婚約なんてやめとけばよかった

「おれの既読は、『そうだね』って意味なんだ。違うと思ったらそう言うし。だから既読スルーなんて思わないでほしい」


 そうだね。

 そうだね。

 そうだね……。


 自分の発言ばかりが並ぶトーク画面を見て、あたしはため息をつく。


「やっぱスルーでしょ。『次いつ会える?』に『そうだね』はおかしいもん」


 あたしは婚約者のことばかり考えていた。

 せっかくの休みの日なのに、あたしじゃなくて友だちと遊ぶことを選んだ、薄情な彼のことが頭から離れてくれなかった。


「婚約って何の意味があるんだろ」


 ただの彼氏だったときのほうが、まだ距離が近かったような気がする。


 結婚の約束。

 約束は、「そうします」っていう誓いみたいなもの。


 誰に誓ったんだろう。


 神様は彼の中にはたぶんいない。

 いざというときの神頼みはするかもしれないけど、宗教とか絶対興味ないってわかるし。


 あたしと親に誓っただけ?

 それってちゃんと意味あるのかな。


「前より雑になったのは、誓ったから?」


 約束して繋がりが強くなったから、もうしっかり捕まえておく必要ないってことなのかも。


 だったら、婚約なんてないほうがよかった。


 もっとちゃんと、「おれのだよ」ってずっとみんなに主張していてほしかった。


 こんなの、既読スルーじゃん。

 あたしに既読つけて、それでなんか心の中で「よし」ってなって、放置してる。


 あたしにちゃんと反応して。

 スルーのために婚約したなんて思わせないで。


「……結婚すると、どうなるのかな」


 あたしは急に心配になった。


 結婚すると落ち着くよって親は言うけど、それって彼が勝手に落ち着いて、あたしのこともっと放っとくようになるだけじゃない?


 考えすぎ?


 結婚して、「おれのヨメ」になったら、もっと大事にしてもらえるのかな。


 わからない。


 彼に、泣き顔のスタンプを送ってみる。


 そうだね、の既読。


 ……それだけ?


 婚約やめようって送ったら、それにもやっぱり、「そうだね」の既読がつくだけなのかな。


 試そうと思って入力したけど……。

 怖くて無理。


「あっ」


 間違って送信してしまった!


「やばい、消さなきゃ。えっとえっと――」


 そうだね、の既読。


 ……やっぱりそれだけなの?


「やめて……怖い……」


 ごめん間違い、って訂正しなきゃ。


 でも、彼が何か打ってる最中かも。

 焦って引き止めてくれるかも。


 もうすこしだけ待ってみようか……。


「怖い……怖いよ……」


 このまま既読スルーされたら「そうだね」なの?


 婚約破棄ってことになるの?


 そうだね。

 そうだね……。


 ねえ、何か言ってよ!

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