第11話イカレた仲間は実力もイカレです

 それから十日程経過した。


 何事もなくケーニヒ州を出ていき、貴族の荘園地帯を通過して、現在は十二番目の州であるフィッシェ州の半分を過ぎた所に居る。


 先入観や偏見がある程度入ること差し引いても、この辺りになってくると所々で報告どおりの荒れ具合が目につくようになった。


 俺らが進んでる道路そのものはまだ整備されてはいるが、街路樹や案内の書かれた標識が数本に一本は叩きおられたまま放置されており、旅人や地元の人間が捨てたゴミどころか、魔物の死骸も処理も回収もされずに腐敗に任せたまま。


 交通の要である主要王路ですら道さえ無事ならいいという状態となると、人や金のリソースはどこに行ってることやら。


 フィッシェ州に入ってから幾つかの町や村に立ち寄るか通り過ぎるかしたが、州の境界線付近はまだ大丈夫だったとしても、下っていく程に明らかに人も物も疲弊してるように見受けられた。


 疑いたくはないが、これは州都と人の目、というか役人の類に目撃されやすいとこは体裁保つ為にしっかり管理してるがそれ以外は無視か後回ししてるパターンではなかろうか。


 ここの節令使はウノトレス伯爵とかいう壮年の男だったか。才覚は可もなく不可もなくだが、必要以上に見栄を張りたがる悪癖の持ち主と噂は聞いている。


 個人でならまだしも、統治者としては不味いだろうな。上への受けをよくするために税を重くして取り立てたり、不可抗力な不慮な事故や天災も顧みず人民に負担を強いるとかするタイプっぽい。


 日本で言うなら江戸初期の島原の乱起こした松倉勝家みたいな奴かもしれんな。やってないのは宗教弾圧ぐらいなもので。


 実際私的に集めた報告書の方ではおそらく俺が想像したような事をしでかして農民一揆や反政府暴動的な事が起こってると書かれてるし手元の兵力だけでどうにかなるか怪しいものだ。


 ここのフィッシェ州に配置されてる正規兵力は二千五百。


 一地方治める割には少なすぎると思うが、まだ中央や貴族の荘園地帯から近いので、例えば騎馬兵力だけで飛ばしていくなら数日で応援到着も不可能ではない。


 更に言うなら貴族らが自分の領地に踏み込まれるの恐れて私兵をかき集めて派遣してくることも望める。それでも不安なら自分とこの私兵や傭兵で兵力水増しも出来るのだ。


 他国が隣接してる北や東と違ってケーニヒ州より以南は同国の土地のみ。だから精々たまにでる盗賊集団や魔物討伐相手ならそれぐらいでもやっていけるし今まではやってこれた。


 以降のこととなると、はてさてどう対応してるのやら。このちょっと見ただけでも分かる奴には分かってしまう荒廃っぷりだと期待できそうもないな。


 はぁー乱世乱世。


 変化があればあればでそんなネガティブな考えをしてしまう俺のところにターロンが馬を寄せてきた。


「坊ちゃん、今斥候部隊から報告がありまして。どうもこの街道からやや離れた辺りにグラースワームの群れが居て、こちらに迫ってるとか。ついでに空の方も化物カラスの群れが旋回してますな」


 ワームとは虫のほうでなく爬虫類型の魔物の名前である。見た目は翼や手足を無くして大幅にサイズダウンしたようなドラゴンだが、小さいといってもそこら辺の馬よりも巨体な上に鰐並みに強い顎と牙を持ってるので割と厄介な存在だ。


 化物カラスのほうは名前どおりのまんまで、普通のカラスの十倍ぐらいのデカさの魔物だ。


 どちらも深めの草原地帯や沼のあるところを縄張りにしている筈であり、草むらがないわけではないがほぼ切り開かれてる王路の辺りで出てくることはないと伝え聞いてるんだが。


「私見ですが、これは最近のゴタゴタで死体処理怠ってるから、奴ら積極的に襲って来ようとする程に人肉の味覚えてしまったのでは?」


「あー、俺もそう思うわ。魔物だろうが獣だろうが、美味く感じたら繰り返そうとするだろうよ。しかも他の魔物よりチョロいからな人間様は」


 こういう事が起きやすいからこそ、どの国も可能な限り野垂れ死にや争いごとで生じた死体は積極的に回収して火葬や埋葬処理してるんだがな。


 治安的にも行うべきことが行われてないとか、この一点だけでも責任問題もんだろうに本当にこの国はまったく。


 愚痴ったとこで仕方がないか。とにかく一旦移動停止して迎え撃つ準備させないとな。三千人もそれなりの集団だから止まるだけでも一苦労するし急がせないと。


 ターロンや他の士官に指示を出そうとする寸前、横から呑気そうな声が聴こえてきた。声のする方へ振り向くと、薄汚れた白衣を纏った少女とゴスロリ少女が呑気そうにこちらを見上げている。


