第127話後悔と誓い

 次から次に飛んでくる攻撃をタックは紙一重で躱し続ける。


「くっ!」


 だが、疲労がピークを越えているので動きは鈍く、その幾つかは身体を掠めダメージを受ける。


「……ざってえんだよっ!」


 ここは上級ライセンス持ちが使用を許されている特別訓練場。

 そこには高価な訓練用魔道具が置かれており、タックはその一つを使っていた。

 魔力で作られた刃に矢、時には魔法まで。

 様々な攻撃が魔法陣の上にいるタックへと集中する。


 魔法陣には回復機能も備わっているので、余程の致命傷を受けない限りは問題ない。だがアルカナダンジョン攻略後という状況なのでタックの体力は限界にきていた。


「くそっ!」


 迫りくる魔法の矢を剣で叩き切りながらタックは苛立ちを募らせていた。

 思い出すのはダンジョンでの光景。


 なすすべもなく巨人に敗れ、一人の少女に自己犠牲を強いる事になった。


「くそっ! くそっ!」


 次から次に飛来する攻撃を今度は剣で、あるいは拳を使って撃ち落していく。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 まるで自分の身体を苛め抜くかのようなその行動。だが、どれだけ自分を痛めつけたところで苛立ちは収まらない。


「ちくしょうっー!」


 最後の攻撃を真っ二つにしたところでタックは限界を迎えて倒れてしまった。






 さらさらと髪を撫でられる感触がする。

 優しく、慈しむ様な触り方。タックは意識を取り戻すと瞼を開けた。すると……。


「こんなところで寝てたら風邪をひきますよ」


 上から見下ろすようにセレーヌがタックに話しかけてきた。


「てめぇ……なんで?」


 こんな所にいる?


 そう聞こうとして止めた。タックはさっと視線を逸らす。

 今一番会いたくない相手がそこにいたからだ。


 横を見ると訓練用の魔道具が遠くに見える。どうやら自分は横たわっているようだ。そんな風に状況を察したタックだったが、ふと後頭部に柔らかい感触があるのを感じた。


 そして次の瞬間ばっと頭を上げる。


「きゃっ!」


 セレーヌの可愛らしい悲鳴が聞こえる。


「い、いきなり何なのですか?」


 不満そうにタックを睨む。


「てめぇこそなんだ! なぜ俺に膝を貸していた?」


 何故か顔が赤くなり心臓が激しく脈打ち始めるタック。

 これまで生きてきた中でこのような体験はしたことが無い。もしかするとアルカナダンジョンで呪いでも掛けられたのか?

 そうに違いない、この症状が出始めたのは目の前の聖女と関わるようになってからなのだ。


 そんな的外れな推測を固めていると……。


「床で寝ていて辛そうでしたから。他意はありませんから」


 セレーヌが膝を払いながら横を向く。その頬が赤いのを見たタックは。


「そっちこそ、顔が赤いじゃねえか。風邪でも引いたんじゃねえのかよ?」


 そう言って額に手を当ててみる。


「な、なにを……」


「あつっ!」


 セレーヌの顔は赤くなり火が出そうなほどに熱くなった。

 タックは魔法で水を作ると手ぬぐいを濡らして渡してやった。


「あ、どうもすいません」


「や、別に良いけどよ」


 なんとも気まずい雰囲気が二人の間に流れる。

 そんな沈黙が続いて暫くするとタックが動く。


「じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻るからよ」


「あっ!」


 立ち上がろうとしたところでセレーヌが声を発する。


「あん?」


 そんなセレーヌを怪訝な目で見ると、そわそわした様子から一転覚悟を決めた。


「たたた、タック王子様」


「お、おうっ!」


「この度はありがとうございました」


「はっ? はぁっ?」


 突然のお礼にタックは混乱した。


「なんでてめぇが俺に礼を言うんだ?」


 セレーヌはタックの手を取るとほほ笑んだ。


「だって私を守ろうとしてくれたじゃないですか。あの巨人が迫って誰もが絶望しているとき、あなただけは私の身を案じて下さった。あの時の嬉しさは忘れられませんから」


 あの時、仮面の男女が乱入してこなければセレーヌは【奇跡の光】を発動させていた。

 聖女とはいっても若い女だ。死ぬことへの恐怖は当然ある。

 だが、あの瞬間セレーヌの心にあったのは死の恐怖ではなく暖かい気持ち。

 自分の身を案じてくれる人を助けたいとそう心から願ったのだ。


「やめろっ! 俺に感謝なんてするなっ!」


 だが、タックはセレーヌの手を振り払うと苛立ちをぶつけた。


「俺は何もしてないし感謝されるような人間じゃねえ。あの時仮面の奴らがこなかったらてめぇを見殺しにしていたっ!」


 息を切らせて怒鳴りつけるタックの手をセレーヌは再び握る。


「あの巨人には誰だって勝てなかったです。寧ろ倒した仮面の方が色々とおかしいんだと思いますよ」


「だからって、俺の力が足りていないのは間違いねえんだっ!」


 結局はタックが納得するかどうかの問題。セレーヌはこれまでの会話でタックが何に怒りを覚えているのか理解した。

 セレーヌはタックの頬を挟むと自分の方を向かせる。


「な、何しやが……」


 抗議をしようとするタックだが、セレーヌの瞳に吸い込まれるように思考が停止する。セレーヌはそんなタックに言った。


「だったらもっと強くなればいいじゃないですか。今回は幸いにも命を拾ったんです。次があるならその時にこそ完璧に敵を倒せばいいんです」


 いつまでも引きずらずに前向きになれ。普段のタックであれば女子供からの意見なんて聞く耳を持たない。だが、セレーヌに言われると何故かその気になってしまうのだった。


 タックの目から苛立ちが消える。その様子をセレーヌは満足そうに見つめる。


「ちっ、てめえにそこまで言われちゃ仕方ねえ。俺は強くなってやる。次に何が俺の前に立ちはだかろうとも跳ね返せるように。どんな敵が来ても負けないように」


 こんな屈辱は二度と味わってたまるものか。そんな決意を嬉しそうに聞いていたセレーヌだったのだが、タックは再び視線を向けると。


「そして今度こそてめぇを守ってみせる」


 その真剣な瞳にセレーヌは吸い込まれそうになり……。


「そ、それって……どういう……」


 二人は無言で見つめ合い、お互いに身動きが取れなくなる。

 先程までと違って決して悪い雰囲気ではなく、互いの鼓動すら聞こえてくる。


 あと少しの均衡が崩れてしまうと何かが起こる。そんな予感がし、それが間もなく訪れようとした瞬間――――。


 ――ガタンッ――


 物音が聞こえ、訓練場の入り口を見るとエリクがいて……。


「あっ、ごめん。見なかったことにするから続きをどうぞ」


 二人は誤解を解くために必死に弁解をするのだった。

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