第139話呼び出し
真剣な顔つきで手をみる。僕はそれを前にかざすと祈るような気持ちで言った……。
「オープン・ザ・ワールド!」
次の瞬間空間にゆがみが生じ、8ヶ月ぶりに慣れ親しんだ光景が――
「だ、駄目か……」
――映っていなかった。
僕はがっくりと項垂れた。
「手ごたえはあるんだけどな……」
これまでも何度かザ・ワールドの入り口を開こうとしたことがある。
だが、イブが解析に専念する為に封印しているせいか鍵の掛ったドアをガチャガチャとゆするような感触なのだ。
「【アイテムボックス】」
僕は仕方なくアイテムボックスを開いては中の様子を見る。
そこには…………。
「あとたったこれだけで持たせなければいけないのか……」
申し訳程度に残された野菜と果物、ミルクなどの食糧が保管されている。
「イブに無駄遣いするなって言われたけどさぁ」
アルカナコアの解析に入る前にイブに口を酸っぱくして言われたのが思い出される。
だが、僕にも言い訳はある。
「セレーヌさんの卒業式でリクエストされたら仕方ないだろう!」
何せこのアカデミーに入学する前から世話になっているのだ。
最初のダンジョンだって彼女が同行してくれなかったら実現しなったかもしれない。
そうするとザ・ワールドが覚醒することもなく、僕は使えない恩恵持ちとして一生を過ごしていた可能性もある。
だからこそ、彼女のリクエストの「卒業後のパーティーでエリクさんが作るお菓子を食べたいです」と言われたら断るのは難しかった。
「まあ、あれだけ喜んでくれたならいいんだけどね……」
食材をふんだんに使ったお陰もあってかセレーヌさんは満足してくれて笑顔でアカデミーを卒業していったのだ。
「……こうなってしまったものは仕方ない。当面はここの食材は節約して、アレスさん達から食料を譲ってもらおう」
王室御用達の農家などの食材は【畑】から採れたものに比べると一歩劣るが、そこは多少我慢だ。僕がそんな事を考えていると……。
――コンコンコン――
「どうぞ」
ドアがノックされた。入ってきたのは…………。
「失礼します。エリク生徒会長、貴族の一年生達が面会を求めています」
「はぁ……やっぱりか……」
三年の書記の人が入ってきてそう言った。
「面会理由は聞いてますか?」
「い、いえ……その……」
想像通りか。入学式の後のパーティーでも良く無い視線をいくつも感じた。
王立アカデミーの生徒会長はこれまで貴族や王族などの有力者が務めてきた。それを平民の僕がやっているのが気に食わないのだろう。
ましてやアンジェリカやロベルトなどの王族貴族をメンバーに入れている。
将来自分達のトップに立つ人物と親しくしているのも原因だろう。
「正直気が重いな……」
在学生との関係はセレーヌさんや教師が根回しをしていたので問題なかったが、新入生にはその手の介入ができていない。
実力主義アカデミーなので実力を示して黙らせようと思ったが、その機会が訪れる前にこうして面会を求められたらどうしようもない。
「わかりました。その一年生達には第一演習場に来るように言ってください」
「えっ? どうしてそのような場所に?」
目を丸くする書記さんに僕は更なる溜息を吐くと言った。
その内容にますます気が重くなったのだ。
「……先約があるので」
★
「ったく。俺達を呼びつけるとは生徒会長様は偉いんだろうな」
公爵家長男は苛立ちを露わにしていた。
「アンジェリカ王女やロベルトさんもどうして平民の男の下についているのでしょうか? 先代生徒会長は神殿の聖女ということで仕方ありませんが、今アカデミーでもっとも高貴な身分はアンジェリカ王女ですのに」
侯爵家次女は冷めた声をだす。
「噂によると去年の招待旅行でアスタナ島のライセンスを取得した秀才らしいけどな。なんかずるでもしたんだろうよ」
同じく侯爵家長男が軽い口調で話しかけていた。
「それにしても演習場ってのは都合がいいな」
公爵家長男はそう呟く。