「話は聞かせてもらったわ。ここは私とクロエで片付けて進ぜよう。ふははは感謝しろー崇めろー」


「くくく、有象無象の駆除。血に飢えし魔物の蹂躙のひと時のマスカレード」


「いやお前ら単に暇だからだろ?」


「うんまぁねー。でもここで死人は出ないとしても怪我人出したり武器消費するよか私らだけで片付けたほうが合理的よー?」


「否定はしないんか……あー、お前らがやりたいならいいけど程々でいいからな?」


「はいはいー。じゃっ、私は空のやつを撃ち落とすからクロエはデカい蛇みたいなほうでいい?」


「くくく、了解」


 そんな軽いやりとりをして、二人は立ちあがって軽く背筋を伸ばしたり屈伸しはじめた。


 ターロンら俺の家に元から居た私兵連中以外の周囲の奴らはあまりの気軽さにざわめいている。気持ちは分かるがあえて反応を無視して俺は「大丈夫だから」と面白味のないことを告げつつ全軍に停止命令を出す。


 少し混乱はあったが、数分程で隊列は止まり、十数分後には念のためにと盾や馬車で即席の防衛陣を作り上げていた。そこは流石に訓練された正規兵といったところか。


 そこの隙間から抜け出したマシロとクロエは、散歩をするような気軽さで王路から少し離れたところに移動する。その頃にはワームの群れが辛うじて視認出来るぐらいには接近してるのが確認出来たし、化物カラスの群れも鳴き声がしっかり聞こえてくる程度には接近もしていた。


「じゃっ、やろっかクロエー」


「くくく、やろうかマシロ」


 マシロの問いに応じたクロエの横顔はいつもの物憂げな笑みを消してたように見える。


 二人は恐れや緊張の一片も出すことなくワームの群れを見据える。


 クロエは左手を二度三度開閉して何か感覚を確かめた後、ゆっくりとその手をあげ、そして静かにだが力強く呟く。



「変身」



 言葉が発せられると同時にクロエの周囲に一瞬だけ炎を纏った小さな嵐が発生し、それが瞬く間に消えた後そこに立っていたのは仮面を被った異形の存在。


 装甲も露出してる部分もほぼ全てが漆黒に彩られた肉体。そんな中で目とベルトのバックル部分だけがルビーのように赤く輝いており、ナックルガードのついたグローブと硬質のブーツには漆黒とは異なる、幾重にも血に浸したような赤黒い色が添えられてる。


 頭部の仮面に猛牛のような鋭い角を生やし、辛うじてそれの中身が女性であることが分かる細身ながらも芯の硬さを感じ取れるしなやかな身体の肩甲骨には小さく折り畳まれた翼が備わっており、脚の各所にはレッグトリガーをはじめとしてバッタを彷彿とさせる意匠が施されている。


 様々な動物を連想させるその姿はまるでキメラのようだった。アンバランスのようで、異形としての底知れぬ不気味さと強さを兼ね揃えた赤と黒に彩られた仮面の戦士。


 元現代人の俺からしたらダークヒーロー的なその姿にカッコよさをなんとか見いだせるんだが、それでも何度見ても無言で佇むんでるだけなのに押し寄せてくる寒気や威圧感は、その辺の魔物なぞ足元に及ばないだろう。


 俺ですらそうなのだから、この世界の住人からしたら変わった格好した女の子が一瞬にして得体の知れない何かに変貌したら絶句するしかあるまい。


 唯一動じてないのはマシロだけだった。親友の姿を見慣れてるといわんばかりにクロエの方を一顧だにせず空を見上げて「どのあたり狙おうかなー?」などと言っていた。


 ワームどもも野生の勘が働いたのか、前方に居る人の形をした得体の知れない存在が発する殺気を受けて前進を止めて戸惑うような唸り声をあげる。


 周囲の動揺など意に介した風もなくクロエは歩き出した。


 急ぎもせず焦りもせず、しっかりとした足取りで一歩ずつ距離を詰めていく。


 兵士たちも魔物たちも、殺気と威圧感に呑まれてしばらくは声も出ず動けもしなかった。レッグトリガーの金属音が死神の足音が如く音高く場に響く。


 だがあと十歩もすれば攻撃範囲内に到達されると悟ったワームらは己の奮い立たせるように吠えると同時にクロエに飛び掛かる。


 普通なら太く鋭い牙がクロエの身体を瞬く間にズタズタにするのだろうが、無論そうはならなかった。


「……!」


 無言のままクロエが拳を握りしめる。そして軽く腕を上げて小石を投げるかのような軽やかさ振り下ろす。


 瞬間、クロエの正面に居た一体のワームが頭部を中心に四散した。原型を留めていた下半身部分も血と臓腑をまき散らしながら音を立てて沈む。


 一体目が沈んだと同時に立て続けに肉を割き骨が砕かれる音が響き渡った。


 更に襲い掛かってきた数体が目にもとまらぬ速さの打撃を喰らって最初の一体目と同じ運命を辿っていたのだ。


 死んで当たり前と言わんばかりに見向きもすることなく、クロエは群れの中へ淡々とした風で歩いていく。


 ワームらも数の有利を頼んで襲い掛かるも、当てるどころかロクに回避行動もとられることもなく淡々とだが確実に重い一撃を受けて倒されていった。


 そんな光景が生み出されたと同時に上空に爆発音が響き渡り、思わず耳を抑えながら発信源に目を向けると、右手の人差し指を天に掲げてるマシロの姿があった。


「あっそーれ、ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜♪」


 気の抜けるような単語を発した瞬間マシロの指先から火の玉が生み出され、それがとんでもない速さで射出されていき、回避する暇もなく化物カラスらは直撃を受けて十数体が火達磨になりながら落下していった。


