姉妹でダブル婚約破棄

「ご予約のかたですね。こちらへどうぞ」


 案内されたわたしが個室に入ると、そこには彼ではなく、妹がいました。

 たまに帰る実家で見る妹とは違ってずいぶんとおめかししていますが、見間違うはずがありません。


「え、あんた何してんの?」

「お姉こそ、どうしてここに……?」


 ふたりでわけもわからず戸惑っていると、彼が颯爽と入室してきました。


「うん、揃ってるね」


 最近は出張続きでなかなか会えていませんでしたが、でも、ちゃんとわたしと婚約している愛しい愛しい彼氏です。

 長身でイケメンの、未来の旦那様。


「あ、ふたりで向かい合わせじゃなくて並んで座って。ぼくがこっちに座るから」


 姉妹で横に並び、彼と向かい合わせに座りました。

 たしかにテーブルには三人ぶんのナイフやフォークなどが置かれています。

 でも、こんなの聞いていません。


「どういうことなの? 妹に紹介しろってこと……?」

「え? お姉を紹介するんじゃないの?」


 混乱するわたしたちに、彼はよく通るきれいな声で、


「並ぶとすごいね。ほんとに似ている。ぼくがふたりともに惚れたのもうなずけるよ」


「はあ!?」

 妹と見事にハモりました。

 そりゃ似てはいるんでしょうけど。

 そこは認めますけど……惚れた?

 えっと……?


 呆気にとられるわたしたち姉妹をよそに、そこからは彼の独壇場でした。


 最初に出会ったのは妹だったこと。

 結婚の口約束を交わしてから、都内に転勤になり、そこでわたしと出会ったこと。

 姉であることはあとになって知ったこと。

 女性の悲しむ顔が苦手で、別れを切り出せない性格だということ。


 わたしたちは黙って聞いていましたが、彼がひと息入れたところで、妹が言いました。


「あたしと婚約破棄するってことだよね。もう長いあいだ連絡なかったから、だめなんじゃないかとは思ってた。でも……お姉と結婚したらこれからも顔合わせるよ……」


 涙を流してわたしを見ます。

 わたしは、まさか自分が妹の婚約者を寝取ることになるとは思っていなかったので、どう慰めていいのか言葉が出てきません。


 すると彼は、


「大丈夫。お姉さんともきちんと別れる。これがぼくの誠意だよ」

「え?」


 わたしとも別れる?


「姉妹ふたりと同時に別れれば、ぼくがいなくなっても、お互いの涙を拭きあうことができる。家族で憎みあうこともなく、むしろ絆が深まるんじゃないかな。ぼくは共通の敵なんだから」


 遠くを見る目で、ふっ……と悲しく微笑んでいます。


 いやいや。

 何ですかこれ……。


「お姉……」

「うん。よくわからんけど、前菜が運ばれてきたから、とりあえず食べるしかないわ、もう」


 カチャカチャと食器の鳴る音だけが響きます。


「ぼくは身を引き裂かれるほどつらいけど、きみたち姉妹はふたりだから――」

「黙って食べて?」


 わたしとの婚約破棄はこの際もう構いません。

 でも、妹を泣かせたのは許さない。


 妹との婚約破棄を撤回させるというのも考えましたが、はたしてそれで妹が幸せになるかというと、かなり疑問です。


「お姉、あたし平気だからお姉はこのまま結婚していいよ」

「ううん、それはない」


 否定はしましたが、妹の気づかいで心がすこし温かくなったのはたしかでした。


 むしろ絆が深まる――


 合ってるけど、たぶん結果的にそうなるんだけど、あんたに言われるとマジむかつくんですけどっ!


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