第186話復興支援
(えっ? モンスターが見当たらなくなった?)
『はい。中級モンスターはおろか、低級モンスターもいませんよ』
イブの報告を聞いて僕は思考を纏める。
地図上からはモンスターを示す駒は一切なくなっており、人員も本部で暇を持て余している。
「エリクよ。次の指示は無いのか?」
ガイルさんがそう僕に聞いてくる。
「すいませんちょっと待ってください」
僕は片手をガイルさんに向けて待機してもらう。
(本当にどこにもモンスターはいない? ここ以外の街の周辺にも?)
『ええ、かなり広範囲を飛び回り、あぶりだすつもりで茂みに風魔法を放ったりもしましたけど影すら見当たりませんでした』
どうやら本当らしい、スタンピードはこれでおしまいなのか?
あまりにも順調にことが片付いてしまったので、僕は安心よりも不気味さを感じるのだが。
(とりあえずイブも戻ってきてくれ)
そうならイブを休ませてあげたい。彼女はこのところ、最小の休憩だけで動き回っていたのだから。
『わかりました。それではイブはゴッド・ワールドに戻りますね』
僕の指示にイブは特に反論することなく従うのだった。
「やはりモンスターの影も形もありませんでした」
「そうか」
偵察の兵士の報告を聞く。
ガイルさんは部下の報告に頷くと視線を僕へと向けた。
「エリクの言う通りだったな」
僕はあれからイブから得た情報をガイルさんに伝えた。
すると、彼は自分たちでも確認すると言い出して兵士さんを偵察にだしたのだ。
結果は今聞いた通りだ。
周囲には兵士や冒険者、レックスやミランダなど駆り出された学生たちが僕らに注目をしていた。
「じゃ、じゃあつまり……」
その場の全員の視線がガイルさんの口元へと向かう。一様に期待したその目に……。
「ああ、スタンピードはこれにて終了。俺達は勝ったんだ!!」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおーーーーーーー!!!!」」」」」」」」」」
ガイルさんの一言にその場の人間は歓声を上げるのだった。
「はい、木材ですね。それでしたらそちらから持って行ってもらっていいですよ」
僕は家の補強のために木材を取りに来た人間を案内する。
現在僕らが行っているのは街の復興支援になる。
スタンピードの最初の襲撃で街に多少の被害が出ていたのだ。
ガイルさんよりスタンピードの終結を宣言されて喜んでいた僕らだが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
破壊された建物や畑や牧場の柵など、急いで作り直さなければならない箇所はいくつも残っている。
「それにしてもよくこんなに大量の木材を持っていたな」
鎧を脱いだガイルさんが険のとれた表情で僕に話しかけてくる。モンスターと戦う重圧から解放されたのか、日曜日のお父さんのような清々しさだ。
「まあ、以前にちょっと手に入れていたのが余っていましたので丁度いいかなと」
何かの役に立つと思って無人島で切り倒しておいた木をようやく役立てるときが来た。
これまでこの丸太が役に立ったのは、モンスターをホームランしたり盗賊をホームランしたり。およそ正しい使い方をしていなかったので皆の役に立てたようでなによりだ。
「それにしてもなかなか凄い収納空間だな。お前のことは探らないように言われていたからな……。この力を見ると納得だ」
それはアレスさんとの約束だった。
僕がアンジェリカの母親のエクレアさんの病気を治す代わりに、知り得た僕の秘密を誰にも明かさない。
その約束のお蔭もあってか、今まで僕に能力を追求してくる人間はいなかった。
「そうだ、他の街の復興ってどうなってますかね?」
自分の故郷を守ることで手が一杯だった。一応、ガイルさんからは大丈夫と聞かされていたのだが、ここ以上に充実した支援があったとは思えない。
この街の復興が終わったら向かうべきではないだろうか?
