第233話アルカナダンジョン【悪魔】⑫

 目の前には無邪気な顔をしたエリクが笑顔で立っている。

 その姿はこの凶悪なアルカナダンジョンには似つかわしくなく、まるで自宅で寛いでいるような錯覚を全員にあたえた。


「マスター、ようやくお会いできました」


「まったく、お前はなにしているんだか」


「はぁ、エリクらしいですけど」


「お腹すいた」


 エリクの登場により緊張をやわらげるのだが……。


「皆さん油断しないでくださいっ!」


「えっ? どうしたのさ、ミーニャ」


 ミーニャは剣を抜くと言った。


「こんな敵陣奥でそんな恰好をしているんですよ! 明らかに不自然ですっ! きっとそいつがデーモンロードに違いありません!」


 ミーニャはエリクを睨みつけると敵意をぶつけた。


「落ち着けって!」


「そうですよ、これは間違いなく本物のエリクですよ」


「この緊張感のなさ、良い匂い。間違いない」


 ミーニャをなだめようとする三人にたいし。


「デーモンロード? ああ。あの最初に出てきたやつか」


 エリクはポンと手を叩くと何かを思い出した。


「マスター御存じなのですか?」


 イブはさり気なくエリクの隣に立つと首を傾げた。


「うん、あの時転移魔法陣が発動して僕だけこの部屋に飛ばされてね。その時に対峙した悪魔がこの前倒したアークデーモンより強いオーラを放ってたんだ。多分あれがデーモンロードかな?」


 エリクはナイフでパイを切り分けながら皆に説明をした。


「多分ってどういうことですか? そもそもその悪魔はどこに?」


「その悪魔はもういないよ」


「どうして?」


 ルナが首を傾げる。エリクはパイを掴むとルナの口元へと持っていく。するとルナは噛り付き幸せそうな顔をした。

 エリクはパイの出来の良さを確信すると皿へと並べつつさらりと言った。


「妙な魔法を使い始めたからさ、僕の身体には影響がなかったけど何か読み取られている感じがしたんだ」


「それでマスターはどうしたんですか?」


 イブも口を開けるとエリクからのパイを受け取る。エリクはイブの頭を撫でると……。


「とりあえずぶっ飛ばしておいたんだ。そしたらその攻撃で倒れたみたいでね。後は僕だけが残ったので、こうして皆がくるのを待っていたってわけさ」


「なななななななぁっ!」


 ミーニャが口をパクパクとさせている。


「嘘ですよっ! そんな作り話誰が信じるんですかっ!」


 ミーニャはエリクの言うことを嘘だと決めつけると食ってかかった。


「いや、信じるけどな」


「ですね。実にエリクらしいかと」


 マリナとタックがパイを食べながらそう言うと。


「どうしてですかっ! さっきだって偽物に騙されたじゃありませんかっ! こんなの絶対に私達を油断させるための罠に決まってますよっ! じゃなきゃおかしいですっ!」


 通常、ミーニャの主張の方が正しい。まさか悪名高いアルカナダンジョンのボスであるデーモンロードを瞬殺して、待ち時間でパイを作る人間がどこにいるのか。


 パイに致死性の毒を盛って、現れた探索者を罠に嵌めるつもりとなぜ疑わないのか……。

 だが、周囲の人間はまるでミーニャが聞き分けのないだだっ子のような扱いをしている。


「だいたい、もし本当にデーモンロードを倒したなら、なぜダンジョンコアを抜き取らないんですかっ!」


 アルカナコアを抜き取ればダンジョンを攻略したことになる。そうすればミーニャたちはわざわざ強力なデーモン軍団や偽物と戦う必要がなかったはずなのだ。

 この質問に合理的な解答をできなければ斬りかかる。ミーニャはそう考えていたのだが……。


「せっかくアルカナダンジョンで分断されるなんて状況になったんだよ。皆にとって良い訓練になるかと思ったから」


「はっ? はぁぁぁぁぁぁっ?」


 エリクの言葉を聞いて驚き、内容を解読して更に大声を上げるミーニャ。当初の鉄仮面はどこにもない。


「頭がおかしいですっ! 言い訳以前ですよっ! それでもし仲間が死んだらどうするんですかっ!」


 自分の仲間を危険にさらす意味がわからないとばかりにミーニャは盛大な溜息を吐くのだが……。


「まあ落ち着いて」


「ムグッ!」


 エリクはミーニャの口の中にパイを突っ込む。咄嗟に吐き出そうとするミーニャだったが、大きく目を見開くと咀嚼して思わず飲み込んでしまった。


 そんなミーニャの手にパイを握らせると。


「僕は皆を信じていたからね。例えどんなことがあろうとダンジョンを進んで僕の前までくると」


 エリクは誇らしげにミーニャに語ってみせる。


「まあ、実際何とかなったしな」


「余裕とまではいきませんが、明らかに実力が身に付きましたからね」


「無事に進んでこれたよ」


 三人はエリクの信頼に応えられたからか、やや照れた様子をみせた。


「これで三人とも胸を張ってアルカナダンジョンを攻略したって言えるね」


 実際にデーモンロードを倒したのはエリクなのだが、ダンジョンを踏破したり偽物を看破したりなど。常人ではできないことを三人はやってのけたのだ。


 攻略者を名乗っても文句は出ないだろう。


「マスター。アルカナコアを取って出ましょうよ。はやくゴッド・ワールドに戻って奉仕したいです」


 仕事をしたくてうずうずしているイブの頭を撫でると……。


「そうだね。あとは外にでてからにしようか」


 こうしてアルカナダンジョン【ⅩⅤ】は、エリクをラスボス部屋まで転移させて返り討ちに合うという愚策で最速攻略されていたのだった。

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