第37話毛皮骨肉店

「すいませーん。失礼しまーす」


 ドアを開けると目の前に飛び込んでくるのはくすんだ茶をした毛皮だった。

 それらが壁一面に掛けられ、値札が付けられている。


 奥には何かの肉が吊り下げられていて、同じく値札が貼られていることからこれらが売り物であると示している。

 ここはモンスターなどの肉や毛皮、その他素材の売買をおこなっている『毛皮骨肉店』だ。


「はーい。お客さんですか?」


 出てきたのは若いといってもさしつかえのない女の子だった。

 年の頃は今の僕よりもやや上だろうか?


「ええ、モンスターの解体をお願いしたいんですけど」


「分かりました。ではこちらの注文票に記入お願いします」


 そう言って差し出された注文票の項目を埋めていく。

 基本情報を埋め終えて、ふと手が止まる。


「どうかしましたか?」


「所属というところなんですけど、僕はまだ所属が無い状況なんです」


「あれ? そうなの?」


「来月には王立総合アカデミーに入学するんですけど」


「そうなんだ。私もそこに通っているんだよ」


「そうなんですか?」


 予期せぬ偶然に驚きが溢れる。


「私は2年……もうすぐ3年生になるんだよね」


 アカデミーの人がなぜこのような場所に?

 そんな疑問に気付いたのか彼女は笑いかけると答えを教えてくれた。


「私の恩恵は【解体】なんだ。バラす時に最も効率の良いバラし方が分かるんだ。だから将来の事も考えてここでバイトをしてるの」


 なるほど。そういうことか。

 確かに、アカデミーの学生にもバイトは許可されている。


 地方やそこらの人間に比べてアカデミー所属というだけで優秀な人材に違いない。

「私の名前はイザベラだよ。君は……エリク君ね?」


 注文票を見て名前を改めたようだ。


「そうです。イザベラ先輩、宜しくお願いします」


 ペコリとお辞儀をすると。


「あはっ、素直で良い子だね。うん、同じ学校のよしみだ。所属に関しては身元保証の意味で書いてもらってるからね。私が保障してあげる」


「でも、僕が本当にアカデミー所属してるかわからないのでは?」


「うーん。君は正直者っぽいからね。もし騙されたのなら自分を恨むことにするから気にしないで」


 ロベルトといい、イザベラといい、僕は余程嘘がつけないように見えるのだろうか?


「わかりました。好意に甘えさせてもらいます」


 僕が返事をするとイザベラはキョロキョロと周りを見渡す。


「それで、解体希望のモンスターは? 外に置いてあるのかな?」


「あっ、僕の恩恵でしまってあるのでもし可能なら出してよい場所に案内してもらえませんか?」


「ここだと不味いかな?」


「結構な数があるのでここだと置ききれないですね」


「ふーん。見た目とは違って結構やりてっぽいのかな?」


 品定めをするような目で見られる。


「じゃあ、奥に案内するから付いてきてよ」


 こうして案内されるままに奥へと進んでいく。


「そこに出していってもらえるかな?」


 そこは店の何倍もスペースの取られた解体場だった。

 何人もの人間が刃物を片手にモンスターを解体している。


「おっ、イザベラ。店番はどうした?」


 そんな中の一人、筋肉が盛り上がったおじさんが話しかけてくる。


「この子。もうすぐ私の後輩になるんですけど、大量のモンスターを持ち込んでくれたんですよ」


「ほぅ、その身なりで大量か。最近、仕入れが減っていたから大いに助かるぜ」


 わりと愛嬌のある笑顔を向けてくる。


「それじゃあ、ここに出していきますね」


 僕は許可を貰うと、布が敷かれた場所にモンスターを出していく。

 まずはダイアウルフが13体。続いてオークが6体。更にジャイアントトードが8匹。


「わわっ。本当に大物ばかりだね」


 信じてないわけではないだろうが、多少低く見積もっていたのかイザベラが驚きを見せる。


「おいおい。それもほとんどがDランクモンスター。こいつは結構な大仕事になりそうだぜ。坊主。イザベラで良いのか?」


「それってどういう意味ですかね?」


 僕が首を傾げると、


「そう言えば説明がまだだったね」


 イザベラさんがポンと手を叩く。


「説明って何ですか?」


 僕が質問をするとそれに答え始めた。


「モンスターの買取には2つの方式があるんだよ」


 イザベラさんはそう言うと指を1本だけ立てる。


「1つ目はその場での買取。これは概算価格になるんだけど、モンスターの傷み具合や販売できそうな部位を見た上で私達が値段を決めるんだ」


 この買取方法はすぐにお金が欲しい時に使われるらしい。

 モンスターの解体までお願いして何日も滞在すると、待っている間が空いてしまうのでそれだけ効率が悪い。多少価格が落ちてもその場で金銭のやり取りができた方が装備を整えた上で次の狩りに行けるので稼ぎも良くなるのだ。


