第175話今後の予定
「それじゃあ、今後の予定について検討しようか」
「まってましたっ! マスター」
「……………………おー」
ゴッド・ワールド内の住居にて、僕らはある予定について打ち合せを開始した。
僕らにとって最も重要な話。それは……。
【アルカナダンジョン攻略】
人類が掲げる目標でもあり、僕の最終目的でもある。
今までは学生の身分ということで色々制限を受けていた。
活動資金だったり、身分だったり、僕自身の戦闘能力だったり。
生徒会が手を離れ徐々に準備が整ってきたので、この辺で卒業後の計画をきっちり立てておくべきだと考えたのだ。
「はい。マスター質問です!」
「何かなイブ? 発言を許可する」
「なぜルナさんがいるのですか?」
「ん?」
テンションの高いイブに隠れてはいたが、さりげなく右手をあげて場を盛り上げようとしていたルナが首を傾げてみせた。
「そりゃ、知恵を出し合うなら2人より3人が良いに決まっているからな。ルナは僕らの秘密を知っているわけだし、それならいっそ意見をもらった方が良いだろう」
ルナはぼーっとしているように見えるがなかなか鋭い。
大賢者としての能力も強力だし、僕を出し抜いて正体を見破った事もある。
自分には無い視点と言うのはそれだけで貴重なので、こうして参加してもらうことで新たな発見があるかもしれないのだ。
「任せて。期待には応えてみせるから」
ルナはそう言うと慎ましい胸を叩いてみせた。
「……まぁいいですけど。これより先の話となると深く踏み込むことになるので【誓約】してほしいです」
「そこまでする必要ある?」
イブの忠告に僕は眉をひそめる。
「なに? その【誓約】って?」
「【誓約】と言うのは相手との契約に縛りを設けることで強制力を働かせる力の事だよ」
【契約】という恩恵がある。『パーティーを組むことでメンバーの能力を20%アップさせることができる』という能力だ。
この【契約】に【増幅】を使うと【誓約】となり効果が変化し、『お互いに条件を決めて破った場合ペナルティを与える事が出来る』という能力になるのだ。
「例えばこんな感じです。『マスターは毎日イブとトルチェを3回対戦しなければならない。破った場合は10日間魔力の使用が出来なくなる』みたいな」
「どうしてそんな例えを持ち出すんだ?」
この場合、満たされる条件は『毎日イブとトルチェ3回』という部分にあたる。【誓約】に同意しているとそれを破ったら実際に魔力の使用が出来なくなるのだ。
「なるほど。理解した」
イブが言っているのは、話し合いに参加させるからには【誓約】でルナの言動を縛れという事なのだが……。
「それで、なんて誓約させるつもりだ?」
僕はイブに聞いてみると……。
「うーん、そうですねぇ。じゃあ『マスターとイブの事を他の人間に漏らしてはならない。破った場合、命を落とす』というのでどうでしょうか?」
普段と変わらないような調子で切り出した。まるでその日の献立を決めるかのような気楽さにそれが大したことない事だと錯覚しそうになる。
「それは……流石に厳しすぎるだろう」
イブが僕を大事に思ってくれているのは良くわかっている。
今回の件も、ルナから僕の秘密が広まるのを危惧してのこと。これからの話し合いでは今まで触れてこなかったアルカナコアの扱いについても含まれている。
だからこそ秘密を洩らされたくないと考えたイブはこう言った。
実際にはここで怯えさせて譲歩を引き出すつもりなのだろう。
無茶な話をされた後で条件を緩和すると取引を成立させやすい。何が何でも誓約にこぎつけたいイブは一番重い条件を突きつける事でルナの動揺を誘った。だが……。
「いいよ。それでソフィアが満足するならやってもらっても」
僕とイブが瞬時に息を呑む。
この誓約の意味が解らないルナでもないだろう。このまま受けるというのは心臓に剣を突き付けられるのにも等しいのだ。
いくら大賢者とはいっても、中身は普通の女の子なのだ。恐怖しないわけがないのだが……。
「ほ、本気ですか?」
ルナの躊躇いない返事にイブの声が震えている。
人はあまりにも予想外な事態になると思考が定まらなくなる。
