異種間(?)婚約は秒で破棄される

 わたしと彼は、カメとマグロで婚約しています。


 いえ、本当に動物なのではなく、たとえです。


 え?

 あ、エッチな意味ではありません!

 夜のほうはきわめて普通だと思います。


 ていうか、わたしのほうがカメなんです。

 彼がマグロ。


 どういうことかというと――

 あ、ちょうど彼が帰ってきました。


***


「ふー、疲れた疲れた!」

「お疲れさまでした」


 汗を拭きながら着替えている彼に、わたしはねぎらいの言葉をかけました。

 彼の筋肉質な背中は、蒸気が出るほどほてっていて、汗が次から次へと噴きだしてきます。


「また仕事終わってからジムに行ってきたの?」

「ああうん、行かないとなんか気持ち悪くって。帰りもジムからジョギングしてきた」

「あそこから? 信じられない」


 おそらく20キロはあると思います。

 一日働いて、ジムでトレーニングをして、そのあとでハーフマラソンほどの距離を走る。

 ひとりで三人ぶんくらい生きているのでは?と思うほどの活動量です。


「さすがに『頑張った~』って気分だよ」

「あはは、わたしだったら倒れて感想も出てこないよ」

「やればできるって。……あっ!」


 彼は着たばかりの部屋着を慌てて脱ぎ、スウェットに着替えだしました。

 また始まった……とわたしは内心で呆れます。


「悪い、本屋に寄るの忘れてた。今日発売の映画雑誌買わないと」

「もう暗いし、明日でよくない? それか通販で――」

「通販は待つのがいやなんだ。売り切れると困るから行ってくる!」


 言いながらもう玄関にいます。

 バタバタと靴を履いて、「じゃあ!」と言って出かけてしまいました。


「台風みたいな人……」


 ちょっとした忘れものといった感じでしたが、これ、いつものことなんです。


 彼はいつも、バタバタしています。

 特別忘れっぽいわけではなくて、とにかく、やりたいことが多すぎる。

 そして、それを全部思いついたときにやってしまうのです。


 出会ってから婚約までも、突風に巻き込まれた気分でした。

 のんびり屋なわたしをなんで気に入ったのかはわかりませんが、好きだ愛しているの全力攻勢に、奥手なわたしはひとたまりもありません。

 だって格好いいし、身体も引き締まってすごいし。


 でも――


 ほんっと、カメとマグロでは種族が違う。


 何をするにも『じっくり考え、タイミングを見て動く』わたしは、カメ。

 ひっきりなしに動いて『走りながら生きている』彼は、マグロ。


 とにかく疲れます。


「この婚約、大丈夫なのかな……?」


 これから先の人生、彼に振り回されたわたしはいったいどうなってしまうのか、想像もつきません。

 疲弊してギブアップするのかもしれません。

 それとも、達観して彼を眺めて過ごすのかも。


「まあ、婚約破棄したいと彼がすこしでも思ったら、きっと秒で破棄されてるよね」


 本気で思いました。

 彼は一切悩まないでしょう。

 ほんのちょっとでも頭をよぎれば、書店から帰ってきたその足で両親に詫びに行くはずです。


「ただいま! さあ、メシだ風呂だお前だ!」

「ふふ……」

「どうした? おれの頭にカマキリでもついてるか?」

「違うよ。けもの道でも突っきってきたわけ?」


 大丈夫かもしれませんし、これから大丈夫じゃなくなるのかもしれません。


 だって、カメとマグロは異種族だから。


 でも――

 そんなおかしな水槽があるのも、悪くはないのかもしれませんね。

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