第19話情報伝達と冷静さ回復

 翌日、昨日に引き続き州都庁の庭では大工らが右往左往しながら作業に取り組んでいる。


 今度のは昨日建築した個室風呂の数倍ぐらいの大きさのものを建てるとあって人も資材も増えてはいるが、簡単お手軽に完成するもんでもない。


 まぁ時間はかかるだろうが、これが今後の銭湯建設のモデルになるのだから腰を据えてやってもらいたいもんで。


 昨晩は一仕事終えた後、久方ぶりにのんびり入浴楽しんでこさっぱりした俺は幾分心に余裕持った面持ちでそんな悠長な事を考えてた。


 急ぎはしてるが焦りは禁物である。王都を出てから幾度となく己に言い聞かせてきた言葉だ。多分、その通りにやれてると思う。


 そんな俺は今ヴェークさんと応接室で向かい合っていた。彼だけでなく、今回はリヒトさんらにも同席してもらってのお話合いだ。


 昨日報酬受け渡し時に話した並行して行って欲しい事業その2である通信施設の建設に関しては、他の産業に携わる面々にも通しておかないといけない案件。なので責任者には最初の段階で説明しておきたい。


「それでレーワン伯。本日は通信施設というものに関してのお話だと伺っておりますが」


「えぇロート子爵。今後この州の発展に必要なものと断言していい代物ですので、皆様方にもご理解した上で協力願いたいのです」


「郵便配達人、早馬に狼煙と今でもそれなりにあるつもりですけどね。あとはギルドなどの一部組織に置かれてる通信魔導具なども」


 ちなみに伝書鳩という手段は存在はしてたらしいがこちらではアイディア出ただけ奇跡というレベルで即闇に葬られた。猛禽類以外にも空飛ぶ魔物わんさか居る世界じゃ残念ながら当然だわな。


「確かに今でもそれらでなんとかなるでしょうけど、もっと早くかつ魔導具より普及可能なものがあれば便利でしょう?」


「それはそうですわね。魔道具は早馬とかより便利とはいえ万能とは言い難いですので」


 ギルドマスターである男爵夫人の実感の篭った呟き。まぁ送信距離や伝達速度はともかく、一度に送れるのは六十文字で次の送信には最低でも七、八分ぐらい間をおかないと起動できないものが貴重品扱いな世界だしねここ。


 魔導具みたいなインチキレベルに都合の良いアイテムと比べたら劣るべきとこもあるだろう。けど、半端な性能な割に数は少ないとかいう面倒な代物なぞよりかはマシだとは思うんだ俺は。


 そんな俺が勧める通信装置。それは……。


「まずこの絵を見て頂きたい」


 そう言って俺がリヒトさんらに差し出したのは一枚の紙。そこに描かれているのは、長方形の建物の上に一本の柱があり、その柱の左右には同じ長さの柱が付けられており、凹の形を成している。


 一見するとどんなものか分かる者は早々居ないだろう。現にリヒトさんらは困惑した顔をして俺と絵を交互に見ている。


「伯爵殿これは……」


「これから説明します。まずこいつの名前は腕木通信というものです。その左右の部分とかなんとなく腕みたいな感じしません?」


「ははぁ、言われてみればそうでないようなあるような。なんといいますか、その、不思議な形しておりますな」


 ザオバーさんが短い顎髭を撫でながらフワッとした感想を述べる。他の面々も反応や返事の選択に困ってるのか沈黙していた。


 腕木通信。これこそがネットや電話どころかマトモな電気関係望めないこの世界において、魔導具を除けば一番早い情報伝達装置だ。


 フランス革命時期に誕生してから廃れるまで僅か六、七十年ではあったが、電信に取って代わられるまでは当時としては優良通信手段だったのだ。半世紀ちょいの短い天下だったとはいえフランスを中心に当時の主要国家間で設置された実力は侮ってはいけない。


 俺のチートスキル駆使して電信どころか携帯電話でもスマホでも生み出してみせろよ。と思われるが、それに対して俺は言いたい。


 馬鹿野郎この野郎そんなどっかの科学漫画みたいな地道に素材集めしてトライアンドエラーしてる暇ないんだよこっちゃ。


 そもそも材料と作り方分かっても現地で集められるかどうかまで分からないし、例えばタングステン辺りとかこの世界存在してるか怪しいもんだよ。


 よしんば作れたとしても大量生産出来なきゃ通信魔導具と変わらないんだから優先度かなり低いわ。


 腕木通信なら、最初に作り方説明しとけば後は勝手に地元民だけで増やしてけるし材料もすぐに揃えられるからまだ楽だしな。


 その腕木通信であるが、建物の上に一本の柱が立っていて、その頂点に調整器と呼ばれてる長さ四,五mぐらいの水平の腕が一本、さらにその調整器の両端に指示器部分となる二m前後の腕木が二本取り付けられてる。


