第72話スタミナパウダー

 目の前には底の浅い鍋があり、その表面ではポコポコと泡が立ち液体が蒸発していく。

 鍋は全部で3つ。赤と青と黄、信号機を思い出す色の液体がそれぞれ入っている。


「マスター今度は何を始めるつもりなんですか?」


 傾国の美少女のような、この世のものとは思えない美貌をまとったイブが質問する。


「ん。ちょっとした実験なんだけどね」


 僕の目の前にあるのはそれぞれ【ライフポーション】【マナポーション】【スタミナポーション】だ。

 先日、エクレアさんの病気の治療としてスタミナポーションを使った。

 その時に思っていたよりも効果があったので、僕は何とか出来ないかと思い色々考えたのだ。

 そしてついでに材料が手に入ったのでライフポーションとマナポーションも一緒に作っておいた。


 そんな訳で、目の前では液体がみるみる沸騰していく。やがて鍋の底に残ったのはそれぞれの色をした粉末だった。


「よし。成分の抽出に成功だ」


 僕が嬉しそうに目の前の粉を見ていると――


「これをどうするつもりなんですか?」


 イブが首を傾げて好奇心を向けてきた。


「まずは瓶に詰めて。その後は……」


 僕はできあがったそれを慎重に瓶に詰めるとそれを持ってザ・ルームから出て行った。





「さて、早速調べようかな」


 アカデミーの研究棟に入り込む。

 現在は放課後になっているので学生たちは各々が友人付き合いなり、訓練に励んでいるところだろう。


 僕は諸事情により訓練などに誘われることが無いので放課後はこうして好きなように過ごしているのだ。


『マスターも学生なんだからお友達と遊んだ方がいいですよ?』


 こちらの内心でも読み取ったのかイブが余計な一言をいう。


「さて、アイテム鑑定をできる魔道具にこれを乗せてと……」


 先日、城でみた魔道具だ。アイテムの効果を調べることができる。

 僕は先程粉にしたそれを瓶ごと乗せて魔道具を起動した。


 数分が経ち結果が表示される。


『スタミナパウダー……回復値4999って下がってるじゃないですか!』


 数値を読み取ったイブが声を上げる。


(いいんだよこれで)


 実験はおおむね想定していた通りだ。

 元々僕のポーションの性能は高すぎる。なので市販をするにしてももう少し効果を抑える必要があった。

 だが、効果を抑えようにも完成させる過程で魔力を込める時に手加減はできない。

 なので僕は考えた、一度できたポーションから成分だけを抽出すればいいのではないかと。


「だいたい5等分すれば国家錬金術士より少し落ちる程度だろう。そのぐらいなら売りさばけなくはないかな」


 インスタントコーヒーのように水を注げば完成だ。

 これの利点は長期保存ができることと持ち運びが便利なことだろう。


 エクレアさんが外出する際にあんなごてごてしたポーション瓶を持ち運ぶのはかさ張る上に邪魔になる。

 だが、このスタミナパウダーならば小瓶に入れて持ち運んで飲むときは水がコップ1杯あればよい。

 普通の錬金術士のポーションだと効果が落ちるので意味がないかもしれないが、僕のポーションならば回復量も問題なし。いっそこのまま市販してもらった方が手間が無いのではなかろうか?

 回復値に突っ込まれたら『企業秘密』とでも言っておけばよいだろうし。


『流石ですマスター。これならば在庫を気にする必要なく好きなだけポーションを作ることができますね』


 イブの鈴のような声を聞きながら考える。


(とりあえず今あるポーションは全部パウダーにするとして……)


 キラキラと輝く3色のパウダーを見ている内にアイデアを一つ思いつく。

 もしかするとこれは世間を驚かせられる凄い思い付きになるんじゃなかろうか?


『それが終わったら週末ですね。スタミナポーションは先週の内にエクレアさんに渡したみたいですし、今週はどこかに遊びにいくんですか?』


 明日はアカデミーの休暇だ。僕はアカデミーが始まっていらい、ろくに休みをとっていない。


『私としてはそろそろマスターは休むべきだと思います。他人の為に努力しているマスターは素敵ですが、イブにとって一番大切なのはマスターの身体です。休んで頂けないようでしたらザ・ワールドに閉じ込めてカイザーと2人で拘束します』


「大丈夫だよ。明日は流石に自分がやりたいことをするつもりだからさ」


『本当ですかぁ?』


 疑り深い声だ。本気で僕の身を案じている証拠でもある。僕は頬を緩めて笑う。


『明日は何をするつもりなんですか?』


「うん? そうだな。午前中は市場に行って午後からは…………」


 僕は先程思いついたことを試したくて仕方なくなり、わくわくした感情を抑えながら明日の予定についてイブに話すのだった。

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