第9話:自己紹介タイム
「えーっと、改めて。今日から君たちの教育係を務めさせてもらう事になったフレイ・ガーネットだ。よろしく」
一段高くなった場所にある教壇から、昨日と同じ順番で並んでいる五人の少女達に宣言をする。
外から射し込む陽気。
僅かに開いた窓から入ってくる心地よい風。
シャワーを浴びてさっぱりとした身体と合わさって、とても晴れ晴れとした気分だ。
しかし、五人の内の半数以上である三人の生徒たちからは相変わらず嫌悪全開の視線を向けられている。
特に次女のイスナと三女のサンはもはや敵意と呼べるほどの強烈な悪感情を抱いているのは明らかだ。
まあいきなり人間が自分たちの指導をするとなったらそうなるのは当然か。
とはいえ、引き受けた以上はこの子達の信頼を得て、教師としての務めを果たす必要がある。
「さて、今回はまた顔合わせだけって話だったけど……。それじゃあ寂しいから左から一人ずつ、自己紹介でもしてもらおうか」
もらった資料で五人の大体の情報は知っているが、百聞は一見にしかずというやつだ。
実際の人となりだけでなく、もしかしたらあの書類には書かれていないような情報が得られるかもしれない。
「それじゃあ一番左から、名前と……そうだな、得意なことでも言ってもらおうかな」
そう告げてから、全体を広く見据えていた視線を左端の子だけに集中させる。
「私からか……」
燃え盛る炎のような髪を持つその子が、背中に生えた大きな翼を誇示しながら立ち上がる。
「私はアンナ。竜人族の巫女セイスを母に持つ、魔王ハザールの長女だ。得意なことは……そうだな……」
アンナが口にしたその言葉は資料に書いてあった情報と相違ない。
竜人族と呼ばれる竜の特徴を持つ魔人族を母に持つ、五人姉妹の長女。
年齢は十八歳、性格は自信家で、あまりはっきりと表には出さないが他者を見下すような傾向がややある。
しかし、その性格に裏打ちされた実力は本物で今の時点で一軍を率いる将にもなれる。
特に武器を用いた戦闘では魔王軍でも右に出るものは数少ない。
「まだ修行中の身分故に自慢出来るようなものはないが、強いていうなら剣術だろうか」
謙遜しているように見えるが、その態度の裏に「自分はこの場にいる誰にも絶対に負けない」という自信があるのもはっきりと見える。
「よし、アンナだな。俺も剣にはそこそこ自信があるからいつか手合わせ願おうかな」
「それはいいな。私も父上が選んだフレイの実力は是非見てみたい。その時は胸を借りるつもりで挑ませてもらう」
俺のことを呼び捨てにしながら、アンナが再び着席する。
まあ先生と呼んでもらえるとも呼んでもらおうとも思っていなかったし、それが今の俺に対する評価だということは甘んじて受け入れておこう。
「えーっと、それじゃあ次は……」
アンナから視線をずらして、二番目の子に向ける。
次女のイスナは片方の手で頬杖をつきながら、むすっとした表情で明後日の方向を向いている。
昨日の態度から分かっていた事ではあるが、立ち上がって自己紹介をする気は微塵も無さそうだ。
「イスナ、恥ずかしくて出来ないのなら私が代わりにしてやろうか?」
アンナがからかうような微笑を浮かべながらイスナに向かってそう言う。
イスナはアンナの方を睨みつけるような表情で見る。
「イスナ、なんでも、以上」
そして、俺の方を見ずに座ったままぶっきらぼうな口調でそう言った。
人間界でも
得意な事はなんでもと自ら答えたように、資料にも武術から魔法、勉学に加えて家事のようなことまでそつなくこなすと書かれている。
性格は見ての通り、威圧的で他者に対しても自分に対しても厳しく、アンナとは別の方向にプライドも高そうだ。
頭から生えた二本のツノとうねうねと蠢いている黒い尻尾、腰まである深緑の長い髪の毛、その性格を表しているようなツリ気味の眼と見た目も特徴的だ。
……それと大きな胸も。
「イスナだな。よろしく」
また頬杖をついて明後日の方向を向いているイスナにその言葉は当然のように無視される。
この子は色々と手強そうだ。
続いて三人目。
昨日と同じく退屈そうにあくびをしているが、一応俺の方は向いている。
「んー? あー……あたしの番? えーっと、サン。得意なのは……体を動かすこと?」
気だるげそうにではあるが一応自己紹介を行ってくれた。
エルフと呼ばれる亜人族。
その中でも魔族寄りの存在であるダークエルフと呼ばれる種族を母に持つ十六歳の三女は、所在なげに青みがかった短い髪の先端を弄っている。
例の書類によると普段は快活で人当たりの良い性格をしているらしいが、今はそんな性格はほとんど窺えない。
早く外に出て身体を動かしたくて堪らないのか、机の下から見えている健康的な小麦色の足を交互にバタバタと上下させている。
「サンだな……。運動が得意っと……」
少し落ち着きが足りない旨も手元のメモ帳に記入していく。
「あ~……ほんとに退屈~……。なんでこんな事しなきゃなんないの~……」
「サンちゃん。お父様にもきっと何かの考えが……って、あっ! つ、次は私ですね。え、えっと……四女のフィーアと申します! 得意な事は……そのー……目下捜索中といいますか……が、頑張ります!」
俺に対して今のところ最も悪くない感情を抱いてくれてそうな四女のフィーアがたどたどしく自己紹介をしてくれる。
年齢はサンと同じ十六歳、母親は人間界ではヴァンパイアなどと呼ばれる吸血種の魔族。
ふわふわとした栗色の髪の毛とクリっとした大きな目から受ける印象通りに性格は穏やかだが、人一倍臆病でもある。
いつも姉妹の仲を取り持とうとはしているが余り上手くいった試しはないらしい。
そして、その資質については……姉妹の中で最も平凡、いや平凡以下で、きつい言い方をすれば落ちこぼれというやつらしい。
本人もそれを自覚しているからさっきのような自己紹介になったんだろう。
しかし、そんな子から未知の才能を見出すのが教師の役割でもある。
「フィーアだな。頼りないかもしれないけど、これから一緒に頑張ろう」
「い、いえ! そんな事は! こちらこそよろしくお願いします!」
フィーアは可愛らしくペコペコと何度かお辞儀してから着席した。
手元のメモ帳にフィーアの事を書き終え、次の子へと目線を向ける。
全身を大きなローブで包んだ五人目の娘は、意外な事に自分の順番がやってくるとすっと立ち上がった。
「……フェム」
そして、見た目からは想像できない可愛らしく小さな声でそう言うと、すぐに席に座った。
五女のフェム。
見た目通りの謎さは俺に対してだけではないらしく、ロゼから貰った資料でもそのやけに情報量は少なかった。
十五歳で、魔族においてもかなり珍しい幽鬼種の母親を持つとのこと。
非常に内向的な性格で、読書が好き。
その資質に関しては一切不明だが、魔法に関する異常現象が近くでよく発生すると特記事項に記されていた。
しかし、一応こうして自己紹介をしてくれたってことは意外と俺に対して悪印象は抱いていないのかもしれない。
「フェムだな。でも、もう少し大きな声で言ってくれると助かるかな」
フェムは俺のその言葉に何の反応も示さずに、ただじっとしている。
他の四人は大体どんな子なのかは掴めたが、この子に関してだけはまだ全く分からない。
辛抱強く接する必要がありそうだ。
ともかく、これでなんとか五人全員に自己紹介をさせる事には成功した。
それは限りなく小さな一歩ではあるが、この教師生活にとっては重要な第一歩目でもある。
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