令嬢だった使用人は溜め息をついて幼なじみの侯爵を見つめる

 わたしの父は、お人好しでした。


 疑うことを恥だと思っているかのように、誰の言葉でも信じ、とても簡単に騙されました。

 莫大な借金を背負わされ――


 とうとう、爵位まで失いました。


「あれ? きみ、こんなところでどうしたんだい?」

「お久しぶりでございます。わたしはここの使用人でございます」

「へえ」


 わたしはこのお屋敷で働いています。


 売られた、と言うと言葉は悪いのですが、実際そうとしか言いようのない状況でした。

 父を陥れた貴族のひとりが、お金と交換で身分を預かったのです。


 身分と言っても使用人ですけど。

 蹴落としたライバルの娘を働かせて、愉悦でも感じたかったのだと思います。


「あんなにきれいだったきみが、使用人か……」


 そう言ってわたしをじろじろと見てくる彼は、このお屋敷のお嬢様の婚約者。

 若くして侯爵となった有力貴族のひとりです。


 昔は、わたしの家でよく遊んでいました。

 いわゆる幼なじみです。


 毎日まいにち、わたしの容貌や服装を褒めてくれる、とても感じのよい少年でした。

 あのまま大人になっていれば、あるいは婚約していたのかもしれません。


 でも今は、「きれいだった」と過去形で言いました。

 仕事着に身を包んだわたしは、もはや彼の美の基準を満たさないのでしょう。


 彼が見ていたのはわたしではなく、わたしの家だったということです。


「あら、あなたたちお知り合いでして?」

「ああ……。いや、ちょっとね。顔を見たことがあるかと思ったんだけど、気のせいだったようだ」

「ただの使用人ですものね」


 うふふ、と笑うお嬢様と一緒に、彼は屋敷の奥へと消えてゆきました。


 それを見届けたわたしは、深い深いため息。


「立場が変わると人の目が変わるけど、それよりもっと、自分から見えるものが変わるのね」


 彼も、お嬢様も、わたしの目にはとても哀れに映りました。

 哀れな人たち。


「お金しか見えないなら、この先に待っているのは暗闇なのかしら」


 彼らの行く末を案じずにはいられません。

 わたしはお金を失っても自分を見失うことはありませんでしたが、彼らははたして耐えられるのでしょうか。

 婚約破棄せずに手に手を取りあっていければいいのですが。


「まあ、どうでもいいわね。わたしがここにいるのも、あとすこし」


 わたしの父は、お人好しでした。

 今は違います。

 元々あった商才に加え、人を疑い心を見抜くようになった父は、裏社会で力を蓄えています。


 爵位を取り戻して彼らを逆に陥れるのも、時間の問題です。

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