わたくし婚約破棄なんてさせませんから

 わたくしは、唖然としていたと思います。

 はしたなく口を開けたままだったかもしれません。


「婚約を取りやめたいって……あなた本気でおっしゃってますの?」


 彼に向かって問いました。

 掴みかかりたい気持ちを抑えて、冷静に。


 彼は、「本当に申し訳ない」と深々と頭を下げ、


「本気なんだ。きみとの結婚を考えなおしたい」

「どうしてですの? 何か気に触ることでもいたしました?」

「いや、そういうことじゃない」


 では、どういうことなのでしょう。

 まるで要領を得ません。


 そんなわたくしの表情を見た彼は、


「なんていうか……結婚ときみが結びつかないんだ」

「意味がわかりませんわ」

「だろうね……。だから、申し訳ないと……」


 わたくしが結婚にふさわしくないということでしょうか。

 この令和の時代に、身分差なんて話は出てこないと思うのですが。

 そもそも、わたくしと彼との家柄を考えると、結婚に支障は一切ないはずです。


「わたくしがいけませんの?」


 何か悪いところがあるのならおっしゃってほしい。

 そんな思いで問いかけましたが、彼はぶるぶると首を振ります。


「それはない。きみはそのままできみなんだと思う」

「では、なぜ?」

「うーん……。これはひとつの例え話として聞いてほしいんだけど」


 ええ、とわたくしは先をうながしました。


「お腹を空かせたカラスが、ゴミ捨て場を漁っていたとしよう」

「? はい」

「そのカラスは、ダイヤモンドを見つけたんだ」


 彼がわたくしを見て、続けます。


「ダイヤはすごくきれいで、美しくて、カラスは大事にしたいと思って羽根のあいだに挟んだ。……これをどう思う?」

「審美眼があることは悪徳ではありませんわ」

「そうだね。でも、ダイヤに満足して巣に帰ってから、カラスは気づいた。ダイヤでお腹が膨れたりはしないことに」


 そういうことなんだ、と彼は締めくくりました。

 そういうこと。

 ……いえ、全然わからないのですけど。


「お腹が空いていらっしゃるの?」

「例え話だよ」

「すこしだけ難解でしたわ。でも、そうね……わたくしだったらダイヤを眺めていれば心が満たされて、お腹が空いていても気にならなくなると思います」


 とびきりの笑顔でお答えしました。

 きっと彼は、すこしお疲れになっているだけ。

 わたくしが癒して差し上げれば、またすぐに抱きしめてくださいますわ。


 でも彼は困ったような表情で笑います。


「うん、本当にダイヤのようだね。店長が何もしないきみを雇い続けている気持ちもわかる。いるだけで輝いてるし、なんだか放っておけない。きみはそれでいいんだ。でもぼくは、きみとの結婚生活がまるで想像できない」

「お待ちになって――」


 わたくしが引き留めるのも聞かず、


「どうやったら居酒屋でバイト生活しながら自分を令嬢だと思えるんだ……」


 彼は、ぽつりとつぶやいて席をお立ちになりました。


 結局、美しさを褒め称えてくださっただけで、婚約破棄の理由は教えていただけませんでした。

 殿方ってとても複雑なのですね。


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