第8話:説明と決心
「まじであの子達は魔王の娘なんだな!?」
「正真正銘、まじで魔王ハザール様のご息女方です」
俺に合わせてくれたのか、若干砕けた言葉遣いで答えてくれる。
「……分かった。とりあえずは信じてやる」
「ご理解いただきありがとうございます」
まだ完全に信じたわけではないが、これ以上問答を繰り返しても同じ返事しか戻ってこなさそうだ。
とりあえず次の質問に移ろう。
聞きたい事はまだ山程残っている。
「どうして俺なんだ? あの子達も言ってたが俺は人間だぞ」
人類と魔族は何百年、いや何千年も昔から争い続けている。
魔王がその力を十全に発揮して人類の生存圏を大きく脅かしたかと思えば、人類から勇者と呼ばれる者が出現して魔族の勢力圏を押し返す。
そんな交互に重しが載せられる天秤のような状態が大昔からずっと続いている。
ここしばらくは大きな争いもなく実質的な休戦に近い状態ではあるが、かといって交流があるわけでもなく。
至る所に残っている争いの火種が、いつ大火となるかも分からない状態が続いているだけだ。
そんな中で人間の俺をよりにもよって魔王の娘たちの教育係として迎え入れようとしているのは冗談じゃなければ頭がどうにかしているとしか思えない。
「あらゆる要素を加味した上でフレイ様が最も適任であると判断したからです」
「判断? 魔王がか?」
「ハザール様もそのお一人ではあります」
「それはつまり、他にも関わってる奴がいるって事か?」
その質問に対して、ロゼは沈黙を続ける。
どうやらこれには答えられないらしい。
「それはまあいい。けど、俺が適任って言うのはどういう事なんだ? 確かに人間の学校で教師はしてたが、魔族への指導なんてのはやった事もないぞ」
俺でなくとも、人間で魔族への指導を行った者がいるなんてのは聞いたことがない。
そもそも魔族に学校や教師という概念があるのかすら知らない。
「その件につきましてはご心配ありません。フレイ様はこれまで通りの指導を行って頂くだけで大丈夫です」
「人間の学校でやってたのと同じ指導を? 魔王の娘に?」
「はい」
ロゼが迷うこと無く答える。
人間流の教育を魔族にしろとは、ますます混乱してくる。
「それで? 目的は? 最終的にあの子達をどうしたいんだ?」
「フレイ様のご指導の下、あらゆる魔族の上に立つ者としてご成長してもらうことです」
あらゆる魔族の上に立つ者として成長……。
先刻、一番年長者と思われるアンナという子が後継者争いと言っていたのを思い出す。
あの話を合わせて考えれば、これはつまりは俺に次代の魔王を育てろと言っているに他ならない。
「……本当は他に何か目的があるんじゃないのか?」
「いいえ、ありません。それが全てです」
相手の出方を窺うため、強い語気を込めて発したその一言もあっさりと返される。
裏に隠されている意図を探るように、その黒真珠のような瞳をじっと見つめる。
しかし、一切の感情を感じられないそれからは何を考えているのかを読み取れない。
「そもそもそんな話を受けると思ってるのか? 『人間』の俺が?」
「はい、それも含めてフレイ様が最もお嬢様方の教育係として適正であると判断しています」
さっきから適正適正と言っているが、こいつは一体俺の何を知っているんだ。
ふざけやがって、その話が本当だとしたら俺に断られて困るのはこいつらのはずだ。
魔王の娘だか知らないが、こんなめちゃくちゃな連中に付き合う必要はない。
さっさと断ってこんな怪しい場所からは立ち去ってやればいい。
頭ではそう考えるが、その為の言葉が出てこない。
そして互いに視線を合わせて向かい合ったまま、時間だけが経過していく。
「ご質問は以上でよろしいでしょうか? でしたらお部屋をご用意しておりますので、今晩はそこでごゆっくりとお休みください」
数分ほど無言の時間が続いた後にロゼはそう言うと、出入り口の扉を開いて俺についてくる事を促してくる。
その後のことはあまり覚えていない。
気がついたら俺は自宅で使っていた物の十倍は心地よく、百倍は高そうなベッドの上で横になっていた。
案内し終えたロゼは『明朝までにご決断ください』とだけ言って、いくつかの書類を残して出ていった。
横になったまま、すぐ側にある小さなテーブルの上に置かれたその書類に手を伸ばす。
そこにはあの五人姉妹の身長と体重から性格、嗜好や適性など、総合的な所見が事細かく記載されている。
学院時代につけていた生徒たちの調査書とほとんど変わらないそれを一人ずつ、じっくりと読み込んでいく。
あの五人も魔族である事を除けば、あそこにいた生徒たちと変わらないまだ十代の若い女の子だ。
これからの経験や教育次第でどう成長し、どんな大人になるのかも分からない。
無限の可能性を秘めた存在。
人間の世界で俺の道はもはや完全に閉ざされている。
不祥事で学院をクビになったという話は教育界だけでなく、すぐにあらゆる界隈に広がっていくだろう。
そうなれば、戻ったとしても出来るのは精々肉体労働で日々食い繋ぐくらいだ。
そんな生には何の意味もない。
何の為に血の滲むような努力を積み重ねてきたのか思い出せ。
与えられた選択肢、出来ること、やるべきことは再び一致している。
なら答えは一つしかない。
大きな決意を固めて、目を閉じる。
予想を超えた出来事に疲れた身体は、あっという間に心地の良いまどろみに包まれた。
*******************
翌朝、目が覚めると同時に入り口の扉がノックされる。
まるで部屋の外で俺が起きるのを見計らって待機していたんじゃないかと思うようなタイミングだ。
「どうぞ」
あの見た目からして有能そうな侍女ならばそれくらいやりかねないと思いながら、扉の外にいる人物に向かって言う。
「失礼致します。ご朝食をお持ちいたしました」
扉の向こうにいたのは当然のようにロゼだった。
もう一人使用人がいるとは言っていたが、まだその人物とは一度も顔を合わせていない。
「彼女らの教育係の話、引き受けることにした」
給仕用のカートを押しながら部屋に入ってきたロゼにそう告げる。
彼女は一瞬だけほんの少しの驚愕と嬉しそうな表情をその整った顔に浮かべる。
「はい、了解いたしました。では、朝食後に再び顔合わせを行わせて頂くのでその前に湯浴みの準備をさせていただきます」
珍しいものを見たと心の中でほくそ笑んだのも束の間。
ロゼはすぐにいつもの無表情に戻り、落ち着いた所作で朝食を机の上に並べていく。
もう後戻りは出来ない。
これで俺はあの五人の姉妹を立派な魔王へと育てる教育係になった。
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