「2つ目は解体依頼。この方法は依頼者と請負人が8割と2割に分け前を分配する方法なんだよ」


「それって買取と何が違うんですか?」


「基本的に買い取りした後はこっちの人間で解体をすることになるので時間を掛けてでもベテランの解体屋が作業することになるんだ。だけど解体依頼はそうじゃないんだ。駆け出しとベテランで腕に差があるから、同じモンスターでも取れる素材に差がでるの」


 なるほど。そういう事か。そうなると先程の質問の意味も分かる。

 素材を無駄にされる可能性がある以上、だれだってベテランにお願いしたいに決まっている。駆け出しに依頼を出すということは利益が減るということになる。


「だから私なんかよりも親方に頼んだ方がエリク君にしてみたらいいんじゃないかな」


 イザベラさんは少し悔しそうな顔をするとおじさんに「お願いできますか?」と聞いていた。それを聞いたおじさんは……。


「流石にDランクはイザベラには荷が重いからな。今なら俺が引き受けても構わねえぞ」


 イザベラさんの口利きのおかげでスムーズにベテランに依頼を承諾してもらえそうな雰囲気が出来上がる。


 僕はその申し出を――


「いえ、僕はイザベラさんにお願いします」


 ――断るとイザベラさんに依頼をした。


「えっ?」


 驚いて顔を上げるイザベラさん。


「私で良いの?」


「ええ、もちろん」


 驚きながら自分を指差すイザベラさんに僕は返事をする。


「お互いに未熟な身ですからね。今後のことを考えるなら駆け出し同士で仕事をした方が良いかと思って。将来助けてもらうこともあるでしょうから」


 いうならば先行投資のようなものだ。

 おじさんは荷が重いと言ったけど出来ないとは言わなかった。

 この年でDランクを捌けるのならイザベラさんは十分に素質がある、そういう人にコネを作っておくのは商売をする上で重要なのだ。


 彼女は笑顔を咲かせると「ありがとう」と言って僕の手を握ってきた。


 そして仕事モードに切り替わると真剣な顔で注文票を埋め始める。


「魔核はどうする?」


 雑魚モンスターの魔核には価値が無いのは以前に話したことがあるが、モンスターのランクが上がってくると魔核は色々な材料なんかにも使えたりする。


「魔核はこちらで引き取りたいので、その金額は僕の取り分から差し引いてください」


 ザ・ワールドの拡張に魔核が必要なのでそれだけは確保したい。

 

「わかった。正式な金額についてはちょっと解体してみないとわからないけど、ダイアウルフの毛皮が凄く傷んでいるのでとれる部位が少ないかな。どういう倒し方したの?」


 丸太でホームランしましたというわけにもいかない。次からはもう少し倒し方も工夫するようにしよう。


「そうだ。因みにオーガって買取してますか?」


 一応保存してあるオーガについても確認を取ると。


「オーガはね、筋肉が硬くて不味いからね。うちでは取り扱いしてないんだ。専用の刃物がなければ解体不可だしさ」


 ランクが上のモンスターは死んでからもなお硬度を維持する。

 なので、卸すには専用の道具が必要になるのだ。


(仕方ないな、イブ。オーガはカイザーにあげちゃって)


『はいマスター。早速与えたところ喜んでますよ』


 人間の口には合わないらしいが、クリスタルバードの口にはバッチリのようだ。


「それで、いつぐらいに終わりそうですかね?」


 これだけの量だし、他の解体もあるのだろうから予想以上に時間が掛かる可能性がある。


「うーん。結構な量だからね……3日あれば終わらせて見せるよ」


 出来れば早く魔核を吸収させたかったけど仕方ない。


「じゃあ、3日後にまた来ます」


「うん。それじゃ私はこのまま解体に入っちゃうからまたね」


 やる気らしく、早速壁に立てかけてある大型刃物をとってくる。

 僕がそのまま出て行こうとすると……。


「そうだ、エリク君」


「何でしょう? イザベラ先輩」


「指名してくれて嬉しかったからこれあげる」


 そう言って差し出されたのは一枚の紙だった。


「これは?」


 何やらお店の場所が書かれている。そして紹介状とも。


「この店はうちの直営レストランなんだ。その紹介状があれば3割引きで食事ができるんだよ」


 卸した肉をそのまま提供するレストランか。中卸が無い分安く料理を提供できる上手いやり方だな。


「ありがとうございます。早速行ってみますね」


 僕はお礼を言うとそのレストランに向かうことにした。

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