第6話 逃亡奴隷、世間の風当たりを知る。


「…はぁ、はぁ、はぁっ……ぜひ、ぜひっ…ぜひゅっ……」


 門の影も見えなくなる所までゴキブリ走法で進み、ようやく立ち上がる。


 あはは……擦り傷だらけ……

 まぁ、これは名誉の負傷って事にしておこう。


 だけどこれ、傷口洗って消毒したいなぁ……

 放っておいたら、破傷風や、他のヤバイ感染症にもなりそうなんだもん。


 このあたりの森は、木々が結構しっかり茂っていて、分厚い緑が地表を覆っている。

 そのため、地面部分は光が遮られて薄暗く、じめじめと湿った土質だ。


 日影に生える薬草の代名詞と言えばドクダミなんだけど……有るかな?


 高温多湿の日本であれば、全国どこででも見つけられる、ごくありふれた草だ。

 見回すと、視力の悪い僕でも、見覚えのある植物が茂っているのが見えた。


 あ、あるある。

 アレじゃないかな?


 特徴的なハート形の葉っぱにめしべが目立つ白い花。

 そして……


 ぶちっと一枚葉っぱをちぎって確認する。


 うん、うん。

 特徴的な、このニオイ! うっ……鮮度が良いとキョーレツだな。


 ついでに【鑑定】してみると、


 名前:シフキ草

 効果:多くの病に効く薬草。別名、皮膚病の万能薬。新鮮な葉のニオイ成分に殺菌作用を大量に含む。


 と、出た。


 名前は違うけど、用途も特徴もほぼ、ドクダミです。ありがとうございます。


 懐かしいなぁ。

 日本では、薬のDIYが趣味だったけど、こんな所で役に立つとは。


 学生時代はアオカビからペニシリンの単離もやってみたっけ。

 まぁ、あれは、オートクレーブとかフリーズドライとか……かなり大がかりな器具が無いと出来ないから、今ここでは無意味だけど。


 摘み取ったシフキ草こと、ドクダミを雑に手で揉む。


 ぐちゃぐちゃになった緑の葉っぱをペタリ、と傷口に張り付けて応急処置は終わり。

 ……なんだけど、上手く潰しきれていないせいで、なかなか肌に張り付かない。


 乳鉢とか欲しいなー。


 いや、だって、他に出来る事って言ったら、最初に傷口の砂やゴミを取るくらいの事しか無いんだもん。


 しかし、力の無い僕の手じゃ、たかが知れてる……。

 まだ、口で噛んだ方が葉っぱが良く潰れるんじゃないかな?


 僕は、その草を口に含んでくっちゃ、くっちゃと噛み砕く。


 さっき【鑑定】した自分の状態……痛覚と味覚が麻痺だったはず、と思って躊躇なく口に放り込んだんだけど、この独特な臭さは健在ですな。


 まぁ、殺菌には、このニオイの元になる物質が重要だから仕方ないけど。


 もちゃ、もちゃ。……ぺっ。


 あ、良い感じ、良い感じ。

 ちぎっては噛み、噛んでは吐き出し、それを傷口に塗り付ける。


「……ん?」


 と、千切っていたドクダミの葉の中に妙なヤツがあった。


 【鑑定】

 名前:シフキダマシ

 効果:猛毒。葉一枚分を体内に取り込むと、呼吸困難で死亡する。


 ちょ!?。


 見た目は、完全にシフキ草と一致。

 葉っぱのカタチ、大きさ、つけている花、生息場所まで同一で、群れの中に混じって生えている。


 唯一の違いは、千切った時に香るあのニオイだ。


 何じゃこりゃ、怖いなぁ。

 きちんと一枚づつ、千切った葉を鑑定しながら、口に入れていて良かったよ。


 僕は、有害なシフキダマシを避けつつ、シフキ草だけをひたすら噛み潰す。


 そして、目にとまった傷口にぺたし、ぺたし、と塗り付けていたら、全身、ま緑色になってしまったでござる。


 見えない部分や顔には塗っていないから、完全に緑の人間じゃないよ!


 ついでとばかりに、僕は、猿轡に使われていた布を広げる。

 そして肩から右の鎖骨部分を隠す様に体に巻き付けて紐で括ってみる。


 あの『奴隷印』一般の方に見られて、連れ戻されたらたまったもんじゃないもんね。


 きっちり、ドクダミことシフキ草を塗って一見しただけでは、分からなくなっているけど、これなら、バッチリ大丈夫かな?


