お嬢様のために 6

 パーティーが恙無く終了した後。

 ソフィア派に所属するお嬢様方の使用人に聞き込みを開始する。その結果、アリシアやフェリスお嬢様にも一方通行の縁談が持ち上がっていることが発覚した。


 以前、アリシアとパメラが話していたのもそのことについてだったようだ。どうやら、ソフィアお嬢様に迷惑を掛けることを嫌い、自分達でなんとかしようとしていたらしい。

 それらの情報を纏めた俺は、早々にグレイブ様の執務室を訪れていた。


「ふむ。その三人に望まぬ縁談が舞い込んでいるというのは分かった。だが、それで私にどうしろというのだ?」

「ソフィアお嬢様は、三人の後ろ盾になることをお望みです」


 今回の一件は『よもや、うちとの縁談を断るなどとは言わないだろうな』と上位の貴族に圧力を掛けられているようなものである。

 同時に、グレイブ様が『うちの娘の友人にちょっかいを掛けつつもりか?』と牽制すれば解決してしまうような問題でしかないのだ。大雑把に言えば、であるが。


「後ろ盾か。その者達の実家は後ろ盾を持っておらぬのか?」

「その辺りについてはこちらに纏めてあります」


 親しい貴族は存在していても、今回の一件では力になってもらえない。後ろ盾というほどの関係ではないことに加え、その『友人』から圧力が掛かっているのが現状。

 それほど、ソフィアお嬢様の影響力が働いているらしい。


「なるほどな。だが、ローゼンベルク侯爵家が安易に後ろ盾になる訳にはいかぬ。その三人は、ローゼンベルク侯爵家が後ろ盾になるのに相応しい相手なのか?」


 グレイブ様であれば、その三人の人格はもちろん、家柄や領地の経営状況も知っているだろう。だからおそらく、この質問は俺を試しているのだろう。

 その期待に応えるために、俺はもちろんですと資料を手渡した。


「まずは各領地の経営状況です。決して豊かとは言えませんが後ろ暗いことはありません」

「……なるほど、よく調べてあるな。ここまで詳細な数字を出すとは思わなかったぞ」

「ありがとう存じます」


 いま提出した資料は、事前に調べていた情報を纏めたものである。ジャガイモを栽培する候補地を選んだりするために調べていたのが思わぬところで役に立った。


「続けて三人の人柄ですが、彼女達はソフィアお嬢様を巻き込むまいと自分達の窮地を黙っていたのですから、その資質は問うまでもないでしょう」

「なるほどなるほど。たしかにソフィアにとって掛け替えのない相手のようだな」


 グレイブ様はどこか答え合わせをしているような面持ちで頷く。


「だが、後ろ盾になると言うことは、今回の一件で終わりではない。いずれは彼女達の縁談の世話をする必要も出てくると考えるが、そこまでする価値はあるのか?」

「彼女達は、ソフィアお嬢様の恩恵を受けていらっしゃいます」


 たとえばジャガイモの栽培がそうだ。いずれは派閥のメンバー以外の領地でも広がっていくだろうが、先行組という優位性は失われない。

 これは紅茶の淹れ方や、今後ソフィアお嬢様が伝えるであろう他の技術も同じだ。


 彼女達が別の派閥に取り込まれた場合、その立場が利用されないとも限らない。ソフィアお嬢様が彼女達を切り捨てれば話は変わってくるが……それはあり得ない。


 後ろ盾になる責任を考慮しても、彼女達にはそれだけの価値があると説得する。

 果たして、グレイブ様は満足気に頷いた。


「良いだろう。シリル、そなたがそう望むのなら引き受けよう」


 これによって、あっさりとパメラ達の縁談問題は解決した。

 あっさりしすぎて拍子抜けだ。まるで、俺から提案するのをグレイブ様が待っていたかのような……なんて、さすがに考えすぎだろうか?



