第25話公務出張in山岳地帯(前編)

 無人の野を爆音上げて疾風の如く駆け抜ける二台のバイク。


 激しい砂塵を巻き上げ、簡単に土を固めただけの道路を瞬く間に走り去る。


 そのうちの一台に俺は搭乗してるのだが、現在生身に叩きつける風圧と振動によって身体がロクに動かせず、厚手のマントに包まりドアハンドルと思わしき手摺に必死こいて掴まってる有様であった。


 クロエの愛車であるサイドカーのカーの方に座っており、更に市販の物とは格が違う特別性だというフルフェイスヘルメットのお陰で辛うじて呼吸も普通に出来てるので、それだけで済んでるとも言えなくもない。


 とはいえ、これはヤバイ。アクション映画とかで電車や車の上で暴れてる描写がいかに非常識なのか身に染みて理解できる。


 体感だが軽く時速百キロ以上出てるだろこれ。幾ら剥き出しだからってここまでなるものなのか。


 力を込めて苦し気に横を振り向く。目に映るのは並走してるマシロのバイク。


 その後ろ部分には太いロープが結ばれており、その先には荷台が括り付けられている。そこに鎮座してるのはゲンブ族族長の娘殿と巻き込まれ系異世界召喚者の青年殿。


 どちらも俺と同じように厚めのマントに全身を身を包んで掴みやすそうなでっぱり部分に必死にしがみ付いている。顔は見えないけど、ヘルメット被ってない分俺よりダメージ受けてそうな感じしてそうだわ。


 俺らが気を抜いたら事故りそうな状態というのに、運転してる当の二人はといえば。


 マシロは一応フルフェイスのヘルメット被ってるけど、それ以外は普段着に薄汚れた白衣羽織ったいつもの恰好。風圧もそれで生じる寒さも感じてないのか平然とバイクを飛ばしてる。


 クロエに至っては身体に薄手のローブ羽織ってるだけでノーヘルで顔色一つ変えずにこんな速度を出し続けている。ローブだって、ゴスロリのパーツが飛ばされないよう念の為であって、気にしないなら無防備でも走らせてるだろう。


 やっぱ君らおかしいわ。いや普通ではないと会ったときから知ってるけど声を大にして言いたくなるぞこれは。


 何度か乗せてもらったことはあるけど、周囲に配慮してもらって馬より少し早いぐらいの速度しか経験してなかったので、今のコレは心身共に削られる。終わりの見えないジェットコースタ―乗ってる気分だわ。


 俺の(あと来訪者二人の)ゲージが分刻みで削られつつある中、危なげなく車体をギリギリまで接近させてバイク走らせてる二人の会話が聞こえてきた。


「ねー、ただ走ってるだけでつまんないわねー。なんかBGMつけるー?」


「くくく、我らが鋼鉄のチャリオッツは雅なる歌声を響かせる術を持ちえない小さき悲劇……!」


「そっかー、そういえばあれこれ詰め込んでる割に一般的なの抜けてたわー。一旦止まって荷物漁る程でもないしなー。あっ、じゃあ歌うわー」


「くくく、我が友の軽快なる絶唱。駆け抜ける旅路のマーチングソング」


「よーし、マシロ歌いまーす。私の歌を聴けーい。そーしてーかがーやくーウルットラソウッー!ヘイ!!」


「うるせー馬鹿!そこから歌うやつじゃねーだろ!?謝れ!元ネタの歌の人に謝れこの野郎!!」


 平常運転な二人になんか腹が立って衝動的な罵声を飛ばすも、轟くエンジン音と勢いよく吹き付ける風の音とにかき消される。


 自分で決断したことだし、移動手段の最善手という認識は変わらない。


 けれども拭いきれないこの「やっぱやめときゃよかった」感よ。






 モモに対して協力に前向きな姿勢を示したということで、早急に動き出す必要性が出てきた。


 見せしめの襲撃や抗争の激化を防ぐのもあるが、こちらの都合を述べるなら一日でも早く西方の安定を確立させてその分の人や金を統治や事業に集中させたい。銭湯や腕木通信だけでなく、そろそろ回廊要塞化に関して何かしら反応来るかもしれないし。


