[詩集] バースライト

Kaede.M

バースライト


私は何のために生まれ、何のために存在した?

何が楽しくて生きた?

孤独すぎるほど孤独な人生とその存在にはどんな意味があった?

毎日毎日1分1秒、この世に会話の相手が1人もいない。

この30年間、仕事と拘禁施設以外で、誰かと過ごしたり会話したりした時間の合計、全部足しても24時間いかない。

家族なし、友人なし、恋人なし、結婚なし、子供なし、会話の相手1人なしの1回きりの人生。

年齢を重ね、それが確定したと思えた瞬間、私は自暴自棄の世界に身を委ねた。

徐々に消えていった人間性。

逮捕・収監、拘置所、有罪判決、刑務所、自死ダイブ、閉鎖病棟、ホームレス収容施設、薬物中毒、解離障害……。

一周しただけで、悟りの領域にまで来たという勝手な感覚。

自分で親は選べない。

生まれた瞬間の場所、年代、環境も自分では選べない。

そこに生まれたという運命と、その壮大な渦の中でしか生きられない儚さと虚しさ、限界ギリギリまで、持って生まれた能力を使ったとしても届かなかったときの無念と絶望……。

私は届かなかった。

恵まれた環境で生まれ育った人間たちは、努力・我慢・行動・ポジティブ・ネガティブ・前向き・後ろ向き・プラス・マイナス・諦める・諦めないという言葉をすぐに使いたがる。

他人が上手くいっているのに私が上手くいかないのは、そんな薄っぺらい言葉たちのせいではなく、運命とその渦の流れにあると、なぜ人間たちはわからないのだろうか?

一周しないと見えない景色があるのは事実。

そんな薄っぺらい言葉を使っている時点で私は見抜いてしまう、幸せな人生を無理やり不幸という殻に閉じ込め、被害妄想を盾に、他人から、または、他人に対して、承認されたい欲求と愛されたい欲求を満たしてもらおうとしていることを。

小さな世界観から私に向かって説教するなよ、まるで、だだをこねる子供みたいに……、聞いているだけで疲れ果てる。

今までいろんな人間と出会ってきたけど、そんな幸せを押し殺した薄っぺらい世界観の人間しか見たことがない。

そういう言葉を口にする人間は、必ず、過去に家族がいたり、友人がいたり、恋人がいたり、結婚していたり、子供がいたり、そのどれか1つでも、たとえ短い時間でも存在している。

そういう世界観の中で、人々は出会い、喜び、恋をする。

逆に、そこに存在していないと、もう、何も望めない。

私は、生きる権利が初めから無かったし、途中からそれを手に入れる手段も無かった。

終わってしまえば、まだ見ぬ景色が、まるで経験したかのように残像となって浮かんでくることくらい知っていたけど。

楽しそうに友達と……、楽しそうに恋人と……。

ありとあらゆる場所で、ありとあらゆる状態や局面で……。

一度も手に入れられない屈辱、無念と絶望、そして孤独。

残ったのは自殺か殺人かという選択肢のみ。

そんな私をあのような薄っぺらい言葉で見下し、馬鹿にし、侮辱した後で、「私、頑張ってます」感を全面に押し出し、その言葉たちと共に勝ち得たものだという勘違いに加え、承認欲求と愛され欲求を叶えようとする小さな世界観の他人たち。

恋人、作れなかった、たったの1度も……、たった1回のデートすら……。

私は何のために生まれてきた?何のために存在した?

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