第115話攻略不可能
『結局断っちゃったんですね』
歩いているとイブが話しかけてくる。
僕は現在、ライセンスが無ければ入ることができない訓練場へと向かっている。
(僕が断るのがそんなに意外だったか?)
それと言うのもアルカナダンジョンに挑む条件はライセンスを持っていること。
つまりこれから向かう先で訓練をしている人間は2日後に始まる星降りの夜に向けて調整をしているはずだからだ。
『タックさんとは結構気が合ってそうだったのでそうですね。マスターはこういう場合は他人の命を優先させますから』
程なく到着する。
カードを置く台座があり、そこにライセンスカードをかざすとドアが開くのだ。
個人の魔力を読み取っているらしいが、大したセキュリティだ。
(イブ。幻惑魔法頼む)
入場と同時に姿を変える。こちらに視線を向けられて話しかけてこられると厄介だからだ。
しばらく進んでいくと、授業で使った訓練場の数倍は大きな設備がある。
武器の訓練や魔法の訓練。クラン同士が戦えるような広さの場所まである。
僕がその中を進んでいくと、一際多く場所を取っている団体を見つけた。
入手した情報によると【グランドクロス】【テンプルウォーリア】【ロストマジック】というクランらしい。
それぞれが攻撃と防御と魔法に特化している組織らしく、これだけ広い訓練場にも関わらず角に陣取っていた。
『ふーん。これまで見てきた中でも一番の実力がありますね。多分ですけどランクⅦダンジョンまでは攻略していそうな雰囲気です』
イブの見立てに僕は頷く。彼らのオーラは歴戦のそれであり、今している訓練も連携が熟練しておりよどみがない。
それぞれのリーダーの実力が一歩抜き出ているのは見て取れるが、その統率にしても今回のアルカナダンジョン向きだと思う。だが…………。
(なあイブ)
『なんでしょうかマスター?』
(冷静に分析してみて欲しいんだけどさ。今回のダンジョン攻略は僕のソロで可能か?)
『……………………』
普段の饒舌が嘘のように沈黙したイブはしばらくすると口を開いた。
『マスターには申し訳ありませんが不可能だと思います』
(理由を聞いてもいいか?)
イブの言葉に僕はそう判断した理由を聞く。
『今回のダンジョンを攻略するのに必要な物は3つあります』
イブはその理由をわかりやすく説明してくれる。
『まず1つ目に必要なのは水と食糧の確保。どれだけ強い人間だったとしても食事をとらなければ徐々に動きが鈍っていき、しまいには動けなくなります。そうなるとどのような雑魚相手でも同じです。たとえ攻撃でダメージを受けなくても餓死してしまいます』
イブが言っている理由は普通のダンジョンにも適用されることだ。
通常ならばアイテムボックス持ちを雇うことで補うのだが、今回は攻略に大人数を裂くことになる。
『二つ目に必要なのは拠点です。ずっと戦い続けると疲れますし、武器や防具も消耗していきます。そういった際に拠点があれば他の人間と交代で休むことも、生産職に修理を依頼することもできます』
大規模攻略ともなればこちらもセオリー通り。
ダンジョンランクⅦなどは後方支援も含めて行うらしいと聞いたことはある。
(その二つに関しては僕は既に条件をクリアしている)
『そうですね。マスターにはイブがついていますから。どのような戦場であろうと最高の食事を用意し、最高の休息環境を提供してみせますから』
相変わらずの甘やかしっぷりに僕は口が緩むのを意識的に引き締めると質問する。
(そうすると最後に必要な物を僕はもっていないということか?)
『その通りですマスター。3つ目に必要なのは戦力です。確かにマスターは個人ではあそこにいる人間達には負けません。ですが、火力の1点ではあちらが有利です』
イブの言わんとしていることは理解できる。
『ダンジョン内の広さを考えるに相当数のモンスターが召喚されるはず。それをマスター1人で倒して回るとなると時間が圧倒的に足りません。その点、彼らは人数がいるので広範囲に分散して戦うことで大勢のモンスターを相手取ることができるでしょう』
数の暴力はばかにならない。雑魚の相手をしている隙に強力な攻撃を受ける場合もある。召喚されたモンスターは倒さない限りは消えない。
もしソロでアルカナダンジョンに挑んだ場合、徐々に殲滅が追い付かずに敗北してしまう。イブの分析は納得できるものだった。
(じゃあ違う質問だ。彼らだけでアルカナダンジョンを攻略できると思うか?)
『……最終にいるのがランクSのレイドボスという想定で答えますが不可能です』
今度の答えは僕の時ほど悩まなかった。
(それは彼らがレイドボスに殺されるってことなのか?)
『いいえ、それ以前ですね。イブのやや厳しめに見積もっておりますが6日目の段階で食糧や人材などが尽きるかと思います』
(1度出たら入れないというルールが厄介だな)
おかげで攻略者側は様々な人員を連れていく必要があり、その枷をつけたまま攻略をしなければならない。
『多分ですけどマスターの弟子の生徒さん達も召集されるんじゃないですかね?』
本日ライセンスを貰った内の3人は3日に渡って僕と一緒に授業を受けていた生徒達だ。彼らは3日目までで身についていた技能の単位を取っていたらしく、僕の指導で生産の単位を取れて大いに喜んでいた。
(もしそれぞれのトップが引き際を誤ったら悲惨な結果になるな)
このアルカナダンジョンが比較的安全と言われているのは、初日から5日目までのベールがはがされているからだ。
どのようなモンスターがどの程度出るかが開示されているので弱点を突いたり的確に対処することができる。
僕が貰った資料にもその辺がはっきりと書かれている。
なので、少人数のパーティーなどは安全マージンを取りつつ撤退できるのだ。
だが、もしその安全マージンを捨てて攻略に乗り出す場合、統率がとれている組織に対し「ノー」と言える人間がどれだけいるのか。そもそも組織においてはトップの判断こそが正解で、下員の言葉など聞いていては収拾がつかなくなる。
ソロでの攻略も不可能。彼らに任せる手も使えない……。
僕はそれぞれの訓練をつぶさに観察しながらどうするべきか頭を悩ませるのだった。
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