彼らが現在向かっているのはアカデミー敷地内にある中でももっとも大きな施設。
大規模戦闘を想定している場所で暴れるのにはおあつらえ向きの場所だ。
「やるんですか?」
「なんだよ? 止めるつもりか?」
侯爵家次女に聞き返す。
「いいえ、わたしもやりますわ」
「じゃあ、三人掛りでいくか」
侯爵家長男も乗ってきた。
「流石に俺達三人を相手にするってのは可哀想すぎるだろ」
何せ相手は平民だ。自分達は将来国のトップを背負うべく幼少の頃より訓練をしてきた。
高貴な血筋から得たレアな恩恵と訓練によって培った技術。
公爵家長男は剣技に加えて槍技も扱える。
侯爵家次女に至っては三属性の魔法を扱える。
侯爵家長男はサポートと弓が得意だ。
「確かにな。俺達三人が連携したらかの有名な剣聖や大賢者、魔法剣士なんかもひとたまりも無いだろうし」
一つ上の世代で化け物と呼ばれている人間が他国にいるらしい。
その実力の高さからかこのモカ王国まで噂が轟くほど。そんな人物たちと比較しても自分達は負けないはず。
名が売れていないのは恩恵の儀式を受けておらず、スタートラインに立てていなかったからだ。
「これからは俺達の……モカ王国が世界中に威光を広める番だ。まずは手始めにこのアカデミーを牛耳る。生徒会長を倒せば俺がこのアカデミーを支配できるだろう!」
間もなく演習場が見えてきた。公爵家長男は入り口のドアを派手に開ける。
その動作で平民の生徒会長が委縮するだろうとほくそ笑んで……。
「「「えっ?」」」
だが、次の瞬間三人の目に飛び込んできた光景は…………。
魔族の男と二人の美少女、そして生徒会長が戦う姿だった。
戦うと言っても対戦しているのは生徒会長とその他の三人だ。
魔族の男と美少女が挟み込むように剣を振るうのを紙一重で躱し、一瞬で離れる。
そしてそこに無詠唱でとてつもない威力の魔法を叩きこむ。
それを杖を手にした美少女が反属性の魔法をぶつけて相殺するのだが、威力を消しきれずに一同を薙ぎ倒した。
結局、三人は立ち上がることが出来ずに倒れてしまう。
「はぁはぁ……畜生」
「さ、三人がかりでこれとは……」
「エリク。強い……」
魔国の王子が。宝石姫と呼ばれた剣聖と大賢者が……。
「とにかく僕の勝ちだから、これ以上喧嘩するのは止めてくれるかな?」
少し疲れ気味に立っている平民の生徒会長を前に地に伏している姿だった。
「お、おいこれって……」
侯爵家長男は咄嗟に状況を分析する。
そこら中の壁にある斬撃の痕、大規模の魔法がぶつかった形跡で地面が焦げ、観戦席が凍り付いている。
そして倒れている三人の有名人に加えて生徒会長が吐いた台詞……。
「おや、君たちは。書記さんが言っていた新入生かな? こんな所まで呼んでしまって悪かったね?」
蒼と朱のショートソードを払い鞘へと納める。その動きの速さと滑らかさに魅了されるとともに、噂が嘘でなかったことを三人は認識した。
「それで君達、僕に何か言いたい事があるみたいだけど?」
歩みよってくる生徒会長は笑顔を浮かべていた。
そして三人を打ちのめしたその手で握手を求めてきたのだ。
「僕みたいな人間が生徒会長をすることで君達も色々不満はあるとおもうんだ。だけど、このアカデミーに入ったからには一人の生徒。これから仲良くしてもらえると嬉しいんだけど……って、ええっ!」
至近距離から発せられる戦闘で残った圧の掛ったオーラを浴びた三人は即座に地面に頭をこすり付けて降伏を全身で示した。
三人の認識では生徒会長がここに呼び出したのは生意気な自分達をここで完膚なきまでに叩きのめすつもりだ。
その無害そうな笑顔も今となっては恐ろしい……。
「ったく、俺ら以外にそんな圧力出したらそうなるに決まってるだろうがよぉ」
誰かが呟いたその言葉に生徒会長は戸惑いを浮かべるのだった……。
★
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