 それには彼女に言ったとおり、族長をはじめとする他の者の意見を集め、更に八百長戦争の為の打ち合わせをしなくてはならない。


 州都からモモらの住まう集落までざっと一二〇㎞ちょい。


 モモと平成はここまで馬を使って来たのだが、それでも数日かけてきた。


 現代日本人の平成が乗馬経験ないというのを差し引いても遅いと思うだろうけど、そういうわけでもない。


 馬の速度というのは俺らがイメージしてるよりもそこまで速い訳ではないからだ。速かったとしても瞬発的なものだ。


 身軽な人間乗せたサラブレットとかなら六、七〇の速度を出せるがそれだって長時間維持して走れない。競走馬や百キロ近くの重量乗せて五〇㎞ぐらいの速度で走れる馬というのは地球では近代になって出てきた種なのだ。


 中世だと品種改良や専門的な調教を受けてないので、大体の馬は武装した兵隊乗せれば時速三〇、軽装ないし小柄なやつ乗せてるにしても四〇行くか行かないか。それも一時間ぶっ通しで走らせれるわけでなく、少なくとも一度は休息取り入れてだから地味に面倒なのだ。


 それでも人間が歩くよりかは早いのでこの時代においては有力な交通手段なのには変わりはない。ただ、今回の件のような事では遅く感じてしまうのもまた事実。


 ではどうするかといえば。


 俺の所には近代技術の塊な乗り物が二台もある。速度も耐久力も馬なんかより優れてる、この世界においてはチートとも呼べる乗り物が。


 マシロとクロエのバイク使って飛ばせば一、二時間で大山脈の麓まで辿り着ける。そこからはすぐに人を集めて貰い大まかでもいいから話纏めることが出来れば大幅な時間短縮できるってわけで。


 移動手段が定まれば後は行動あるのみ。


 俺は二人に明日の早朝に此処へ来るよう指示して退出させた後、大急ぎで即日決済必要な書類や案件に取り掛かった。


 同時にターロンや何名かの部署責任者を呼んで明日から三日程出かけてくる旨を伝えた。


 部屋の外で話を聞いていたであろうターロンはともかく、突然の上司の発言に官吏らは軽く狼狽していた。


 なので表向きは「最近のアンゴロ・エッゲ県に関する動向をお忍びで探りに行くのと現地の役人や兵を抜き打ちで様子見してくる」と説明した。


 嘘は言ってないぞ。一罰百戒の成果が地方で効果上げてるか確認はいつかするつもりだったしね。現地の様子を直に確認したいのも本当だし。


 ただ、伏せてる事があるだけ。まさか節令使自らが護衛二人しか付けずに様々な部族が住む地域に乗り込むとか言えるわけないじゃん。


 半信半疑な顔しつつ了承した官吏らを追い出し、ターロンには私兵部隊使ってリヒトさんら事業関係者に不在の連絡をいれとくように伝える。


「その後は如何しますか?」


「とりあえず戦の準備でもしとけ。八百長だろうが戦は戦だからやれる準備は念入りにな」


「ヴァイトの地にきてこんなにも早く私らの出番があるとは、坊ちゃんといると何か起きるので退屈しませんなぁ」


「本当は荒事は起きて欲しくねぇんだけどな」


 昔馴染みの部下のやや高揚気味な発言に俺は苦笑を浮かべて溜息を吐き出した。


 その日、俺は明日に備えていつもより気持ち早めに業務を終わらせ、旅行用カバンに幾つかの荷物を積み込んだ後は風呂と飯を済ませて早々に眠りについた。


 思えばこの世界で初めて仕事で出張なんだよな。いやまぁそれ言うなら節令使もある意味単身赴任みてーなもんだけど。


 巽龍牙の頃は一回だけ、上司のお供で二日間の地方出張行ったことあったが、それ以来か。


 当時の自分よりも偉い立場になったというのに初の出張が探検隊じみたものになるとは思わなかったな。


 しばらくは立場の割にこうしてフットワーク軽くしていかないといけないのも考えものだよな。あー、早く俺的に満足度高い平穏な日々来ないかなー。


 あれこれ考えてるうちに、睡魔が忍び寄ってきたのか、やがて意識が遠ざかっていった。






 中世水準な世界に現代のブツ持ち込んでると楽だな。


 などとそんな風に考えてた時期が俺にもありました。


 確かに間違ってないよ。州都から大山脈までを一時間で到着出来たからやっぱり現代の乗り物すげぇよって思うよ。


 でも手放しで褒めたりドヤったりするには抵抗あるのは、利便性だけでなく快適さも加味しないと駄目だと心底実感したからだよ!


