第174話オーバーワーク

「おかしい……」


 目の前では生徒会のメンバーが黙って書類仕事をしている。


 僕のつぶやきに誰一人反応することなく黙々と。

 机の上には書類の束があるので、それらをこなすのに必死なようだ。


「どうして僕はこんなに働いているのだろう?」


 最近、生徒会の仕事に加えてアスタナ島の副議長からの報告を聞く仕事も加わった。

 彼は優秀なので放っておいてもダンジョンホテルを上手く経営してくれているのだが、あくまで自分は代理というスタンスを崩さないので業務報告をきっちり入れてくる。


 僕としてもそこまで熱心に来られると「わかりました。適当にお任せします」とは言えず、ついつい真剣にダンジョンホテルの改善案や今後の展開について話し込んでしまうのだ。


「それはお前が生徒会長だからだろ」


 ロベルトがぽつりと呟く。


 そう言われればそうか。僕は生徒会長だからこうして仕事をしているのだ。

 時間があれば運営している訓練施設なんかを見に行きたかったり、ゴッド・ワールドで魔法具作りをしたいのだがその時間が取れない。何故なのか……。


「よく考えたらもう引継ぎの時期じゃない?」


 セレーヌさんから引き継いでそろそろ1年が経つ。次期生徒会をそろそろ発足しても良いのではなかろうか?


 なぜかこの時期になっても普通に働いていて誰も言い出さないので忘れていた。せっかく思い出したので皆に話を振ってみると。


「エリク様の後任ということで誰も手を挙げてませんわ」


 僕が熱弁を振るうとアンジェリカが溜息を吐いた。


「えっ? なんで?」


 思わず聞き返してしまう。何故僕の後だと誰も立候補しないのか?


「そりゃ、誰だってお前を比較されたかねえだろうしな」


「どういうことさ。タック?」


 乱暴な物言いにムッとしながらも僕はタックに聞き返した。


「この1年間で学内はおろか、学外も随分と改革したみたいですからね。アカデミーが快適に過ごせるようになったり、城下町も発展してきましたし」


 マリナが横から口を挟んできた。


 確かに学長やアレスさんにあれこれと吹き込んでは改革を通したりしたが、それに何の関係があるのか?


