婚約しなければ無敵
「この婚約を断るということがどういうことか、わかっているんだろうな?」
「いえ? わかりません。何かあるのですか?」
わたくしは屋敷の玄関ホールで、階段の上から男を見下ろしていました。
今、婚約を迫られて――
ためらいなくお断りしたところです。
相手は貴族の嫡男。
まあまあイケメンの部類ではありますが、そんなことは関係ありません。
この世の中、婚約すれば災難が待っているのです。
わたくしは世間知らずだと思われていますが、じつのところ、ゴシップが大好き。
使用人を使って、自国のみならず、周辺諸国のいろいろな婚約トラブルを聞きおよんでいました。
財産を奪うためだったり。
過去の復讐のためだったり。
他の女性の気を引くためだったり。
何かしら裏があるのが、この世の婚約というものです。
この男も、案の定――
「おれの婚約を断って、ただで済むとは思わないことだ」
「おいくらですの?」
「ふん。そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちだ」
この悪態のつきよう。
断ってひどい目に遭うのに、お受けしてよい目にあうはずがないでしょう。
バカにするにもほどがあります。
「後悔の毎日を送ることになるぞ」
捨て台詞を残して、彼は去っていきました。
***
「……お嬢様、お届け物でございます」
「またですの」
それから毎日、彼から送られてきました。
薔薇と手紙が。
「ほんとにまあ、飽きもせず飽きもせず、よくこんな美辞麗句を並べたてられるものですこと」
わたくしは軽く目を通して、使用人に捨てさせるのが日課です。
薔薇に罪はないので、花瓶に差しています。
「この嫌がらせをやめさせるにはどうすればいいのかしらね」
「……お嬢様。申し訳ないと思いながらもお捨てになる手紙の中身を見ておりました」
「あら、目が腐るからやめたほうがいいわよ」
笑って言うわたくしに、使用人はまじめな顔で、
「ここにあるのは真実の愛でございます」
「あらあら、あなたまであの男に毒されたのかしら」
「お嬢様も後悔されているのではありませんか?」
後悔。
わたくしは自分の胸に聞いてみました。
後悔してる?
……いいえ、全然。
だってうかつに婚約すると危険だというのは、本当のことですから。
でもまあ、そろそろいいのかもしれません。
「わかったわ。それではわたくしも彼に返事を書くことにいたしましょう」
「お嬢様……!」
毎日欠かさず手紙を送るなら、彼もそれなりに根性はあるのでしょう。
もうすこし様子を見て、それで大丈夫そうなら婚約も考えないではありません。
そんなわたくしに、付き合いの長い使用人が涙ながらに言います。
「おふたりとも、不器用すぎて見ていられません……。あれからもう10年ですよ?」
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