 大山脈の麓、石や木々の取り除き具合も雑で土が剥き出しながらも人の手が加えられてる道。


 山へと続くその通路の手前でバイクは大きなブレーキ音を上げて停車した。


「……!」


 ヘルメットを力任せに脱ぎ捨て、俺は声にならない声を漏らしつつカーから這い出るように降りるも、腰に力が入らず地面にへたり込んでしまった。


 両手も強く手摺掴んでたせいかやや硬直しており、ゆっくりと指を動かして解そうと試みた。


 そこに「久々に飛ばしたわねー」「くくく、疾風怒濤」などとクロエと和気藹々と話していたマシロが俺を見下ろしてきた。


「情けないわねー。一時間かかってるか否かぐらいでグロッキーになるなんてー」


「う、うるせぇ。お前らと違ってこちとら一般人だってーの」


「えー、でもバイクで急げっていうから一七〇ぐらい飛ばしてやったのに」


「……おいさらっと言うな。百は超えてるとは思ってたけど、そんな馬鹿みたいな速度出してたんかお前ら」


「いやー、これでも一応リュガ達に気を使ったのよ?私のは最大速度四五〇出せるし、クロエのはもうちょい高くて五〇〇近くは出せるんだからかなり安全運転したつもりよー?」


「ねぇ、あの、ねぇ、あのね、なんでバイクが新幹線軽く抜ける速度出せるんだよ。なんでそれに耐えられるんだよお前らはよ」


「んー、私とクロエだから?」


「くくく、まだ秘めし禁断のサンクチュアリ。耐えられし謎は謎で安寧の約束されし時間」


「わかったわかったわかってやるからせめて帰りは手加減しろよな!?で、あの二人は大丈夫なのか」


 かなり納得いかなかったが、疲労困憊なとこにツッコミ要素しかない情報ぶち込まれたら脳細胞がデットヒート起こしかねないので無理矢理話題を切り替えた。


 俺の質問にマシロが顎で荷台の方を示したので、そこに目を向ける。


 モモと平成は荷台から投げ出されることもなくこの場にいた。


 けれども二人とも俺のように地面に蹲り憔悴しきってるのが目に見えて分かった。


「こ、これが異界の乗り物。恐ろしい、こんな恐ろしいものが存在していいのか……」


「モモさん、うおっ、それ、僕らの、うえっ、とこ、でも、規格外ですから……うぇっぷおえ」


 モモは青ざめた顔してへたり込んでるものの、地竜の加護とやらなのか常日頃鍛えてるからか喋れる程度には持ち堪えられてた。


 平成の方は完全にやられてる。這いずるように近くの茂みへ移動した直後に盛大に嘔吐し出した。その場でぶちまけないだけマシではあるがこれはしばらく動けそうにないな。


 ようやく指も動くようになったので、俺は腰に下げてた水を詰めた革袋を取り出した。


 中身の半分ぐらい飲み干して渇きを癒しつつ上を見上げる。


 相変わらず威容さを感じる天も貫くお高い山々。


 麓で山見上げるのはこれで二度目。違うのは、この先には人が居てそこで営みがされてるという現実。


 一体どういう人らなのだろうか。ゲンブ族だけでなく、他の部族もだが情報不足のまま来てしまったわけで。


 ここまで着といてなんだが、上手くいくんだろうか。いや多分大丈夫なんだろうけど、モモの言う事信じるなら若い世代の支持は得られそうなんだし。


 一抹の不安を抱えつつも、俺はサイドカーに掴まり立ちして、傍で顔面蒼白なまま放心気味な族長の娘に声をかけた。


「で、この先にある道から進むとして、君の集落までどんだけかかるんだ?」


「……あっ、あぁ。そこまで遠くはない。歩きで、そちらの時間風に言えば三十分ぐらいでゲンブ族の縄張り付近まで辿り着ける。そこで私が合図を送れば迎えが来る。そこから更に三十分前後といったところか」


「やれやれここから更に山道歩くのか」


「あっ、じゃあバイク飛ばす?見た感じバイクも行けそうだからさー」


「それはいいです。いつもみたいに移動は低速度でお願いします」


「えーガードレール無くても私らのテクなら余裕よー?ほわぁぁぁ!な感じで崖から落ちる心配ないよー?」


「えー。じゃねぇよ!あんな体験してすぐに乗り込む気になれるかい!!」


 まったく、間を置かずにあんな走りに付き合ったら次は俺が吐瀉する番だよ。


 煩わし気に後頭部を掻きつつ、俺は吐き出すもの吐き出して咳き込んで座ってる平成を促して立ち上がらせた。モモもよろめきながらも自力で立ち上がる。


 過激なドライブの次は獣道だけでないだけマシな山道ハイキングとか、とんだ出張だなおい。

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