第227話アルカナダンジョン【悪魔】⑥

「はぁ、結局見つかりませんでしたね」


 イブは溜息を吐くと落ち込んだ様子を見せた。現在二人はダンジョン内のセーフティーゾーンへ辿り着いて休みをとっている。


 タックは武器の点検をしているし、イブは料理をしている。

 淀みない手付きで野菜を切り、肉を炒めるイブだったが心ここにあらずといった様子だ。


「それにしても流石はアルカナダンジョンだけあるな。出てくるモンスターの強えこと。修行してなかったらとっくにやられているぜ」


 出現するのはいずれもグレーターデーモン以上なので、修行をする前のタックでは倒しきる前に次の敵が湧き出してやられていただろう。


 一日中ダンジョンを歩き回ったせいで疲労が溜まっている。タックは今日の探索状況を思い出していた。


「最初の爆発以降は大きな音はありませんでした。これはそれぞれはぐれたメンバーの距離が結構開いているからだと思うんですよ」


 近場に転移させられたのなら戦いの音を頼りにそちらへと向かえばよい。

 だが、このアルカナダンジョンはそれほど入り組んだ様子がない。


 これまでもイブは索敵をしながら進んできたので、別な道にメンバーの誰かがいれば気配を感じ取ることができたはずなのだ。


「恐らく転移魔法陣はそれぞれ全く別な場所に繋がっていたと考えるのが自然でしょう」


 自分の索敵に自信があるイブはそう結論付ける。

 そう言いつつ手を動かしていると……。


「さて、食事の用意ができました」


 目の前にはほかほかと湯気を立てている料理があった。どれだけ思考がそれたとしても気が付けば完璧に料理をしてみせる。


 ゴッド・ワールドへのゲートは開けなかったイブだが、エリクが使える恩恵は使うことができる。【アイテムボックス】のスキルを利用してそこに保管してあった食材を取り出して料理をしたのだ。


「おおっ! 一日動きまわって腹減ってんだ。イブと一緒で良かったぜ」


 嬉しそうに駆け寄ってくるタックに。


「その前にタックさん。汚れているので綺麗にしましょう【クリーン】」


「んぉっ!」


 イブから放たれた魔法の光でタックの身体中から汚れが落ちていく。そのぬるま湯でマッサージを受けたような快楽に思わず声が出てしまう。

 

「いきなりはよせよな……」


 このクリーンの魔法は冒険での汚れをとるだけではなくゆっくりと風呂にでも入ったかのようなリラックス効果を与えてくれるのだ。


「仕方ないですよ。食事の前にはお風呂が基本ですから。今頃マスターも気持ちよくなっているんでしょうねぇ」


 頬に手をあてるとイブは遠く離れたエリクへの想いを馳せる。エリクも綺麗好きなのでクリーンの魔法を活用していることだろう。


「この魔法のお蔭で疲労をためることなく探索が続けられるわけか、イブと一緒で本当に良かったぜ」


 戦闘力もさることながら、イブはエリクの恩恵を使える。

 もし他のメンバーと一緒に転移していた場合、疲労を蓄積して全滅なんてこともありえたかもしれない。そんなことをタックが考えていると……。


「イブはマスターと一緒が良かったです」


 イブはボソリと不満を口にした。


「おいっ!」


 正直なイブの言葉にタックは突っ込む。


「でもまあ、これはこれで良い訓練になりそうですから。タックさんを鍛えるのにこのアルカナダンジョンは丁度いいですからね」


 食事をよそいながらイブは聞き捨てならない言葉を口にした。


「おまえ、何言ってる?」


 皿を受け取り、美味しい料理を口にしていたタックだが、その言葉に背筋を冷たくする。


「実戦に勝る経験はありませんから。明日からはタックさんにどんどんデーモンをぶつけていきますから安心して全力で戦ってくださいね」


 イブはやると言ったらやる女だ。

 先程まで美味しいと思いながら食べていた食事の味が急にしなくなった。


 イブの笑顔を見ながらタックは「この女と一緒じゃ無ければよかった」と内心で愚痴を漏らすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る