第76話どっちも欲しい

「うーん、どっちを買うべきか…………」


 僕は現在2つの場所を行ったり来たりしている。


「あの……お客様?」


「ランクⅥともなれば相当凄い恩恵になりそうなんだよな……せめて効果さえ分かっていれば……」


 どれだけ目を凝らしたところで目の前の石はなんら僕に回答を寄越さなかった。


「店員さん、これってどっちの方が良いと思いますか?」


「えっ? 私ですか?」


「そう。もし買うとしてどっちがお得なのか?」


 行き詰った僕は丁度話しかけてきた店員さんに話を振ってみる。


「そ、そうは言われてもですね……どちらも同じダンジョンランクⅥのコアなので、色合いに違いはあれど効果は変わりませんし……」


 困惑気味に答えられた。それも当然だろう。

 この世界においてのダンジョンコアとは魔導具や魔法具を使用するための燃料のような位置づけなのだ。


 低ランクのコアは魔導車に使われていたり家庭の魔導具を動かすために使われている。

 だが、高ランクのコアは城や神殿などの巨大な結界を構築したりなど規模のでかい施設に使われる。


 店員さんが言う効果というのはそちらの意味だ。施設に魔力を供給する意味でならどちらのダンジョンコアでも変わらない。


「うーん、2個買うにはあと少しお金が足りないんだよなぁ」


 先程から僕が唸りながらもフロアを行き来しているのには理由がある。

 というのも先日、アカデミーでの試験結果が返ってきた。その時に僕は上の諸々の判断で成績優秀者の認定を受けられたのだ。


 成績優秀者は現在の試験休み期間終了後、長期休暇の間をとある場所で過ごすことになる。

 とある場所というのはこの世界でもっともダンジョンが生成される島――アスタナ島のことだ。


 例年、各学校の優秀な人材を集められたこの招待旅行は学校同士が交流をしてダンジョン探索や冒険。様々なプロによる講義から指導までが行われるのだ。


「でも行くまでに絶対にこの2つは手に入れたい」


 ハワードさんがオーナーをするダンジョンコアショップに置いてあるランクⅥのコアが2つ。

 アレスさんからエクレアさんを助けた報酬として結構もらっているのだが2つめに手を出すには足りない。


 これがランクⅣのコアならトーマスさん達にお願いできるのだが、生憎なところ僕にはランクⅥのダンジョンに潜れる知り合いはいないのでショップを通さずに手に入れる方法が無いのだ。


『マスター、今回は諦めてⅤのコアを複数買いましょうよ』


 イブにしてみると高値のⅥより手頃のⅤらしい。

 確かにⅤなら複数購入できるし、多彩な恩恵に魅力を感じないわけではない、だが……。


(次に来た時に売り切れていたらどうするの?)


 僕が危惧しているのはその点だ。ランクⅥのコアは高級ショップをうたうこの店でも2個しかないのだ。

 ここで買い逃していざお金を貯めてきた時に売り切れていたら「あのコアはどんな恩恵を持っていたのかな?」と永遠に気にする羽目になるだろう。

 逃した魚は大きく見えるので、もし片方だけを仕入れた場合その恩恵を使うたびに妙にもやもやした気分になるに違いない。僕にはそれが耐えられなかった。

 それに僕はゲームとかでも無理をしてでも強い武器を買いたがる性格をしていた。

 武器屋なんかで繋ぎの武器がある場合、普通ならそれを使ってモンスターと戦ってお金を貯めてから買い替えるのかもしれない。

 だが、その買い替える手間というのがどうしても無駄に思えるのだ。目標額が遠のくことで購買欲を失わされ、結果妥協してしまう可能性がある。なのでここでⅤを買う選択肢は僕には無かった。


(ちなみにイブ。この場でどんな恩恵が与えられるかわかったりしない?)


『無茶言わないでくださいよ。そんなの食べてもいないのに味の評論するようなものですよ』


 なるほど、ダンジョンコアには味がついているのか……。

 諦めきれないでいる僕の言葉にイブは予想通りの答えを返してきた。


 どうやら鑑定するのは諦めるしかないらしい。


「そうするとどっちかだよな…………」

 

 2つの石を見比べてみる。片方は上面が青く下面が透明の石。

 もう片方は全体が紫がかった石だ。


 ロベルトからもらったコアはランクⅤのダンジョンコアなのだが、Ⅴ以上になると基本属性以外の色が付き恩恵もそれぞれが違いを持つのだ。

 石の大きさもⅣのコアにくらべて小さいぐらいなのだが、内包された魔力の密度が桁違いだとイブが言っていた。


(ロベルトのコアですらあんな凄い恩恵なんだ。ランクⅥはアスタナに行くうえで絶対手に入れておいた方が良いに決まってる)


「えっと……エリク様。いかがなさいますか?」


 店員さんは困惑気味に聞いてくる。無理もない、そろそろ数時間はこうしているのだ。

 僕がオーナーの知り合いで無かったらとっくにたたき出されているに違いない。

 客1人に店員が必ず付くこの店では営業妨害だ。


「仕方ないね……」


 溜息を吐くと僕は真剣な瞳を店員さんに向ける。

 店員さんはようやく解放してもらえると思ったのか安堵の表情を見せる。


 僕は店員さんに向かって自分の結論を述べることにした。


「必ずお金を作ってくるので、これ取っておいてください」

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