営業マンが自販機の前で買ったばかりの缶コーヒーを落とした


缶とアスファルトが生み出す重低音が、奴らの世界と私の世界を隔てていた壁を消してしまい、攻撃を受けてしまった。

空き缶だったら何も感じなかったのに……。

営業先で営業マン同士がかぶるのはよくあること。

私と入り代わりで、そいつが来た。

業種にもよるが、仕事をしているときは年相応の自分でいなければ何かと不便だし評価されないことが多い。

営業中は、家族あり、友人あり、恋人あり、結婚あり、子供ありの現在または過去を持った年相応の自分を演じきる。

車の運転席に戻った途端、それは解除され、家族なし、友人なし、恋人なし、結婚なし、子供なしの現在と過去しかないゴミに戻る。

向こうの人生は送れない、年齢的にも精神的にも運命的にも。

生きる意味、気力、目的、希望は、その確定時に無くなった。

向こうの人間たちは、家族、友人、恋人、結婚、子供という概念の中でその現実を享受していた過去が、たとえどんな短い時間であっても必ず存在している。

その優劣を、努力・我慢・行動・ポジティブ・ネガティブ・前向き・後向き・プラス・マイナス・諦める・諦めないという言葉を使って、同じ世界にいるにもかかわらず、劣勢に立たされた被害妄想者たちが不平不満として撒き散らしている。

さっきの営業マンが仕事を終えて、私の目の前に止めた車に乗り込む直前、すぐ横にある自販機で缶コーヒーを購入。

次の瞬間、あの重低音とともに、辺り構わず撒き散らされた被害妄想者の放った矢の一本が、私の脳に突き刺さった。

私の方が……、私だって……、私の方が……、私だって……。

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