「そんな数々の伝説を残したエリク生徒会長の後釜になったらみじめになるに決まってる。幸いお前は今2年だから後1年生徒会長をやっても問題ないわけだしな」


 話はこれでおしまいとばかりにロベルトが締めくくり、全員が仕事へと戻っていく。


 ペンが紙を走る音が聞こえしばらくすると……。


「いやっ! 僕はもう生徒会長やらないつもりなんだけどっ!」


 そう叫ぶのだった。







「さて、次の生徒会長を誰にするか、だが……」


 テーブルに肘をつき両手を前で組むと僕は皆を見渡した。


 だが、周りはひと仕事を終えてだらけた雰囲気を漂わせている。あまつさえ紅茶を淹れて、お菓子をつまみ始めるぐらいだ。


 本来なら仕事の後の楽しみということで僕も混じるところだが、ここ最近の忙しさは僕にとって死活問題なのだ。


 生徒会の仕事にダンジョンホテルの経営。更に神器作製。

 そろそろオーバーワークになっているし、僕でなくても平気な業務は誰かに投げるべきだろう。


 そんなわけで皆の意見を聞こうと思ったのだが……。


「とはいえ一番適任なのはお前だろ?」


 タックが自分は無関係とばかりに言い放ちながら耳をほじっている。

 一瞬「こいつに押し付けるか?」と頭をよぎったが、彼は万人に受けるタイプではない。生徒会長になったら暴君と化しそうなので無理だろう。


「ロベルトとかどう?」


 アカデミーでの人気が高くイケメン。貴族としての身分も申し分なく彼が立候補してくれれば安泰だ。僕はそう考えたのだが……。


「うーん。俺は……パスだな。騎士になるための訓練もあるし」


「そっか……。じゃあ仕方ないな」


 確かに放課後に訓練をしているのは知っているし、週末は騎士団に合流して任務をこなしていると聞いている。

 将来の目標があり、それに専念しているのなら邪魔しちゃ悪いだろう。


「じゃあ、アンジェリカかマリナは?」


「わ、私は生徒会長など……エリク様をサポートするのは喜んでやりますけど」


「引き受けられないわ。自分の修行をおろそかにできないし」


 すげなく断られる。アンジェリカもマリナも王女なので他人を使うのに慣れているし、カリスマ性がある。


 見た目からして絶世の美少女なので、男連中から絶大な支持を得られるから立候補すれば当確間違いなしと思って聞いたのだが、脈は無いらしい。


「ルナはいかがでしょう? 私達と同じ王女ですからエリクの言う条件は満たしていますよ?」


 代案としてマリナがそう提案するのだが……。


「ルナは……うーん?」


「エリクが望むのならやってもいいよ?」


 そう言うとつぶらな瞳で僕を見上げてくる。


「ルナは……これまで通りでいいかな」


「そう?」


 不思議そうに首を捻る。彼女はとても扱いが難しいのだ。

 こうして僕には素で接してくれるのだが、親しくない相手とは口を利かないし距離を取る。


 更に、どこぞの国の王子にやばい魔法を使って留学してきた経緯を考えると危なっかしくて仕方ない。むしろ周りに危害を加えないように見張っておくべき人物といえる。


 それをそのまま伝えるのは流石にまずい気がしたので濁して見せたのだが……。


「わかった。今まで通りエリクといる」


 何やら納得したらしく、相変わらずの無表情でそう言い放った。


『わぁ、ルナさん大胆です』


 ゴッド・ワールド内で仕事をしているはずのイブが口を挟んできた。


(えっ? 何が……?)


 イブが何を言っているのかわからず首を傾げる。


 彼女は一応、他国の生徒ということになっているのでおいそれと皆の前に現れることができない。なのでゴッド・ワールド内で色々仕事をしてもらっているのだが、退屈なのかこちらの様子を覗いていたらしい。


 この場のメンバーとは既に知り合っているので、おりを見て転入させてもよかったのだが……。本人が『学生生活も憧れますけど、イブはマスターのお世話を優先したいので』と断られている。


 それでもルナとはゴッド・ワールド内で仲良くしているみたいなので十分満足した生活のようだが……。


「そうすると……生徒会を誰に押し付けるかなんだけど」


 僕は思考が逸れていたので話を戻した。


「まだ諦めてねえのか?」


 蒸し返すとタックが往生際の悪い者を見るように言った。

 僕にしても将来アルカナダンジョンを回る準備があるのでここでずるずる行くわけにはいかない。


「でしたらエドワーズ公爵家の彼とかいかがでしょうか?」


「あー、彼ね……」


 アンジェリカの提案に僕は逡巡する。

 今上がったのは入学時に僕を呼び出した三人のうちの一人だ。


「んだよ。何が不満なんだ?」


「いや、ちょっと頼りない感じがするんだよね」


 僕がこの半年近く鍛え続けてきたのだが、何故か怯えられているので彼の自信のなさがどうにも頼りなく映ってしまう。


「基本的に公爵家だからこの国の人間は大人しくするかもしれないけど、タックやルナがいるとね」


 この二人が暴れたら彼に御するのは不可能だろう。


「彼らもこの半年エリク様の元で学んでますから。それでも及ばない部分に関しては最初は見て差し上げれば良いのではないですか?」


 アンジェリカの言葉はもっともだ。最初から全てを投げるのではなく、ある程度時間をかけて引き継いでいく。


「まあ確かに。他に適任もいないしそうしよう。他にも彼をサポートする人間はいるみたいだし」


 侯爵家の令嬢と侯爵家の長男がいつも一緒にいるからね。あの二人も生徒会に入れてしまえば何とかなるだろう。


「それじゃあ、後日正式に打診してみるから呼び出しておいてもらえるかな?」


「わかりましたわ。エリク様から重大な話があると言えば即座に駆け付けると思いますので話しておきます」


 アンジェリカの話もあながち冗談ではないから困る。いつ呼んでもすぐに駆け付けるし、とても素直な良い子たちなのだ。


 それから後日、正式に生徒会長にならないか打診をしたところ、彼は泣きそうになりながら二つ返事で頷いてくれた。


 そして「エリク生徒会長の顔に泥を塗らないように頑張らせて頂きます」と頭を下げてきたので「気楽にやるように」と答えておいた。


 こうして自由な時間が増えた僕は色々な準備に取り掛かるのだった。

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