 そして、手近なところに落ちていた木の枝を杖代わりに歩き出す。


 あの屹立する角材みたいな形状の台地と、その直下の森を抜けると、そこはゲームで見た様な中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。


 道には赤茶けた石畳がひかれている。

 その色と同じようなレンガ造りの3階建て程度の四角い建物が密集。

 さらには、アーチ状の橋のようなものが、直立する台地から伸びて来ていた。


 おー……おしゃれな街。


 もうすぐ日が暮れそうだけど、結構、人が行き交っている。

 荷車を引くおじさん達や、馬車……じゃないな。


 馬みたいだけど、ねじくれた角が生えて、長い毛並みの動物が引っ張って進むタイプの車もソコソコ頻繁に往来している。


 1階部分が食事処になっているお店も多いみたいだ。


 道の真ん中には噴水のような水道が等間隔に設置されていて、お母さんらしき女性や子供たちが水を甕に汲んでは自宅へ運んでいる姿が見えた。


 上水道が奇麗に整備されてるって事は中世ヨーロッパじゃなくて、古代ローマ風なのかな?


 そう思うと、町のいたるところから見える、アーチ状の橋みたいな建物は水道橋?


 噴水を目にした瞬間、僕は、喉がカラカラだった事を思い出した。


 ドクダミ……じゃなくて、シフキ草を噛んでは吐き出し、を繰り返していたのだ。

 カラカラ通り越えて、喉も口の中もヒリヒリするし、唇だってガッサガサ。


 【鑑定】

 名前:上水道

 効果:飲用可。誰でも使う事ができる。


 僕は、ふらふら~と、本能的に一番近くの噴水から滔々と流れる水に口を付けた。


 ……こく、……こく、ごくごく。

 ぷはぁ~!!


 あー、何か、一口ごとに感覚が蘇るわ~。

 僕が、お水の美味しさに感動している、正にその時だった。


 ばしんっ!


 ほわぁっ!? 痛ッ!! 何!?


「この薄汚い亜人風情が! 何してんだいっ!!」


 見れば、竹箒のようなものを持ったおばちゃんが目を吊り上げている。

 どうやら、あの箒で掃き飛ばされたらしい。


「ここの水道はね、伯爵さまが、あたしら人間の生活の為にわざわざ作って下さったんだよ! 亜人は亜人の街ダリスにでもさっさと帰りなっ! 汚らしいっ!!」


「……あ……ズビ、バ、ぜん……」


 おばちゃんは、しっし、と箒を振り回して僕を追い払おうと威嚇する。


 ええぇ……? 亜人、獣人けものびとってそんな扱いなの?

 まぁ、確かに今の僕、ボロボロだけどさぁ……

 でも、こんなに傷だらけでヨレヨレの子供に対する扱いとしては、酷くない?

 箒で掃き飛ばすって……まるっきりゴミ扱いじゃん。


 見れば、箒をもったおばちゃん以外にも、奥さん方がひそひそと、まるで汚いものを見る眼でこっちを見ている。


「嫌だわ、亜人の子供なんて、気色悪い。」


「仕方がないわよ、今日は市の日だったんだもの、ダリスから亜人がたくさん買い物に来てたわよ。」


「見て、あの肌の色……ウチの前で野垂れ死なれたら敵わないわ。」


 それも、一人二人ではない。結構な人が同じような薄汚れたケモノを見る眼差しで、しかめっ面をしていた。


 ……そう言う文化圏なのかなぁ……


 僕は、おばちゃん達の剣幕に追い立てられるように、とぼとぼと歩き出した。

 一応、森から持ってきた杖も僕と同じ方向に掃き飛ばされていたのは、ちょっとした幸運か。


 お水を飲んだ辺りから、感覚が戻りつつあるらしくて、左足が痛みを主張し始めたんだよね。

 足を地面に付けると、飛びあがりたくなるような激痛が走る。

 ま、この腫れ方だし、その方が正常か。


 日も暮れて来たし……痛覚麻痺のチートタイムも終わりなのかな。

 それに、ずいぶんと寒いのも感覚が戻ったせいなのだろうか?

 歯の根がカチカチと音を立てている。


 ふと、十字路に来たので顔を上げると、北へ向かう標識に『ダリスまで7ルギア』と書かれているのが目に留まった。


 何だ? その単位。

 多分、「メートル」とか「キロメートル」に相当する距離を表すものだと思うんだけど、僕の中で距離の単位に関する記憶が飛んでるなぁ。


 でも、あのおばちゃん達の台詞からすると、そんなに遠方では無いと思うんだよな。7キロくらいかなぁ。


 ……7キロ……

 結構な距離だな。

 到着は夜中になりそうだ。


 ええーい! 千里の道も一歩よりッ!!

 進めば到着する! 進めば!!!


 僕は己を鼓舞するように、歩き出した。


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