「それは大丈夫だ。平原の敵はこちらがほぼ引き受けていたからな、事情もあって街の防衛に専念してもらった分被害は少ないらしい。この街のように復興を開始しているからじきに終わるだろう」
「そうですか、それにしてもありがたいです。正直僕らだけでは全ての街を守るなんてできませんでしたからね」
他の領地の兵士さんを向かわせてくれたのだろう。アレスさんには感謝してもし足りない。
僕は被害が出なかったことに安堵するとともに、自分にもっと力があれば全てを救えたのではないかともどかしさを覚えうつむいてしまう。
「そんな顔をするなエリク」
するとガイルさんがそんな僕を気にかけてくれた。
「えっ?」
ガイルさんは僕の頭に手を置くと優しく撫でてくれる。
「お前は今回派遣された討伐隊を率いてよくやってくれた。俺が自分の地位を譲ったのはお前が誰よりもこのスタンピードで被害を出したくないと、街の人間を守りたいと思っているのを知っていたからだ。1人で全てを救えるなんてのは思い上がりだ。だからこそ今回の追加人員のように、周りを頼ってくれ」
どうやら僕の焦りもお見通しだったらしい。
「そうですね、何かあったら頼らせてもらいます」
僕はガイルさんに笑顔を返すとその暖かい手に撫でられるままになるのだった。
「エリクもお疲れ様ー!」
あれから3日が経ち街の修復作業が終わった。僕がお祝いのための料理を作っているとミランダが背後から抱き着いてきた。
「わっ、ミランダ! 皿っ! こぼれてるからっ!」
右手でコップを、左手で皿を持っているので傾いていて危なっかしい。
「えへへへ、今日ぐらいはいいんだもん!」
よくわからない理屈を述べたミランダはたいそう機嫌がよさそうだ。
「まったく。ほらレックスもあっちで待ってるから邪魔しないでよ」
そういって遠くを見ると、レックスがパーティーメンバー達と談笑している。
他のメンバーに関しては相変わらず僕に不満を持っているようだが、一度も戦闘に参加しなかったことを考えると仕方ないことなのかもしれない。
僕はレックスにミランダを回収してほしいと視線を送るのだが……。
「何やってるんだあいつ?」
右手を突き出しサムズアップすると笑って見せる。どうやら回収に来てくれるつもりがないことだけはわかった。
「えーい、いただきっ!」
「あっ、こらっ! 行儀が悪い」
いつの間にか皿をよそに置いたミランダは、僕の後ろから手を伸ばし料理を素手で掴む。僕が抗議をすると……。
「はい、エリクあーん」
「むぐっ」
抗議がうるさいと言いたいのかミランダは僕の口にそれを押し込んだ。
「エリクさっきから作ってばかりでしょ? エリクは今回の討伐でほとんど休んでないって兵士さん達が話してたよ。だから休んでよ」
そう言ったミランダは僕の首筋に顔を埋める。吐息がくすぐったい。
「はいはい。わかったよ。僕も休むからさ」
「ん。ならよし」
結局僕への気遣いだった。レックスも僕を休ませるためにミランダを寄越したのだと気付く。
「そうだ、あっちでレックスと一緒に王都について色々話を聞かせてよ」
「ええっ!」
ミランダは問答無用で僕の手を握ると彼らの元へと合流していく。
そこで僕はレックスやミランダに質問されて王都の華やかさや店などについて聞かれて答える。
意外なことに、僕を疎ましく思っていた他の人間も王都の話に興味があるのかぽつりぽつりと質問をしてきた。
僕が彼らの質問に答え続けているといつしか月が輝き、夜が更けていくのだった。
『マスター! 緊急事態です!』
唐突に起こされる。
宴会は夜中を超えて続いていたので、僕らは途中で切り上げて実家へと帰った。
復興中は毎日泊まっていたのだが、父は僕らが帰るまで起きていた。
僕は父と少し話すと、まだ話したりないレックスとミランダを自室に連れ込んで久しぶりに床を並べた。
しばらくの間話をしていた僕らだったが、疲れも溜まっていたのだろう。気が付けば眠ってしまっていたらしい。
(どうした?)
右隣ではレックスが、左隣ではミランダが僕の服の裾をぎゅっと握って寝息を立てている。
僕はそんな光景に懐かしさと暖かさを覚える。だが、イブの次の一言で完全に冷や水を浴びせられた。
『敵襲ですっ!』
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