天使令嬢と英雄の王子様
「わたくしの王子様についに逢えますわ!」
移動中の馬車の中で、わたくしは大はしゃぎしていました。
両手をめいっぱい伸ばして、ぴょんぴょん飛び跳ねずにはいられない気分です。
お母様もお父様も、それを見てにこにこ。
わたくしは今日、16歳になりました。
そして、小さいころからの許婚だった、隣の隣の国の王子様のもとへ嫁ぐことになったのです。
「こら、あんまり騒ぐと馬が驚いてしまいますよ」
「お母様、彼はどんなお方なのですか?」
「あらまあ、またそのお話をするの? 王子様はそれはそれは立派なかたです。武勲をいっぱい立てていらっしゃる、優秀な軍人でもあるのよ」
わたくしは、その話を何度も聞いていました。
図書室の本に書かれている物語の主人公のような、どんな苦境もはね返す武功の数々を。
「お母様、彼はどんなお顔をしておられるの?」
「精悍なお顔つきです。でも、目はとても優しくて、透きとおった青い瞳をしているの。髪は輝くようなブロンド」
「絵本の中の王子様みたい!」
「ええ、実際、あちらの国ではあの方をモチーフとした絵本もあるそうですよ。それくらい国民みんなから慕われていらっしゃるのです」
話を聞けば聞くほど、夢のよう。
こんな幸せな婚約がこの世にあるでしょうか。
「ねえ、お母様。なんでそのようなすてきなかたが、わたくしと婚約してくださったのかしら? 引く手あまただったのではなくて?」
「それはね……」
お母様はすこしお考えになり、
「彼の審美眼――美を見極める目が、とても厳しいのです。そのせいで、なかなかお相手が見つからなかったの」
「ふうん、わたくしは大丈夫かしら?」
不安を漏らしたわたくしの頬にお母様は両手をあて、
「ええ、絶対大丈夫。幼いあなたをお見染めになられて月日こそ流れはしました。でもあなたは、16になっても天使みたいなお顔をしているのですから」
***
隣の隣の国の、城の中。
王子様の待つという部屋に、わたくしは通されました。
「……あら?」
でも、部屋にはまだ誰もいらっしゃいません。
お花でも摘みに行かれたのでしょうか。
わたくしはお母様を振り返ります。
「お母様、王子様は――」
「そそうのないよう、しっかりご挨拶するのですよ。わたしたちは客室のほうで休んでいますから」
そして扉を閉めながら、言いました。
「……では王子様、娘をよろしくお願いいたします」
わたくしは、「え?」と思いました。
だって、この薄暗い部屋には誰もいないのです。
昼だというのに窓のカーテンは閉じられ、大きなベッドとソファ、それと、老いた使用人がいるだけ。
使用人は人の数には入りません。
王子様はいつおいでになられるのでしょう。
「王子様」
わたくしは声にだして呼びました。
そんなわたくしに、使用人が手招きをします。
無礼なことですが、よその城の使用人なので叱りつけるわけにはまいりません。
わたくしはあとでお母様に言いつけるために、顔を見ておこうと近寄りました。
すると、
「ああ……すばらしい」
「え?」
「きみの母上も奇跡の美術品だったが、噂を聞いて会いに行ったときにはすでに婦人となられていた。でも、血とは、かくも神秘なるもの。娘であるきみも、天使のまま16を迎えることができるとは」
感極まった声色でそう言うと、使用人がしわしわの手でわたくしの顔を撫でまわしはじめるではありませんか。
あまりのことに、わたくしは足がすくんで喉が詰まり、微動だにすることができません。
「この歳まで待った甲斐があった。国民の称賛がぼくを禁忌の道から遠ざけ、きみとの正式な出会いを待たせてくれたんだ。さあ、ぼくの天使。無垢のまま時の止まった天使よ、ぼくと愛しあおう」
軽々と抱きあげられてしまいました。
わたくしは背が小さく、その使用人の丸太のような腕で持ちあげられると、まるで赤子のよう。
恐怖と羞恥で顔を手で隠しました。
そのとき、指の隙間から見えたのです。
カーテンが風で揺れ、一瞬の陽光が使用人の顔を照らしました。
太いしわの奥にあるその目は透きとおるように青く、髪は輝くようなブロンドでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます