第184話申し出
「やはり納得できませんっ!」
「アンジェリカよいい加減落ち着くのだ」
「これが落ち着いていられますかっ! お父様! エリク様はこれまでこのモカ王国に大いなる恩恵をもたらしてくださいました! そんな方の故郷がピンチだというのに王国はこのまま見過ごすのですかっ!」
アンジェリカの声にアレスは眉をひそめる。
彼とてエリクのことを気にかけていないわけでは無い。
「しかし……だな。他の領地から兵力を引っ張るのは時間が無いし、この城にはもう近衛騎士しか残っておらぬ」
出せるものなら出してやりたい。
王国が出せるギリギリまで戦力を向かわせているが、原因不明のスタンピードだ。たった1つの布陣の綻びで戦局が瓦解しかねない。
アレスはこれまでのスタンピードの傾向からそれを知っていた。
「アカデミーの生徒達を使いましょう! さいわい、彼らはエリク様が鍛えております。そこらの探索者や冒険者よりも連携も取れますし、役に立つはずです」
アンジェリカは右手を胸にやるとそう主張した。
「駄目だ。彼らはいまだ未熟な存在。たとえ戦力になるからといって悪戯に混乱している現場に放り込むことはできない」
確かに、アカデミーから上がってくる噂ではエリクが入学してから生徒達の能力が著しく向上しているらしい。
だが、王国の不測の事態に対処すべきは騎士や兵士達。ひいてはアレスの責任なのだ。こんなところで投入するわけにはいかない。
「だ、だったら私が生徒会を動かして勝手に向かいますっ! それならば彼らの意思ということになりますので、お父様に迷惑をかけることにはなりませんから」
アカデミーに現在在学しているほとんどの生徒はエリクを慕っている。
そんな彼の窮地となれば力を貸してくれるはず。アンジェリカはそう確信するのだが……。
「ならぬ。誰1人現場へと向かうことは許さぬ」
ここでアカデミーの生徒を招集して犠牲がでれば傷つくのはエリクだ。
アレスはアンジェリカを睨みつけ、アンジェリカはアレスを睨んでいる。
このままでは言い争いの域を超えてしまう。そんな緊迫した空気がはじけそうになると…………。
——コンコンコン――
「邪魔するぞ」
「タック王子。まだ返事がされてませんよ」
「……急ぎだから仕方ない」
「あっ、あなた達。アカデミーに戻ったのでは?」
そこにはタックとマリナとルナがいた。
「それで、いまさら何の用事ですか?」
先程『自分たちの勝手な判断で動くことはできない』と申し出を断られたことをアンジェリカは覚えている。
今は一刻も早くアレスを説得してエリクの救援に駆け付けなければならないのだ。
タックは先程の地図を見る。
山脈から溢れてくるモンスターの進行は広範囲に渡り、現在危機に晒されている街はエリクの故郷も含めて4つだ。
たとえエリクが1つを食い止めたとしても残り3つには間違いなく被害が出るだろう。
「実は転移魔法陣の使用許可が欲しくてな」
そんな中タックは不敵な態度でそう言って見せた。
「馬鹿なことを言わないでくださいっ! 今がどういう状況なのか理解されていますか? 転移魔法陣はただでさえ多人数の魔道士と魔力を消費するんです。こんな状況で起動できるはずがないでしょう!」
モカ王国を含む各国には転移魔法陣というものが存在する。
これは起動することでお互いの国を繋ぎ行き来を可能にする魔法陣だ。
悪用すれば相手国に深刻なダメージを与えることができる為、両国の許可が無ければ起動できない。
「タック王子よ。我が国の戦力は既に前線に送っている。ここで宮廷魔道士の魔力まで消費するわけにはいかないのだ」
安定している統治とはいえ、機を窺がっている連中もいる。戦える人間をこれ以上減らせば彼らはそこに付けこんでくるだろう。
「平気。こちら側の魔力は私1人でやる。私ならそれができるから」
魔法陣を起動するにはお互いの魔法陣に魔力を通す必要がある。
ルナは胸に手を当てると自分1人で転移魔法陣を起動して見せると言った。
「馬鹿な! いくら大賢者とはいえそんなことができるわけが……」
「私はエリクに鍛えて貰っている。このぐらいできる」
実際、エリクから貰っている魔石があるので魔力は足りる。問題は精密な魔法陣を長時間にわたってコントロールする精神力だ。
「たとえそれが可能だとしても首を縦に振ることはできない。そもそも君たちは自国から勝手な判断で動くことを禁じられているはずだろう」
それを知りつつ許可を出すということはアレスに責任が及ぶのだ。おいそれと肯定するわけにはいかない。
「確かに。私たちが勝手に動くのは問題ですね」
マリナが前に出ると3人を代表してそう答えた。
「そうでしょう……。だから皆さんはこれ以上私の時間を奪わないでください。こうしている間にもエリク様が1人孤軍奮闘しているのですよ」
アンジェリカは既に泣きそうになりながらそう訴えるのだが……。
「聞いて下さいアンジェリカ。私たちは無意味にこのような無理を言っているのではないのです」
「では話してくれるかな?」
アレスの言葉に頷くと。
「私たちは――」
マリナは必要な事情を話し始めた。
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