第24話この異世界の片隅で孔明気取り
「先程も言ったとおり、私は貴殿に協力してもらいたい。私や一族は他所の愚行に巻き込まれずに済む穏やかな日々を奪還、そちらには西の山々の安定。互いに得るものがあると思ってる」
「私としてもそちら側の断続的な襲撃や略奪がなくなるんならありがたいが、それにしてもどうしてまたこんな時に」
「こんな時が来たからだ」
モモはニコリともせず硬質な口調で断じた。
交渉の使者としてはぶっきらぼうにも程があるが、平成が合間合間にコイツなりにフォローいれてくれるのでどうにか話し合いの空気になってる。彼女単独なら人によっては乱闘もんなの気づいてるのかはたまた分かってやらかしてるのか。
でまぁ根気強く話を訊いていくとこういうことらしい。
ゲンブ族は人口五百人前後の一部族だとか。少ないように思えるが、四十はある此方寄りの部族群の中で中の上ぐらいの規模であるという。
そもそも大山脈に点在する小規模な盆地や森林や平地などで暮らしてるのでどこも大人数を抱え込む事は不可能。
なので一番多くても二千にも満たないらしい。ちなみに一番少ないと百居るか居ないかで部族と判断すべきか迷う集団になるとか。
これらは部族といっても一部を除きどこも人種的な差異はないらしく、ただ遠い昔に形成された集団がそのまま部族として脈々と続いてるので名乗らないと判別つかないとか。
ゲンブ族も人間族であり、他と違う個性といえば地竜を御神体として信仰しており、その加護なのか分からないが老若男女問わず頑強な肉体を持って勇猛果敢。この辺りの部族では一目置かれてる戦士の部族であるというのがモモの主張するところ。
地竜は確かに竜種であるので計り知れない力あるんだろうけど、そんな神様みたいな事出来たかな?思い込みの力か先祖が竜種の血肉取り込んで強化したのが子孫に遺伝してるのか。
まっ、今は確かめる術もないので真偽に関してはスルーする。
そんなゲンブ族というか、モモをはじめとする一族の若者らは最近「このままでいいのだろうか」と思い始めるような出来事に遭遇したという。
この辺りでは有力部族であるコッワ族とフエールサ族が抗争を始めた。
小さな諍い程度はいつもどこかで行われてるもので一々気にするものではない些事ではあるが、今回は違ったというのだ。
周辺の各部族を自分の傘下に取り込もうとしている。しかも話し合いもなく一方的に力によって。
相手よりも勢力を大きくして勝とうとする目論みなのだろうが、それなら同盟や協力という形でも良い筈なのに従属を求めてる。
仲良しこよしの関係ではないけれど住まう土地の厳しさ故にある程度共存してきたというのに、彼らは抗争終結を理由に支配欲を満たそうと動き出してきた。
当然反発が起こったが、どちらも数の多さを頼んで高圧的に自分らの側へ来いと集落を恫喝してまわっている。
流石にまだ見せしめにどこかが攻撃を受けてる段階ではないものの、抗争によって殺気立ってる現状だといつ起こってもおかしくはない。小さいとこなど彼らの十分の一も居ないのだから容易く行われるに違いないだろう。
「そちらの領地を荒らしまわる頻度が増えてるのもそれに関係してのことだ。少しでも物資を貯め込んで相手より有利に立とうとする為にな」
「そういう理由だったのか。襲撃そのものは昔からあったが、まさかそっちの内輪もめの余波とはね」
とんだとばっちり受けたもんだな。と、内心舌打ちしつつ俺は話の続きを促す。
昔からやってたこととはいえ、頻度も規模も大きくなれば王国側が本格的に軍事行動をやるかもしれない。有力部族同士の抗争と外からの攻撃を同時にやられたら、最悪この辺りの部族が壊滅、生き残れたとこで離散するだろう。
年寄り連中は「困ったものだ」と諦観してるが、あまりにも事態を楽観視してるようにしか見えない。こうなれば自分らでなんとかしなければ。
けれども、幾ら戦士として腕に自信ある部族だとしても百や二百ではどうにかなるわけではない。とすればいっそ敵の敵は味方という理屈で王国側の兵力を引き込もう。
奴らは自分らを蛮族呼ばわりしてる失礼極まりない連中だが、大事の前の小事と割り切りべきだ。我らはコッワ族やフエールサ族のような常に頭に血が上ってるような蛮勇の徒ではないのだから。
噂によればグリージョという老いた節令使が最近引退して代わりに若いのが来たという。新入りで右も左も分からないであろうそいつを説き伏せてすぐにでも来させよう。
なに国境の安全という利で誘えば手柄欲しさに応じるかもしれない。アホ面下げて気前よく兵を動かしてくれるだろうから成功したも当然だ。
「というわけで、ヒラナリの力を知ってる私が使者として名乗りを上げて急ぎ州都へやってきたのだ」
「あの、それはいいんだけど最後の下りは喋らない方がいいよね絶対。本人の前でチョロそうで与しやすいとか完全に言っちゃ駄目だからね礼儀的に考えて」
「何故だ。正直に話さないとこちらの誠意が伝わらないだろう?今の私が見せれる誠意は隠し事をしない事だ」
「……正直は美徳だろうけど、この件が終わったら君は今後一切使者とかそういう仕事しない方がいいよ割と本気で」
「まぁモモさんそういうとこありますから。というかゲンブ族の人らスキル抜きにしても気のイイ人らではあるんですけどね、ちょっとね」
「どういうことだヒラナリ?」
心底不思議そうに首を傾げる族長の娘に、この場に居る俺含めた現代日本人は全員「脳筋」の二文字が浮かんだであろうことは確信した。
俺らの醸し出す生暖かい空気に感応することなく、モモは「そしてここからは私個人の話になるが」と口を開いた。
「私も彼らと同様、今回の件を解決する為にそちらに力を貸してもらいたいというのはある。けれども、私はもう一歩も二歩も先を見据えてやりたいことがある」
「と言うと?」
「これを機会にゲンブ族を中心とした統一勢力を打ち立てたい」
「ほぉ、統一勢力」
俺は半分感心半分警戒しつつ軽く頷いた。
現地の誰かにある程度統一させ、その統一勢力の後ろ盾という形で制御してその地を治める。策としては昔からあるやつだ。日本で有名なのは中国の清朝のヌルハチ辺りか。
バラバラなのを各個対処するという手間暇かけてる余裕はない。しかしかといって安易に統一後押しして建国からの逆襲というのも避けたい。
目の前に居るアマゾネス的な女性の大望というべきものを推し量る必要があるな。
「統一と仰るが、君は私が手助けすれば可能と思ってるのかい?こっち寄りだけでも大小四十ある部族を纏めるというのを」
「可能だ。とは断じることは出来ない。けれども困難という程でもない」
「それはまたどうして」
「お前たち王国の人間は私らを全て自給自足で賄って生きていけてる蛮族と思ってるだろうが、そんなわけがない。安定した糧を得られる方策があるならある程度妥協できるのだ。それこそ略奪行為を辞めても成り立つものがあればすぐにでも」
「つまり国境安定の見返りに武力以外の援助も寄こせと。正直でよろしいが、その、なんだ、少なくともゲンブ族は部族としての誇りを持ってそうに見受けられるが、見方によっては糧を恵まれて生きていくともとられかねない事はどう考えてる」
「思うところがまったくないわけではない。だが、飢えてしまえばそんなもの意味はない。狩りや小さな村を略奪するだけで今まではやってこれただろうが、限界があることを若い世代は気づき始めてるのだから」
実利優先なわけか。単なるプライド高い脳筋と思いきや、現実的な物の見据え方は彼女なりにしてるわけか。
「無論、一方的な従属の強要は望まない。我らにも我らなりの矜持があるのだから。援助を理由に過度な要求をするというなら一戦交えるのも辞さない覚悟がある」
「それは当然だな。しかしこちらの力添えで統一勢力になるということは、それなりにこちらの意見も聞き入れてもらわないと困る。慈善事業でやるわけではないしな」
「その辺りの線引きに関しては話を詰めていく必要性がある。一族だけでなく、一帯に住まう部族らの今後のことを私個人で決めていいものではない」
まったくもってその通りだ。族長の娘といえども流石にそこまでの権限を帯びてきてるわけではないだろう。
線引きもそうだが、統一後の彼らの統治方法以前に統一前の現状の解決など課題はあるわけで。