 初歩的な魔法なら、ある程度実力のある魔法使いや賢者なんかは短い単語一つで発動できるのだが、今マシロが撃ったのは威力からして普通なら魔力と集中力練り上げる為にやや長めの呪文詠唱必要な筈なんだがなぁ。


 つーか、呪文からして適当だ。以前発動させたときは「マハリクマハリタ!」とかだった筈だぞ。

 以前その辺り訊ねてみたところ。


「いや、別に呪文唱えなくても魔法使えるんだけどね、ほら気分よ気分。魔法使えるならロールプレイングしなきゃ損っしょー?」


 などとこの世界の魔法に携わる人間全員から呪われそうなコメントを頂いた次第で。


 地上と空からと同時に数十体の魔物の群れから攻められてた筈だが、勝負はあっという間だった。正確な時間は計ってないが、多分カップラーメン出来るより早く決着ついてそうなぐらいに即行即決であった。


「えっ、グラースワームって一体でもD辺りのパーティーがなんとか相手に出来るやつで、あれだけの群れとかCでも半分ぐらいの犠牲覚悟で何組とかと合同で挑むやつだよね?」


「いやBでも何組かと組まないとやってられんわ。化物カラスだってあれだけの群れ相手なら弓使いか攻撃魔法持ちの魔法使いを最低一人はメンバーに居れてないと割と無理だぞ?」


「短期間でBまで登ってきた有望株な実力者だからって幾らなんでも圧倒的すぎんでしょう。なんなのあの二人……」


 私兵部隊の冒険者組が全員青ざめつつそんな会話をしていた。


 うん、君らの言いたい事わかるよー。俺も一年前に初めてあの二人の戦い見たときは阿呆みたいに口を開けて呆然としたもんよ。


 で、その際にステータス確認したよ。というかしたくもなるわ。以下当時のステータスな。








【名前】 貴虎 真白

【年齢】 16歳

【レベル】 85

【体力】 5600

【魔力】 8500

【耐魔力】8300

【攻撃】 4900

【防御】 5200

【速さ】 4700

【職業】 召喚者 一応人

【スキル】 身体強化+α  身体防護 オールキャンセラー 魔法全種取得 魔法発動無詠唱 ステータス鑑定 物理耐性自動強化(最上) 魔術耐性自動強化(最上) XXXX(プライバシーにより本人の同意なしの開示不可



 


 

名前】 朱雀野 黒江/クロエ変身体

【年齢】 16歳

【レベル】 85/90~99

【体力】 5500/8600~9999

【魔力】 4900/7700~9999

【耐魔力】4000/7100~9999

【攻撃】 5200/8600~9999

【防御】 5200/8500~9999

【速さ】 4400/8400~9999

【職業】 召喚者 人でありたいと願う者

【スキル】 身体強化  身体防護 オールキャンセラー ステータス鑑定 物理耐性自動強化(最上) 魔術耐性自動強化(最上) XXXX(プライバシーにより本人の同意なしの開示不可) 鋼の魂レベル10※任意で強化体へ変化可能








 いやおかしいからね?おかしいからなマジで!?チートスキル付与ってレベルじゃないからなこれ絶対。


 以前勇少年のステータス観てもそこまで反応しなかったのこいつらが原因だからね。これから少年が成長していくとしても絶対この二人に勝てる未来想像できないからな俺。


 特にクロエ、変身体とかあるのにスキル一覧に変身がないとかなんなの。多分文字潰れてる部分がそこなんだろうけど、完全に出てくるとこ間違えてるからね君ら?剣と魔法のファンタジーの住人じゃないからなおい。


 何度か魔物討伐クエストに立ち会ってるんだが、つくづくこいつら色々おかしいわ。俺の知識スキルが霞んでしまうぐらいには。


 周囲のドン引きなど相変わらず気にした風もなく、一仕事終えたマシロとクロエは疲れた様子も見せず「やったね明日はホームランだ!」「くくく、完全勝利の愉悦。明日は挽肉混ざり合い業火に焼かれし肉を所望する」とか言いながら俺のとこに戻ってきた。


 慣れたようで慣れない光景に俺が苦笑を浮かべつつ二人に一応労いの声をかけたときだった。


「坊ちゃん、先程とは別で王路を先行させていた部隊が戻ってきたんですがね、また面倒な事が起こりそうですぞ」


 困ったような呆れたような表情をしながらターロンが斥候の一人を連れて現れた。そいつもターロンと同じような顔をしてるのを見て、俺は煩わし気に前髪を掻きむしった。


 少しは楽させてくれんかね。

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