第113話時には慎重に

『星流れる夜に扉は開き宴が始まる』


 隣でセレーヌさんがぽつりとつぶやいた。その表情には憧れにも似た感情が浮かんでいるようだ。

 僕はセレーヌさんがそんな顔をしているのを不思議に思っていると。


「流石ですね。よく勉強なさっている」


 ライセンスカードの説明をしていた男がセレーヌさんを褒める。


「いえ、ちょうど好きな本にあったものですから」


 本というと以前に彼女が図書室で見せてくれた本か。

 確かアルカナダンジョンに潜った人間が書いた体験記だっけ?


「今彼女が言った言葉はこの島の中央にあるダンジョンの石碑に刻み込まれている文字です。正確には――」


『星流れる夜に扉は開き宴が始まる 愚者は踊り星々は降り注ぐ 明けの明星輝く時 宴は終わる』


 たった4節にしかならないその言葉に僕は眉をひそめた。


「これはこの島の中央にいつの頃からか存在する【アルカナダンジョン】の門に刻まれている言葉です」


 その言葉にその場の生徒達は息を飲む。


「えっと、質問しても宜しいでしょうか?」


 一人の学生が怯えた様子で挙手をする。


「なんですか?」


「アルカナダンジョンって……あのアルカナダンジョンですよね?」


 ダンジョンが多数存在する世界なので、ダンジョンにまつわるおとぎ話や小説が

多数存在する。

 落とし穴に落ちた先が豊富な資源に囲まれた場所で財宝を手に帰還した主人公が幸せに暮らしたという成功譚。


 とある王国の姫に惚れた探索者が難関といわれるダンジョンに挑み、死闘の末に攻略して姫と結ばれた恋愛譚。


 数多の話があるが、その中でも恐怖の代名詞となっているのがアルカナダンジョンである。

 入った者はほとんど戻らない。生存者は身体か精神をおかしくしているがそれでも生きて帰るだけまし。

 生存できるのは1万人に1人と呼ばれている極悪ダンジョンだ。


「ええ、このアスタナ島の中央に存在するⅩⅦの数字が刻まれたアルカナダンジョンですよ」


 学生の質問に気負うことなく答える。


「そ、それって参加しなきゃ駄目なんですか?」


 その表情は怯えを含んでいる。この場の大半の気持ちを代弁した台詞だ。


「もちろん強制ではありませんよ。このアルカナダンジョンは年に1度しか入口が開かれませんので。参加資格はD級ライセンス以上となっていますので声を掛けた次第です」


「そ、そうですか……」


 ほっと息を吐く学生。


「もし参加したいという方がいらっしゃれば早めに申告お願いします。星降りの夜は3日後の深夜です。この期間は入り口が開くと共に島内では祭りが行われますから」


「お祭りですか?」


 血なまぐさい話の割には妙に楽観的な…………。僕が思わず質問をすると男は頷く。


「ええ、降り注いだ星々はダンジョンへと落ちるのですが、その無数の星と輝くダンジョンの明かりは幻想的で、観光客に人気があるんですよ」


 なるほど、それは見ごたえがありそうだ。だが、ダンジョンに挑戦している場合はそれを見ることは叶わないのだろうな。


 ひとまずその場で参加を決める人間はおらず、個別に参加を申請するということでその場はお開きになった。






「それでは、私は少し用事があるので失礼しますね」


 機嫌良さそうに挨拶をするとセレーヌさんは去って行った。このダンジョンにまつわる話を少しでも聞きたかったのだが、用事ならば仕方ないな。


『マスターは参加どうするんですか?』


 人気が無くなったところでイブがすかさず聞いてくる。


(僕? うーんどうしようかなぁ……)


『珍しく歯切れが悪いですね』


 イブの言葉に僕は顎に手を当てて考える。

 今回挑むのはこれまでのダンジョンと格が違うのだ。


 今までのダンジョンは増加している自分の実力等を考えるに問題なく対処できる感触があった。

 だが相手が極悪無比のアルカナダンジョンとなるとそうはいかない。


 これまで多くの人間が犠牲になっている事実は僕の心に一種の怯えを生じさせていた。

 すぐに挑まなくても何年か先に戦力が整ってから挑めば良いのではないか?

 命を賭してまで挑まなくても十分な蓄えがあるのではないか?


 なにせ人生は長いのだ。僕はこれからも急速に成長していける感触がある。それなのに命ギリギリで探索をするのはリスクに見合わない。

 前世の仕事でも学んだのだが、勝機が薄い時に仕掛けるのはその時は良くても長い目で見ると損をしがちだ。確実な勝利とまではいかずとも体感で8割いけるとなってからでも遅くはない。


『マスター誰か近づいてきますよ』


 そんなことを考えていると、誰かが僕へと迫っていた。



   ★


「アーク様。議員の1人より本年のライセンス取得者の名簿を入手しました」


 入ってきたクランメンバーからその名簿を受け取った聖騎士アークは端正な顔を表情1つ変える事なく見る。


「なるほど。今年の取得者は12名。例年よりも少し多いぐらいだな。中でも【魔剣士】【大賢者】【剣聖】【聖女】がいる。……【聖女】は神殿所属だから仕方ないとして、他の人間に声を掛けない手はないだろうな」


 恐らくだが、フローラとロレンスも同じ思考をしているのだろう。

 星降る夜に開かれるアルカナダンジョン。その攻略は全ての人類の希望であり、過去にそれを達成したパーティーメンバーは国を興したり大商人となったり栄達を極めている。

 人々はその成功譚に夢を見て憧れを抱く。幼き頃は物語を聞かされそして「いずれは自分もその成功を収めたい」と夢想するのだ。


 かくいうアークもそのサクセスストーリーに魅せられた1人だった。


「早速使者を送りますか?」


 早い者勝ちとでも思っているのか、部下が焦る様子で確認をするのだが……。


「いや、彼らもこうして台頭してきたからには自分の価値を正しく認識している。どこに入るかは全ての勧誘が揃った後に選択するだろう」


 それよりもだ…………。アークは気になった人物に目を向ける。


「なので、今は他のライセンス持ちを優先させる」


 この名簿には各教科での合格基準の成績と備考が記載されている。


「この生産系を全て上位の成績で合格した学生」


 あくまで担当講師が見ただけなので実際の価値はこれよりも上下する。

 だが、これから挑むダンジョンにおいて生産職を複数使える人物というのは需要が大きい。

 特に魔法が主体ではなく、武器の維持が命を分けるアークのクランにとってはダンジョン内で武器のメンテナンスをする人材は必須だし、その他にベースを確保する技能を持つ人間は喉から手が出る程欲しい。


「まず最初に手に入れるべきはこの――」


 アークは1人のプロフィールを指差すのだった。

 

   ★

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