武力使うのは避けられないとして、今後を考えたら双方の犠牲を最小限に抑えた上で部族連中にこちらに対しての戦意を削ぐ。で、駄目押しで援助行為やって好意を得る。流れとしてはそういうことになるか。
んな虫のイイ展開出来るか怪しいもんだ。モモだけでなく何人かと打ち合わせした上で慎重にやっていったとしても、運にも左右されかねないよね戦場なんだし。
ここまで考えて、俺の脳裏に浮かんだのは諸葛孔明の南蛮遠征。
あー、状況もなんか似てるわ。俺が孔明でモモが孟獲ポジだわこれ。
あれもなぁ創作の要素強いからどこまで上手くやれたか不明だから参考にならないんだがね。そもそも八百長試合を七回もやれるかい。
となると一度、あっても二度で済ませる為には俺が一回現地に赴いて現地民に話を訊いたりしないと駄目なやつだよね。一触即発な時期に族長とか呼びつけるわけにもいかんだろうし。
そう、ああは言ったがこれでも俺は乗り気にはなっていた。
元々対応考えてた上に彼女の訪問はまさに渡りに船。回りくどい話し合いなぞせずに約束して行動することも出来た。
ただ、もう少しだけ考えを尋ねずにはいられなかったのは、相手が俺にちょっとばかし似てるからかもしれないからだ。
覇気とか才気とか、そういうのを持ってるならば行使してみたいと行動する感じが。
「……確認したいんだが、君は部族を纏め上げて何がしたいんだ?国でも建てる大望でも抱いてるとか?」
「私にそこまでの野心などない。ただ」
「ただ?」
「このままじゃ駄目だ。このままじゃなんだか嫌だ。そう感じた。そしてどうにかするにはこれしかないと判断した。それだけの話だ」
「……」
答えになってるようなそうでないような、俺としてはもう少し具体的な展望やプランを聞きたいとこなんだがね。
でもまぁ、嫌いではないこの返事。
ありきたりな言い方だが、こんな辺境でも変化を求める兆しが出てきた。ただそれだけの話なんだろう。
空になったカップをなんとなく指で突きながらしばし黙考した末に、俺はモモに向かって「よかろう」と返事をした。
「まずは仮決定ということで、正式に取引成立とするのは君んとこの族長や他の部族の意見を聞いて吟味してからとしよう」
俺の返事にモモはやや驚きの表情を見せたが、やがて微笑未満のぎこちない笑みを浮かべつつ深く頭を下げた。
「かたじげない。正直断られる覚悟もしてた。節令使殿の判断に感謝する」
「まぁ顔を上げて。仮決定だからねまだ」
「ならば善は急げだ。すぐにでも我らの集落へ来てもらいたい」
「いやモモさんそれは無理でしょう」
事の成り行きを固唾を飲んでみていた平成がようやく口を挟んできた。
「リュガさんここで一番偉い人でしょう?しかもここへ来たばっかりでやる事多いよきっと。片道移動だけでも馬あっても数日は軽くかかるだろうしそこまで不在は無理無理」
「しかし悠長に来訪予定建ててる暇なぞない。一刻も早く計画をしていかないと取り返しつかないぞ」
「気持ち分かるけどモモさんとこの都合押し付けるのどうかと僕思うんですよ」
「まったく、ヒラナリの力が通じてればこんな面倒なことに成らなかったというのに。折角上手くいきそうなのにどうしてくれる」
「えっ、それ僕の責任とか無茶すぎないですか!?」
「あー、主従漫才はそこまでにしときなさい」
止めなければ延々と続くか逆ギレしたモモが平成殴りそうな感じだったので俺は間に入った。
どちらの言い分も分かる。移動手段がなければ俺もそこがネックになってたところだ。
しかし、移動に関してはアテがあるので問題はなかった。後は話し合いとやらがどれだけスムーズにいくかを問題にしよう。
「別に大勢の人間連れずにというならなんとかなるから、そちらの勢力範囲内にきたときの身の安全だけは頼むよ。サッと行ってサッと帰る。数日ぐらいなら理由付けて出てこれるし」
「「……どうやって?」」
異口同音に率直な疑問を呈する二人に直接は答えず、俺は後ろで欠伸を噛み殺した顔してる二人の少女をチラリと見るのであった。
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