 そして、この三本の腕木はそれぞれの始点を中心に回転し、さまざまな信号を作れる仕組みになってる。この腕木の信号に意味をもたせて通信を行っていく。そしてそれをバケツリレー式に次に伝えていく。まぁ半分人力半分機械でやり繰りする手旗信号みたいなもんだな。


 半人半機と言ったが、つまり内部に腕木の形状を変更するための装置があり、通信手がこれを動かして腕木の形を変えなきゃならんわけで。


 人数も望遠鏡覗く係と解読係と通信手の最低三名必要。いや解読係は必要か分からないが、この世界の識字率的には必要だろう当面。あと建てる場所次第では護衛要員も必要になるがそこまで考えてたらキリないので今は保留。


 内部から動かすということは屋根はないのか?答えはノーだ。内部の装置は外にある腕木の形と全く同じになっており、通信手は屋上の腕木を見ることなく室内で目的の形状を形成できる仕組みになっている。


 勿論一台作って終わりではない。複数作ってようやく運用に漕ぎつけるものなのだこいつは。


 当時のフランスでは十㎞ごとに一台ずつ置かれてたというが、ここだとこの世界の望遠鏡のクオリティ次第だな。それもギルドに依頼して生産させてみないと。


 人力でどうにかなる可能性としては、視力が良いと言われるエルフなんかが望遠鏡並みに目が良いなら雇いたいとこだが、どうなんだろうなこの土地の非人間種族の人口含めて諸々って。


 まず試験的に州都から南にある港町までに間で建てるとして、ここからあちらまで元の世界でいうと約一一〇㎞。十㎞感覚で建てるとなれば最低でも十一ヵ所となるんだが、うーんやはりまずは望遠鏡だな。


 成功したら州都から回廊間、西方の州都から大山脈側間と四方に設置していき、ゆくゆくは各県にネットワーク広げていく。


 現代人感覚からしたらまだまだまどろっこしいが、この土地の情報伝達事情を中世から近代にまで押し上げてくれるわふぅっわはははは。


 という内心の無駄な盛り上がりなぞおくびにも出さず、俺は腕木通信に関しての説明をし終えた。


 ありがたいことにこの場の貴族らは普段から現場仕事やってる人間だからか、話せば有用性分かってくれるようだ。あとはあれだな、何やるにしても俺発案のは全額俺が出すからというのもあるだろう。


「しかしまぁ伯爵とお会いしてまだ数日経過しただけというのに驚かされっぱなしですな」


 リヒトさんがようやく口にしたのは率直な感嘆。その流れに乗って海の男のヴァイゼさんが大きく頷く。


「手旗信号なら俺のとこでも船とのやりとりで使ってますが、それを地上でこういう建物用意してやるとは。先に思いついてれば一稼ぎ出来たかもしれないから口惜しい」


 悔しさなど微塵もなさそうな快活な口調でヴァイゼさんはそう言って笑った。


「伯の計画どおりにいけば、馬を潰す覚悟で走らせ続けても半日近くかかる港と州都の連絡が大幅な時間短縮出来るとなるとしたら、今後細々とした指示を仰げてありがたい。なにせ農作物は天候に左右される分連絡事項多めですので」


