしかなかろうよ。


 そして来る前から散々脳内シュミレートしてきて何遍も弾き出してるからなこの結論は!王都ならともかく今はただのド田舎で抱えるべきもんじゃねーよ!?


 あんまりにもあんまりな状況なので折角前世以来のコーヒーの懐かしき苦みも心地良く味わうというわけにはいかなかった。


 湯気と共に鼻腔をくすぐる酸味と苦みの混じったコーヒーの香り。


 たとえインスタントとはいえこの世界で呑む茶とはまた違うものだからもうちょい優雅な雰囲気とひと時過ごす際に呑みたかったなぁ。


 味や匂いへの感慨なぞロクに感じる余裕もないが、惜しむようにチビチビと飲んでいく。


 しかしそれもやがて尽きてしまったので名残惜し気にカップを見つつクロエに空になったそれを手渡す。


「くくく、インフェルノへの誘いデンジャラスボーイの進むべきグローリーなグロッキー」


「相変わらず意味分からんわ。まぁいいや。無事ここから帰還出来たら今度はご機嫌に飲みたいもんだよまったく」


 舌打ち一つして俺は軽く身だしなみを整えつつ少し離れた場所にて出立準備をしていたキィらに声をかけた。


 さてここから先は何が出てきて俺はどんな顔してそれを拝んでる事やら。





 こうして足取り軽くとはいかないが特に重くもなく俺達は更なる深みへと歩み出した。


 キィら現地冒険者らは動き出してから顔面蒼白状態で恐る恐る歩いている。サイドカーに乗ってる俺もやや緊張に身を固くしつつ左右を見回す始末だ。


 マシロとクロエはいつもの変わらぬ様子で鼻歌の一つも奏でながら前を歩いていく。


 その姿は実に頼もしい。絶賛巻き込まれ中な身でなかったら「褒めてつかわす」とかベタなお偉いさん発言無責任に放言してるわ。


 この時点ではここも今までの所と変わらずに見受けられた。構造そのものは平凡だがその分住み着いてる魔物で押してくるパターン。


 十四階層に足を踏み入れてしばらくしての事だった。


 ここ二日程で幾度も見慣れた小部屋をここでも発見。入ると大きさは二、三百人入れるぐらいの体育館ぐらいの広さの部屋だ。


 見てきた中では大きい部類になるその部屋に先客が居た。


 当然人ではなく魔物である。


 皮やら厚めの木片やら鉱石やらをボロ布に接着剤的なもので張り付けたのを全身に纏った、自分と同じ背丈ぐらいの錆びた剣を抱えてるゴブリンが数匹。


 確か以前資料で特徴目を通した事あるな。えーと、ゴブリンナイトとかいう通常のゴブリンの上位種の一つだったか。


 ランクは単独ならBでも中の下であるが、こいつは場合によっては百前後のゴブリンを従えて行動することから辺境地域によってはA指定で討伐依頼出される場合もあるらしい。


 お山の大将気取りが好きな生態らしいから同種で群れる事はあまりないというが、ダンジョンという特殊空間故か今回はそのあまりない事態に遭遇したか。


 部屋に踏み込んだ瞬間、ゴブリンナイトらは一斉にこちらに目を向けて威嚇の叫びをあげだした。


「敵――」


「はい以下略ー」


 キィらが身構えるよりも早くマシロの適当魔法が前方に居るゴブリンナイトらを切り裂いた。


 十六分割ぐらいにされたゴブリンナイトらは絶命の声も上げる事も出来ず血肉をまき散らして地面を濡らす。


 どうやらこの階層でもワンパターンで通じるらしいなおい。


 正直ゴブリンは数多い割には回収すべきとこが少ないので討伐クエストでは外れ案件になりがちだ。たまに群れが住処にしてるところに殺した対象から略奪した物を回収出来るが本当にたまにだ。


