第26話:仲良くなる方法

「ふぅ……」


 長い一日を終え、浴槽の中で一息つく。


 全身を包む心地の良い温かさが、溜まった疲れを身体の芯から放出させてくれる。


 エシュルさんとの出会いからはじまり、色々な事があった一日だった。


 湯船の中で足を伸ばして、今日一日の出来事を振り返った頭の中には不可解な二つの出来事が残った。


 一つはロゼの事、まるで逃げるように食事の場から退出していった彼女を思い出す。

 平静を装おうとはしていたが、あの時の彼女は明らかに様子がおかしかった。

 姉妹たちも明らかに困惑の色を浮かべた表情で見ていたし、俺の思い過ごしだというわけでもないはずだ。


 普段は何事もテキパキとこなすあのメイドの単なる体調不良とも違う様子がなかなか頭から離れない。


 しかし、まだ一週間程の付き合いしかないただの同僚にそれをどうにかするような事は出来るわけもない。

 もし精神的な問題だとしたら、俺より付き合いも長く、お姉さまと呼ぶほどに慕っているリノがきっと上手く対応してくれているだろう。少し心配だが。


 そうして一つ目の懸念を頭から一旦追い払うと、次に思い浮かぶのはあの妖艶な母親が残していった言葉。


 イスナと仲良くなる方法を後で教えると言い残した後ろ姿を思い出す。


「後でってなんだよ……」


 湯船に口元まで浸かって呟くと、その振動で水面が微かに震える。


既に夜も更けて日付が変わろうとしている時刻。

 あの母親が示した『後で』がいつの事を指しているのかは分からないが、今度は一体何を企んでいるのか不安でならない。


 下手すれば今この瞬間に何かを仕掛けてきてもおかしくない。


「いや……流石に考えすぎか……」


 この短い期間に色々ありすぎたせいで猜疑心が少し強くなりすぎている気がする。


 流石のあの人も、入浴中の俺を強襲したりはしないだろう。


 浴槽の縁を掴んで立ち上がると、湯で温められた身体が僅かに入り込んできている外気に触れて少しだけひんやりとした感覚を覚える。


 休日も終わり、明日からは再び授業が始まる。


 今日はエシュルさんに振り回されっぱなしでサンとフィーア以外の三人との距離を縮める事は出来なかったから、明日からは更に気合を入れて頑張らないとな。


 そう決意を込めて、出口の扉に手をかけると……


「え?」


 力を込める前に何故か扉が開かれた。


「へ?」


 扉の向こう側に突如として現れたのはイスナ。


 彼女は大きく見開いた目で俺を見据えたまま、まるで故障した機械人形のように固まっている。


 シュっと一本筋の通った高い鼻。瑞々しさのある唇。きめ細かい白い肌。

 これまでにない近さで見る整った顔立ちは母親によく似ている。


 いやいや、冷静に観察している場合ではない。

 ここは浴室、今入浴を終えて外に出ようとしていた俺は当然全裸だ。

 そして、今まさに浴室に入ろうとしていたイスナも当然……。


 視線を僅かでも動かす事は出来ない。

 少しでも動かせば、教師として見ては行けない部分が視界に映ってしまう可能性がある。


「よ、よう……」


 ようやく開く事の出来た口から出たのは何故かそんな言葉だった。


 俺が口を開いたと同時に今度はイスナの視線がゆっくりと降下しはじめる。


 それがある地点まで達したと同時に――


「きゅぅ……」


 小動物のような鳴き声を発してイスナはへなへなと床に崩れ落ちた。


「お、おい! イスナ!」


 それが完全に崩れ落ちる前にその身体を支える。


 柔らかい。


 否応なく、その感覚が腕の中に生まれる。


「か、から……おと……こ……にくぅ……」

「大丈夫か! しっかりしろ! 誰かー! 誰か来てくれー!」


 何故イスナがここにいるのか、何故女性の身体はこんなに柔らかいのか。


 疑問は尽きない中、浴室に俺の叫びが響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る