第89話オリハルコンの出現

「ただいまー」


 一日の労働を終えて家へと戻る。するとそこではエプロン姿をしたイブが出迎えてくれた。


「おかえりなさいマスター」


 順番に身に着けている防具を外していくとどこかほっとしている自分に気付いた。

 今まではザ・ワールド内に入って休んでいたとはいえ、あくまで身体を休めるだけの行為でしかなかった。

 だが、僕は先程無意識のうちに「ただいま」と言ったのだ。

 こうして家を手に入れたことでここを自分が帰る場所と認識したのだろう。


 ふと「おかえり」と出迎えてくれたイブを見る。


「どうしたんですか?」


「いや、なんでもない」


 前世では出迎えてくれる人間がいなかったのでこうして出迎えてくれたイブに感謝の気持ちが湧いたのだが、それを言い出すのは気恥ずかしい。

 イブは不思議そうな様子で首を傾げると…………。


「マスターその肩に乗ってる生き物はなんでしょうか?」


 目を細めるように観察を開始するイブ。

 もしこいつが僕に危害を加えるつもりなら容赦しない。そんな視線を向けていた。


「桃を上げたらなんか懐かれちゃってさ。離れなかったから連れてきたんだよ」


 話題に上がったリスもどきは特に気にすることなくつぶらな瞳をむけている。


「……ふーむこれは……見たことのない動物ですね」


 僕よりもその辺に詳しいイブならばあるいはと考えたのだが……。


 そうするとモンスター図鑑とかにも載っていない希少な生物なのだろうか?

 僕は足で自分の頬を掻いているリスもどきの仕草に癒され、思考を止めてしまいそうになっていると…………。


「その子飼うんですか?」


 イブは首をかしげるとリスもどきを見つめている。


「キュルルン?」


 それに合わせてリスもどきも首を傾げて真似をしてみせた。両方とも可愛いい。


「飼うなら名前つけてあげましょうよ」


 僕が可愛さに見とれている間に飼うのが決定事項になっていた。

 僕はリスもどきの名前を考える。


「よし。お前の名前はキャロルだ!」


「キュルルン」


 嬉しそうな鳴き声をだすキャロル。気に入ったようで喜びを表現したのか頬を僕の手にこすり付けてきた。


「あら、可愛い。イブも触りたいです」


 そんな話をしていると――


「クエエエエー」


 カイザーが部屋に入ってくるなり飛びついてきた。


「おっと、カイザーただいま」


「クエックエッ!」


 ばっさばっさと羽を動かし甘えてくるカイザーの頭を撫でてやる。1日の最後にこの肌触りの良い羽毛に触れると安心する。


 僕が頬を緩めてリラックスをしていると――


「ギュルルルッル」


 キャロルが何やらカイザーを威嚇し始めた。


「ん。どうした?」


「グエエエエェー!」


 僕が疑問を浮かべると、カイザーもキャロルの威嚇に対して叫び声をあげ睨みつける。


「キュルッ! キュルル! キュルルンルッ!」


「グーエッ! グエッグエッ!」


 そうしてしばらくにらみ合った2匹は…………。


「あっ、こらっ!」


 お互いに動き出すと喧嘩を始めた。

 キャロルがとびかかり、カイザーが受けて立つ。


 2匹は床を転がりながら取っ組み合いをしている。


「へぇ。キャロルって意外と強い?」


 空を飛んでいないとはいえカイザーはAランク相当の強さを持っている。

 地上戦とはいえ、押し込まれることなく戦っているのを見ると流石はランクⅦで生息していた生き物なのだと感心した。


「マスター、そんなこと言ってないで止めて下さいよ」


 イブが睨みつけてきたので僕は2匹の間に入り引きはがすと……。


「こらっ! お前ら仲良くしろっ!」


「グエッ!」


「キュルッ!」


 2匹の頭に拳骨を落としてやる。


「クエックエックエェ~!」


「キュルキュルキュゥ~ン!」


 2匹とも涙ながらに訴えかけてくるのだが、ここでの喧嘩は両成敗だ。

 僕は毅然とした態度をとると。


「これ以上暴れるなら晩飯抜きだからな」


「クエッ!」


「キュルッ!」


 2匹は背筋をピンと張ると次の瞬間、体を寄せ合って仲良くするのだった。


「多分。カイザーもキャロルもマスターをとられると思って面白くなかったんですよ」


 あとからイブが2匹の状況を説明してくれる。この場で全員の声を聞けるのはイブだけだ。こういうフォローは地味に助かる。


「カイザー。キャロル」


 強く叩きすぎたかもしれない。落ち込んでいる2匹に僕は声を掛ける。


「クェ~」


「キュルゥ~」


「怒ってないからさっ」


 両手を広げてアピールをして見せる。2匹共抱き着いてきた。


 羽毛と獣毛が頬に触れる。どちらも素晴らしい感触と暖かさで僕を癒してくれる。

 どちらも可愛いのだから争う必要なんて無い。僕はそう2匹に語りかけるのだった。


「……それじゃあイブは御飯の支度をしてきますね」


 そんな中あきれた様子で僕らを見ていたイブは御飯の支度のため、部屋から出て行くのだった。






「ん……朝か?」


 何やら重苦しさで目が覚めた僕は外の明かりを見て朝になったことをしる。

 この陽の光はイブが幻覚魔法で再現したものだ。

 ダンジョン内では時間の感覚がくるってしまうので、そうならないようにとイブがわざわざ用意したのだ。


「ふぁー昨日は色々あったなぁー」


 晩飯ではカイザーとキャロルが競い合うように野菜やら果物を食べまくっていた。

 その後、手に入れた金属を使って武器を作ったりしたのだ。


 最後に温泉に入って身体を休めた後はあまり覚えていない。

 1日ダンジョンで過ごした疲労がたまっていたのか、ベッドに入るとあっという間に意識を失ったようだ。


 僕は寝起きの身体を起こすと胸の上にキャロルが乗っているのを発見した。


「どうりで重いと思った」


 横のバスケットに寝床を作ってやったのだが、どうやら寂しかったようで夜中に潜り込んできたらしい。


「マスター起きてますか?」


「ああ、イブ。今起きたところ」


 朝食の匂いが漂っている。イブが用意してくれたのだろう。僕はキャロルをバスケットに戻し身体を起こすと――。


 ――パラパラパラ――


 何かが毛布に乗っていたらしく床へと落ちていく。


「もぉー。散らかさないでくださいよ」


 イブが不満そうにそう言いながら床に散らばった物を集め始める。

 僕としてもそんな散らかるようなものを寝床に持ち込んだ記憶は無いのだが…………。


「えっ! これって…………」


 そんなことを考えているとイブの驚き声が聞こえた。


「ん。どうしたんだ?」


 僕が質問をするとイブが拾い集めた物を差し出してくる。

 金色の小粒の金属だ。


「それがどうかしたのか?」


 昨日ダンジョンで収集した中にこんなのは無かった気がするが、スピードを重視していたので見逃したか?

 僕が違和感を覚えるとイブが言う。


「これ……オリハルコンです」


「はっ?」


「これってどうやって手に入れたんですか。マスター?」


 どうやらイブにも心当たりが無いらしい。

 昨晩寝てから僕は特に何もしていない。むしろ何ができた存在といえば…………。


 奇しくも同じ結論に達したのだろう。僕とイブは同時にバスケットに視線を向けると……。


「キュールキュールルン」


 幸せそうに寝息を立てているキャロルの姿があった。

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