 しかしランクがランクなので魔石や牙などそこそこの値で取引はされるし十四階層目第一発見魔物なので一応立ち止まっての回収を行うことに。


 その作業はすぐに終わったけどな。


 大まかに割かれた肉片から指の爪の半分ぐらいの大きさの魔石と、比較的汚れの少ない牙を数本回収して後は廃棄。


「じゃあ昨晩言ったとおりさー、こっからアンタらはアイテムボックスに死体投げ捨てる作業だけやってるだけでいいからー。死にたくないならリュガの傍でそれだけしててよ雑魚いんだからー」


 見届けてたマシロが欠伸を噛み殺しつつそう告げる。隣に立つクロエも相変わらずの気怠そうな笑みを張り付かせて同意の頷きをしてみせた。


 容赦ない露骨な戦力外通告を告げられたキィらは反発することなく不安と緊張に表情強張らせながら了承の返事をした。


 うーん駄目押しとかどんだけ邪魔認定してるんだお前らは。


 それは昨晩寝る前だった。


 俺含めてさっさと寝てしまおうと地面に横になった直後、テントからマシロが顔を出して来て今と同じような事を一方的に告げてきたのだ。


 あからさまに相手側を軽んじてる発言。しかもこの場合100%事実と俺も思ってるから庇いきれねぇ。


 普通なら喧嘩沙汰待ったなしではあるのだが、ここまで同行して二人の圧倒的強さと自分らの役立たずっぷりを痛感してたからか素直に頷いてはいたのだ。それを今また言われてしまうとはな。


 ごめんな。本当に君らごめんな。


 頭じゃ理解も納得もしてるんだろうが、三十もいってないだろう年齢でBまで上り詰めた実力とプライド考慮したら思う所あるだろうよ。


 それだけならいいがこの件で心へし折られて引退とかしないでもらいたいもんだが、ダンジョンから出てきたときどうなってるやら。


 勝手にハラハラしつつも迂闊な口出しは却って逆効果な恐れもあるので沈黙に徹する。


「さーて、さっさと行こうかー。早く終わらせたいわこんなシケたとこさー」


「くくく、普遍なるイージー。ぬるま湯の飽くなき重なりはアンニュイなマインドを揺さぶるもの」


 マシロとクロエが歩き出し、連動するようにバイク二台も動き出す。数瞬遅れてキィ達も慌てて追いかけてくる。


 入ってすぐにゴブリンナイトとか、次は何が出てくるんだろうなぁ……。





 何が「次は何が出てくるんだろうなぁ」だよ。一時間前の呑気コメントした自分にツッコミいれたいぞ。


 サイドカーの座席上にて俺は心の中で己を罵っていた。


 現在更に進んで十五階層目半ば。


 一分ごとに生きた心地感低下している。一秒ごとにと言い換えるのも時間の問題かもしれん。


 十四階層に足を踏み入れて出だしでゴブリンナイトであったが、以降も悪い意味で期待通りの事態であった。


 なにせついにAランク認定の魔物も出てきたからだ。地域によってとかでなくほぼ全地域で認定されてるやつな。


 人間が色んな場所へ来て自分らの領域に現在進行形でしているとはいえだ、まだまだ未知なる場所は多くあるしそこに何が住み着いてるか解明なぞされてるわけもない。


 王都のあるケーニヒ州ですら一年半前ぐらいにレッドドラゴン出現したし、場所によっては割と危険極まりない魔物が昔から住んでいるのだ王都のある土地であろうとも。


 だからこんな場所にAないしそれに相当するやつが居たとしても驚くべきじゃあないんだよ。


 それはな、俺も十分承知してるわけよ。その程度の認識してない王都の良いとこに住んでる馬鹿どもとは違うのよ。


 でもだからって会いたいわけじゃねぇんだよこちとら。


 俺は僅か三、四m先で巨大な肉の塊と化したマンティコアを前にして嘆息と舌打ちを禁じえなかった。


 ライオンの胴体、蠍の尻尾、蝙蝠みたいな羽根を生やしており獣と人間と髑髏を足して二で割ったような形容しがたい赤い顔をした縦横共に二階建ての建物ぐらいの大きさの化け物。