 ザオバーさんが期待に満ちたようにそう言う隣で、ヒュプシュさんはやや眉をしかめて小首を傾げてる。


「しかし伯爵殿。最初の建設だけでも望遠鏡は最低でも十一個。しかも出来次第では本数増えるということですけど、ここの冒険者ギルドでも現在三本しかありませんのよ?」


「職人ギルドで生産出来ないわけじゃないですよね?」


「それはそうですが、それなりに細やかさ求められる道具なので十や二十ともなればすぐに且つ手軽にご用意できるわけではないのです」


「そこをなんとかお願いできないですかねギルドマスター的に。お金は惜しみませんので」


 そう言って俺は白紙の一枚に数字を書き込んでヒュプシュさんに差し出す。この国での望遠鏡の値段に二割増しした額を提示してみせた。


 しばしメモに書かれた額を見ていたヒュプシュさんは気難し気な表情で俺を見つめる。


「伯爵殿の事業ばかりに関わってるわけにはいきませんの。日常的に舞い込む仕事も多々ありますので、流石に……」


 表情の割には語気はあまり強くない。拒絶でなくもう一声を期待してのものであろう。


 こちらとしてもそこそこ面倒な道具を大量に優先して作ってもらう以上は惜しむ理由はない。


 よろしい、その挑発あえてのろう。


「わかりました。では更に一割増しで合計三割。更に精度が高いのが証明されましたらその望遠鏡制作者には特別報酬弾みましょう」


「……ふふっ、周りが有力な証人のようなものですので、そのお約束お忘れなく願いますね?」


 こちらが即座に譲歩するとは思わなかったのか、やや驚きながらも太っ腹な反応にヒュプシュさんは艶やかな笑みを浮かべて了承してくれた。


 リヒトさんらから好意的な反応を貰えたので、あとはヴェークさんに実務的な事を頼む……といきたいとこだけど、望遠鏡揃えないと本格的に動けそうもない事に今更気づく。


 なので当面は銭湯建設優先してもらい、仕事の間にすぐに組み上げられるようにパーツ作りやってもらうことを頼み込んだ。


 人手に関しては、労働者集めは現場責任者のヴェークさんとギルド経営してるヒュプシュさんに共同で募集や面接してもらって人数揃える。労働者の衣食住はヴァイゼさんやザオバーさん経由で手配してもらい、それらをリヒトさんに管理お願いする。


 俺は金出して何かあれば責任とるというホワイト上司ムーヴかまして事態を見守ることに。


 急かしても仕方がないとはいえ、可能ならば年内には港と回廊ルートに腕木通信施設用意したいもんだよ。銭湯もそうだけど、言えばすぐ出来る物ではないと分かってるだけに一日でも早く着手しときたい。


 後は任せる人員。特に文字読める奴は必ず一台に一人常在させとくなら住民の識字率上げとかないとなぁ。


 ただでさえこの世界の水準だと高くないからなぁ。名前書ける程度のもんでなく、簡単な文章読めるレベルに引き上げるにはどれだけかかる事か時間も金も。


 日本の寺小屋みたいな簡易的な学校作ってみるか?義務教育とは言わないけど、町や農家の次男坊三男坊、なんなら女子でもいいから時間作れそうなのから勧誘してみて。


 あぁいやでも農家辺りから人手不足云々言われたら俺も欲しいだけに反論できねぇわ。今後の増加期待するにしても当面どうしたもんか。


 教育といえば、銭湯も建てるだけでなく今の段階で任せる人手集めて教育もしないといけないか。それに治安面や法制面で改めて設けたいものもあるし。


 回廊の要塞化も承認前提で動くとなると今から資材用意しておかないといけないか。そちらの方もどうやって人を集めていこうか。


 考えることが多すぎて頭が沸騰しそうだ。でも急がないと間に合わないかもしれない。いつ恐れる事態が起こるか分からないから早くしないと。


 あぁ忙しいなもう!


 と、そこで俺は急に後頭部はたかれたような感覚を覚えた。そこまで考えて前触れもなく脳内ブレーキかかった。


 そもそも俺がまず落ち着け。


 色んな事を早くしなきゃと焦ってるが、ここに来てまだ一週間も経過してないぞ。


 立てこもり計画や州の改革ばかり構ってるだけでなく、日常的な業務もこなしていかないといけないんだぞ。


 というか赴任前も含めたらこの調子で続けてたら過労死確定だぞ。


 焦るなとか言い聞かせてた割には焦りまくってたわこれ。


 夢への実現がとんとん拍子に進んでる事にテンション上げすぎててハイになってたわ俺。


 俺は目を閉じて大きく深呼吸をして、肺の空気がなくなる勢いで息を吐き出した。


「レーワン伯?」


 急にそんな事をやりだした俺をリヒトさんらが怪訝そうに見ている。俺はそんな彼らに苦笑を浮かべてみせた。


「いや失敬。まだこの地に来たばかりというのに、ここ数日色々やりすぎてたなと急に思いましてね。それでですな、その、いきなり話転じて恐縮なのですが、皆様もしよろしければ話し合いが終わりましたら昼食にしませんか?仕事の話完全に抜きにして、この土地のお話など聞きたいのですが」


 突然の申し出にリヒトさんらはやはり怪訝そうな顔をしたが、すぐに大らかそうな笑顔を浮かべて応じてくれた。


 そこから誰のお勧めの店へ節令使殿を招くか五人であーだこーだ言いだしてるのを見ながら、俺は一旦仕事の事は頭の隅に置いた。


 俺は計画通りヴァイト州節令使になってるんだ。


 あれこれ抑えつかれて周囲を気にしなくてはならない王都に居たころとは違う。今は確かにこの立場に居る。簡単には折れることはないし自由なのだから。


 少し、ほんの少しでいいから落ち着いてやっていこう自分。


 そして俺は、身分とか立場とかなんざ鼻で笑いつつ「何一人で良さげなお店でランチしちゃってんの」とか言いながら勝手に付いてくるであろうマシロとクロエをこの人らにどう紹介しようか考えるのであった。

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