 話を終えて執務室を退出した俺は、出待ちをしていたアーネスト坊ちゃんに捕まった。そうして彼に連れられ、食堂で顔をつきあわせることとなる。


「私にお話とは、なんのご用でしょう? 留学の件でしたらお断りしたはずですが……」

「その件ではあるが、留学させようというのではない。シャルロッテ皇女殿下が待ちきれなくなったとかで、いますぐ留学すると言い出してな」


 はあ? と素っ頓狂な声を上げそうになり、辛うじて飲み込んだ。もともと来年から留学の予定があったとはいえ、皇女がそんな簡単に予定を繰り上げて良いはずがない。


「……冗談、ですよね?」

「俺としては冗談であることを願っているが……数日中に到着するらしい。シャルロッテ皇女殿下だけでなく、ハロルド皇子殿下共々、な」

「それはまた、なんというか、行動的な方々ですね」


 皇族と言えば普通、何ヶ月も前から予定を決めるのが普通だ。その予定をいきなり変更して、数日後にやってくるなんてフットワークが軽すぎだ。


「行動的であるのは事実だが、シャルロッテ皇女殿下にとって、おまえの編み出した魔術の技術がそれだけ衝撃的だったということだろう」


 納得すると同時に、困ったことになったと眉をひそめる。

 ソフィアお嬢様の願いを叶え、フォルシーニア殿下を救ったことに後悔はない。だけど、皇女殿下が即座に留学を早めるほどの技術を公開してしまったのは失敗だった。


 せめて、情報統制を掛けてもらうくらいは……無理だな。フレイムフィールド皇国に王女を救う方法を問い合わせていたのだから、彼女が救われた時点でいずれバレる。


 それに、済んだことを後悔しても仕方ない。

 重要なのは、これからどうするか、ということだ。


「……状況は理解しました。それを私に教えてくださったのは、いまのうちに対策を立てろと言うことでしょうか?」

「おまえがどう受け取るかはおまえの勝手だ。だが、その前にもう一つ伝えておくことがある。これは、ソフィアも既に了承していることではあるが――」


 重苦しい口調で続けられた言葉に、俺は承りましたと頭を下げた。



     ◆◆◆



 時間は少しだけ遡り、シリルがアーネストから話を聞く少し前。


「ソフィア、おまえに話がある」

「アーネストお兄様がわたくしに話、ですか?」


 廊下を歩いていた妹を呼び止めると、彼女は少しだけ警戒するような素振りを見せた。

 小さな頃は「おにぃさま、あそんでください」と甘える素振りを見せていたソフィアが、いつの間にこんな風になってしまったのかとアーネストは嘆く。


(……いや、俺は肝心なときにソフィアを護れなかった。妹を護ったのは俺でも父上でもなく、ただの執事でしかなかったはずのシリルだ。そのシリルを取り上げようとしたのだから、ソフィアに警戒されるのは当然だな。それに、今回も……)


 アーネストはそう独りごちて、小さな溜め息をついた。だが、ソフィアが不審がるように見ていることに気づき、慌ててなんでもないと首を横に振る。


「話というのはフレイムフィールド皇国の皇子と皇女の話だ」

「シリルは手放しませんよ?」


 まるで宝物を取り上げられそうな子供のように、半身になって警戒心を露わにする。だが、そこに浮かんだ表情はとても子供とは言えない。

 妹は、その感情がなんなのか理解しているのだろうか――と、アーネストは考える。そうして、理解していなければ叶わぬ願いに悲しむことはないのだがと憂慮する。


「……お兄様?」

「いや、シリルを留学させろという話ではない。シャルロッテ皇女殿下から連絡があり――」

「すぐに留学するとでも伝達がありましたか?」

「……その話をどこで聞いた?」


 その情報はまだ一部の者しか知らず、ソフィアの耳には入っていないと断言できる。にもかかわらず、なぜ知っているのかと首を傾げる。


「……知っている訳ではありません。ですが、シリルのことなら分かります。シリルのすることはいつだって、周囲の注目を惹いてしまいますから」

「シリルの魔術が、隣国の皇女が飛んでくるほどの技術だと理解していた、と?」

「でなければ、フォルシーニア殿下を救えるはずがありません」

「……なるほどな」


 アーネストはどこかで、魔術については後進国であるエフェニア国の、一介の執事が生みだした魔術でしかないと軽く考えていた。

 魔術の先進国であるフレイムフィールド皇国ですら生み出せなかった技術であるという事実を、無意識のうちに隅に追いやってしまっていたのだ。


 ソフィアはおそらく、それを理解したのではない。

 ただ、シリルへの信頼から、その結論へと行き着いてしまったのだ。

 深い絆で結ばれていると思う反面、明らかな依存であると不安になる。今後のことを考え、妹の不憫を嘆くアーネストだが、もはや状況は覆らない。


「おまえが理解しているのなら話は早い。シャルロッテ皇女殿下とハロルド皇子殿下が数日中に留学してくるらしい。そのうえで、シャルロッテ皇女殿下はシリルを案内役に。ハロルド皇子殿下はソフィアを案内役に指名している」