 マンティコア。


 我が王国を含む近隣諸国間では間違いなくAランク認定として恐れられる魔物だ。


 通常の生息地は当然野外なのだが、ダンジョンという摩訶不思議な空間においてはどんな魔物が湧いて出るか不明なので何が居てもおかしくはない。


 このデカさでも資料によればやや小型らしく、もう一回り大きいのがノーマルで上位種ぐらいになるとドラゴン並みにデカくなる場合もあるという。


 獰猛な性質で時には同族をも食い殺す雑食さもある。無論人間なんざスナック感覚で一瞬で食い殺すだろう。


 相手がただの人間ならそうなってる。


 生憎と眼前のマンティコアだった死体が相手にしたのはただの人間ではなかった。それだけの話だ。


 文句なしのAランク認定魔物だろうと、うちんとこのド畜生共からすれば単なる図体デカい肉の塊に過ぎないんだろうね。


 こいつもクロエのパンチ一発で首が180度曲がって即死した。


 拳の当たった顔半分はパンチの衝撃で見るも無残なスカーフェイスになってるし首も半分千切れかけてる。


 なんなら脳みそらしきピンクっぽい何かが頭部からずり落ちそうになっててエライグロいんですが!?


 俺やトューハァトの面々が絶句して硬直してる間に二人は「なんだこれ」と言いたげな顔してしばしマンティコアを眺めた後にゴミでも捨てる感覚で死体をアイテムボックスへ放り投げ終えた。


「じゃ、次行ってみよー」


「くくく、レッツラミキサーなデンジャラスアラモードな煌めきキラキラる」


「おいおいおいおいおいおいおいおいおい!?」


 何事もなかったかのように歩を進めようとしたマシロとクロエに俺は悲鳴交じりのツッコミをいれた。


「つーかおかしいだろお前ら!?Aランクの魔物と遭遇してんだから少しは疑問や驚きを覚えろ!!明らかに想定外レベルにやべーとこじゃんかここ!?」


 さっきまで居た十四階層はBランクオンリーであったが、それでも地域によってはA認定されて危険視されるような魔物がウヨウヨと蔓延っていた。


 あそこですら生きた心地しなかったのがだ、お前さ、ここで一気にランク跳ね上がるとか殺意高すぎだろ此処。


 遭遇は想定してたが当面は今までのように少しずつ難易度上がってくるやつ。もしくはここが最後の難関で打ち止め前の大放出とか考えてたのが否定されて眩暈覚えるぞ。


 この先マンティコア以上に厄介なの居るの確定とか完全にここのギルドじゃ持て余すやつだから深入りするだけ無駄だって絶対!!


 ということを一しきり喚いてみたものの、俺が少し落ち着くまで黙って聞いてた二人の返答。


「まぁ大丈夫じゃないのー?この程度なら余裕余裕ー。てか他と何か違うとこあったー?」


「くくく、烏合の衆の変化無きエネミーの変動。ライフラインに変わりなきロードのビクトリー」


「うるせー馬鹿!!」


 お前らが平気でも俺達のメンタルが死ぬんだよ。


 ヴァイト州じゃ実力派の一角であろうトューハァトの面々なんてマンティコアの雄たけびを正面から喰らって膝の震えまだ収まってないんだぞ。腰抜かさなかったの最後のプライドだよきっと。