イブが出した無茶な条件をそのまま受け入れるなど、僕もイブも想定していない。
「マ、ますたぁ~」
結果。イブは情けない声を出すと僕に助けを求めてきた。
僕はイブの頭をポンポンと叩くと。
「覚悟が足りなかったのはイブの方だな。この場はルナの勝ちだよ」
どうやら最初からルナの掌の上だったらしい。流石は僕の裏をかいたルナだ。
無表情で恐怖すら浮かべていないところを見るとイブのブラフを見破っていたのだろう。
「これでイブも満足しただろ? それじゃあ、会議を続けるからな」
試すような真似をしてしまったが、そろそろ本題に入りたい。僕は話の続きを進めようとするのだが……。
「ん? その【誓約】やらないの?」
ルナが不思議そうに首を傾げてくる。
「え? イブの演技を見破ったからああ言ったんじゃないのか?」
話を蒸し返そうとするルナに僕は聞いてみると……。
「私はエリクとソフィアを裏切らない。だからその【誓約】受けても問題ない」
次の瞬間。僕とイブは顔を見合わせた。
「じゃ、じゃあまずは既に所在がはっきりしているアルカナダンジョンについて。資料にまとめたから目を通してくれ」
そう言うと僕は2人に資料を配る。
この資料はアレスさんにお願いして王城の機密書庫を閲覧させてもらい得たものだ。
そこには攻略済みの2つを除く7つのアルカナダンジョンの所在が書かれている。
・アルカナダンジョン【Ⅴ】……キリマン聖国領北東部。スラッティー森深部。
・アルカナダンジョン【Ⅵ】……モカ王国西部。王国管理。
・アルカナダンジョン【Ⅷ】……モヨク国。
・アルカナダンジョン【Ⅸ】……レンデール王国西部。ポロックス谷。
・アルカナダンジョン【ⅩⅣ】……ブルマン帝国北部。ハイエルフの森。
・アルカナダンジョン【ⅩⅧ】……シルバーロード王国。王国管理。
・アルカナダンジョン【ⅩⅨ】……アナスタシア王国。王国管理。
ルナは真剣な表情でその資料を読んでいる。
「マスターマスター。さっきのって完全に本気ですよね?」
その間にイブが近寄ってくるとひそひそと耳打ちをした。
「だろうな。まさか素直に受け入れるとは……」
結局。【誓約】はつけなかった。
ルナの覚悟は十分に伝わったし、何より命を差し出すことすら躊躇わないという僕らに対する無条件の信頼を感じたからだ。
仮に彼女から秘密が漏れたとしても、現時点で僕に無理を強いる事が出来る人間は限られている。
それならば命を代償にさせるよりもその時に色々援護してもらった方が利があるだろう。
「むぅ……やっぱりルナさんって要注意です。気が付けばマスターも油断している部分あるし」
何やら品定めをするような様子でルナを見てぶつぶつ言っている。僕を守る管理者としてはルナの態度に引っかかるものがあるようだ……。
「やはりアンジェリカさんやマリナさんと違いますね。今後も観察しないといけません」
なぜあの二人を引き合いに出すのかわからないがご苦労なことだ。多分ルナはそんなに深く考えていないだけだと思う。
「読み終わったよ」
そんな事を考えているとルナが静かな声で呟いた。
「そこの他にアルカナダンジョンがある場所って知ってる?」
まず資料を見せたのは他の情報がないか確認したかったからだ。
ルナとマリナはアルカナダンジョンを攻略しなければ政略結婚させられてしまうのだ。
自分たちで攻略するつもりのアルカナダンジョンの情報を仕入れていると考えたので、期待してみる。
「ううん。私が知っているのと同じ」
「そうか……」
残念ではあったが仕方ないことかもしれない。
モカ王国といえばアルカナダンジョン攻略者が生涯を過ごした国だ。
恐らく情報において一歩抜きんでているのだろう。アルカナダンジョンの所在は目立つので隠しておくのは難しい。
現在発見されていない場所と言うのは人が入れない場所の可能性が高い。
僕が落胆して溜息を吐くと……。
「でも、この3つは少し詳しいかも」
「えっ?」
ルナはそう言うと【Ⅵ】【ⅩⅧ】【ⅩⅨ】の部分を指でつついて見せるのだった。
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