「わたくしとシリルが案内役、ですか?」


 ソフィアはコテリと首を傾げるだけで、大きな反応を見せなかった。だがそれは表面上の話で、アメジストのごとき瞳の奥には不満が滲んでいる。


 それも無理からぬことだろう。

 二人の留学に政治的な意図が絡んでいることは明らかだ。端的に考えれば、ハロルド皇子殿下の狙いはソフィアで、シャルロッテ皇女殿下の狙いはシリルに他ならない。

 前者は政略結婚で、後者は優秀な人材として。ソフィアが自分の想いに気付いているのなら、それは決して受け入れられぬ現実だ。

 だが――


「これはハロルド皇子殿下からの要請を受けた国王陛下からの指示であり、父上もその話を了承している。それがどういう意味なのか……分かるな?」


 これはただの依頼――という訳ではない。

 いや、事実これは案内役の依頼でしかない。だが、その先にソフィアが求婚される可能性は非常に高く、シリルもまた引き抜きに遭う可能性が高い。


 それを踏まえての要請。

 状況が進んでから知りませんでしたといっても全ては手遅れだ。もしその時点で断るというのなら、神々を敵に回すことに・・・・・・・・・・なるだろう。


 ソフィアがそのような愚行に走るはずはなく、また国王陛下や父上も、ソフィアがその程度の分別も出来ぬ愚か者とは思っていない・・・・・・だろう。


 ゆえに、その未来から逃れるのはいましかない。全てを投げ打って駆け落ちでもすれば、妹にとって一番大切なモノだけは失わずに済む。


 ――と、そんな未来しか用意できなかった自分を腹立たしく思う。

 アーネストは妹を心から大切にしている。ゆえに、ずっと兄として護っていきたいと考えている。だが妹が心から頼っているのはシリルに他ならない。

 それをこの短期間で嫌と言うほど思い知った。


 ハッキリ言って業腹だ。

 可愛い妹を、執事に奪われるなどあってはならない。だが、ソフィアがそれを望むのならば、それが幸せだというのなら仕方ない。

 血涙を流してでも、それを叶えるのが兄の役目だろう。


 だから――ソフィアがこの指示を拒絶するのなら、シリルと駆け落ちでもなんでもすれば良い。あの小憎たらしい少年と一緒なら、どこでも生きていけるだろう。

 ソフィア一人がおらずとも、ローゼンベルク侯爵家が傾くことはない。ローゼンベルク侯爵家におまえのような愚か者はいらぬと唆すつもりだった。

 だから――


「ハロルド皇子殿下の案内役、たしかに承りました」


 妹の口から零れた言葉がなにを示しているのか、アーネストは理解できなかった。その言葉を何度か反芻し、ようやくソフィアが案内役を引き受けたのだと理解する。


「……なぜだ?」

「なぜ? 陛下のご指示で、お父様も了承なさっているのでしょう? であれば、わたくしがその要請を断ることなどありませんわ」


 だが、その要請を受けると言うことは、自分達の未来を決定するも同然だ――とそこまで考えたアーネストは、ソフィアが自分の想いを理解していない可能性に思い至った。


(いくら優れた能力を持っていても、結局は無垢な子供でしかなかったと言うことか……)


 いつか自分の想いに気付いたとき、それがもはや叶わぬ恋だと知ることになるだろう。その瞬間が来ることを思い浮かべたアーネストは、妹のことを哀れだと思った。

 



   ***あとがき***


 お読みいただきありがとうございます。

 ここで折り返しで、次回から中二日で投稿させて頂きます。

 正直なところそのペースでも後が続かなくなるんですが、非常事態宣言中は出来るだけペース落とさずに三章は投稿しきって、その後は後になったら考えます(笑

 

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