 魔物と切った張ったする事の多い面子がそんな調子だから俺もサイドカーから立ち上がるには腰に力入らねーし。この調子で行ったら絶対穴という穴からリバースするぞマジで。


 いやもういいよ帰ろうよ。


 少なくともリアルで「ハッキリいってこの戦いにはついていけない」だからな。一旦帰ってお前らだけで踏破すればいいじゃないか。


 散々しつこく言ってるけど精神的な意味含めて命に係わるから何度でも言うぞこら。


 俺はアメリカのコメディ映画ばりに大仰な身振り手振りで引き返す事の意義と意思を必死になって伝えた。


 特に俺はそもそもこんなとこで恐怖に震えメンタル削られるような事をやられる立場でないことを強調してゴネたのだが、俺の前に立つ二人は「ちっ、うるせーなー反省してまーす」などと的外れな返事をするばかり。


 喚くだけ喚いて息を荒げる俺にマシロとクロエはそれぞれ俺の肩に手を置いてしみじみとした風で頷きながらこうのたもうた。


「長い人生こんな事あると思って諦めなー。いや、あれよほらー、ここで度胸つけとけばいつか役に立ったりそうでなかったりなやつでさー。まぁきっと多分良い事あるから落ち込むなよー」


「くくく、人生苦もあればハッピーの存在もありし漫遊記。ダンジョンの試練はサイコロの目の如きフォルトゥーナ」


「はぁぁぁっぁ!?」


 露骨におざなりな慰めに叫び疲れてた俺の堪忍袋の緒が切れた。そりゃもう海より広い俺の心もここらが我慢の限界というやつだ。


 俺は一応普通の人間なわけよ。心身ともに規格外のお前らに合わせてたら命幾つあっても足りないわけよ。


 それがなんだ君たち、あれだね、これはもう訴えたら勝つレベルだよ?21世紀の地球、なんでも最後にハラスメントとかなんとかハラつけるような時代なら俺の中で抗議殺到大炎上待ったなしだよ?


 もうこれ君ら一発殴らないと分かってくれないということはだね、よーし節令使様やっちゃうぞ?


 倒すの不可能とか斬れたとしてダンジョンからどう帰るのかとかそんなもん一時的に脳内からボッシュートだぞー?


 だから一太刀いれさせろやド畜生ども。


「いいようもう慰めんなよ!お前らに俺の気持ちが分かってたまるかよ!」


 怒りのお陰か力入りきらなかった腰がすぐさま反応してくれた。


 立ち上がると同時に腕に抱いてた鉄の剣を鞘から抜き払う。


 怒声上げて振りかざすもマシロとクロエは爆笑しながら余裕の回避である。


「あーれー、殿中でござりますー。殿中でござるー」


「くくく、追いかけ追われのランナウェイ。一時の怒りのハイパーモードはルーザーなフラグの結末」


「ぶっとばすぞおめーらはよぉ!?たまには俺を労われやゴラァァァ!!」


 顔真っ赤にして剣を振り回して追いかけまわす俺とゲラゲラ笑いながら楽しそうに追い回されてるマシロとクロエ。


 キィ達が呆然と見守る中で行われた怒声(俺のみ)響き渡る微笑ましい追いかけっこはここから三十分程行われる事となった。






 後世、リュガ・フォン・レーワンという人物が様々な面で常人では計り知れないものがあると評されることになる。


 それらは幾多の出来事を目撃した人々の証言が積み重なって形成されたものであるが、中でも特筆されるのは強大な相手に対して見せる胆力であった。


 ヴァイト州節令使時代に貴賤問わず目撃されたのが、彼の守護をしていたマシロとクロエという圧倒的強者に対しても恐れもなく意見を述べ時には身をもって諫める光景。


 後に「勇者虐殺者」「神を殺す牙」「一騎当千ならぬ一騎当万」など数々の異名を冠する二人と対等に付き合い続けた肝の太さ或いは度量の大きさは彼にとっても彼を支持する民衆にとっても有益に働き、やがて英雄伝説の要素として昇華されていく。


 なお当人はその点に関して肯定的な意見を耳にすると露骨に顔を顰めてたという伝聞も存在することも併せて記されている。

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