火消し壺


コンビニで、恋する人たちと出会う。

若くて美男美女だと、敗北感がチクッと突き刺さる。

そのあと、家族なし、友人なし、恋人なし、結婚なし、子供なしで終わった1回きりの人生に対する無念と絶望がジワリと湧いてくる。

不思議とそういうカップルとは店内で何度もすれ違う。

この30年間、仕事と拘禁施設以外で誰かと過ごしたり会話したりした時間の合計、全部足しても24時間いかない。

生涯の孤独が確定した瞬間から、すでに生きる意味、気力、目的、希望は無い。

大量の薬で、寝たきりと排泄垂れ流し化を防いでいるだけ。

私はデートどころか、あんな風に買い物をしたことすらない。

もう恋ができる年齢ではないので、何もできずに終わった1回きりの人生に対する無念と絶望が、まるで火消し壺の中でむなしく消えゆく炎のように、余生という暗闇を照らすだけ。

火消し壺は、基本的にはアウトドアグッズ。

友がたくさんいて、恋をいっぱいして、恵まれた環境の中で充実した人生を送ってきた奴らが、休暇を楽しむために使う。

私の場合は練炭自殺を図ろうと計画していたときに、試行錯誤中、火を消すための道具として、たまたま持っていただけ。

結局、飛び降りてしまったので、練炭は使わずに、今も車に積んだまま。

孤独死を待つだけの人間が、若い恋する人たちと出会うたびに、水をぶっかけて一気に消されるのではなく、火消し壺の中で徐々に磨り減るように消されていく命に対して、無念と絶望を感じずにはいられない。

私は敗北するために生まれ、敗北するためだけに存在した。

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