生徒会の試金石 2

 フォルから試験の内容を聞いた後。お嬢様が先に帰っていることを確認した俺は、一人で王都にあるローゼンベルク家の別宅へと帰還する。

 すると、なぜか部屋の前でルーシェが待っていた。彼女は俺を見るなり「お嬢様がお待ちです」と用件を告げる。


「お嬢様の部屋に行けばよろしいでしょうか?」


 なんとなくデジャビュを感じながら問い掛けると、彼女は予想通り首を横に振り――


「お嬢様はこちらでお待ちです」


 扉を開け、部屋の中へと俺を押し込んだ。予想していた俺は静かに部屋に入る。背後の扉が閉められるのを確認して意識を正面に移すと、そこには仁王立ちのお嬢様。


「……シリル、どこに行っていたのかしら?」

「生徒会でフォルさんから試験についての話を聞いていました」

「生徒会室で、二人っきりで、ですか?」

「いまのお嬢様と私のように、二人っきりで、ですね」


 さらりと指摘すると、お嬢様はほんのりと頬を赤く染めた。ポーズは仁王立ちだが、あまり怒っているように見えない。

 そもそも、フォルの用件が分からないお嬢様じゃない。……もしかして、前回同様に怒ったフリをして、俺と二人っきりになる口実を作ったんじゃないか?


「ち、違いますよ?」

「……まだなにも言っていませんが?」


 語るに落ちるとはこのことだ。

 侯爵令嬢は基本的に異性と二人っきりになることがない。大抵は他の使用人、ルーシェを始めとしたメイドがどこかに控えている。

 乙女心は分からなくもないが……味を占められては困る。

 ソフィアお嬢様に手を伸ばし、その柔らかな頬に手のひらを添える。

 そして――


「次にこんなイタズラをしたらお仕置だからな?」


 お嬢様の耳元で囁いた。

 お嬢様がびくりとなって俺から後ずさった。それを確認した俺は「ルーシェ、もう良いから入ってきなさい」と普通のボリュームでしゃべる。

 俺の予想通り、ルーシェがすぐに部屋に入ってきた。

 共犯者とおぼしきメイドを軽く睨みつけた後、俺はお嬢様へと視線を戻す。


「お嬢様、話を戻しても良いですか? ……お嬢様?」


 反応がないと視線を戻すと、なぜか彼女は真っ赤になって硬直していた。

 ……ふむ。甘く囁かれたのならともかく、お仕置きと言われてなぜ頬を赤く染める必要があるのだろう? 妙な扉を開いてなければ良いのだが……


 ルーシェが、俺に向かって『なにをしたんですか?』と言いたげな視線を向けてくるが、とんだ濡れ衣だ。お仕置きするといってこんな反応をされるとは夢にも思うはずがない。


 ――閑話休題。

 たっぷり数十秒は硬直していたソフィアお嬢様が、咳払いをして佇まいをただした。


「シリル、生徒会でなんの話をしていたのですか?」


 さっきまでのあれこれなんてなかったかのような振る舞い。だが、その頬はまだほんのりと赤く染まっている。……なんだこの可愛い生き物は。

 だが、お嬢様が頑張って誤魔化しているのだ。誤魔化されてあげるのが執事の仕事だろう。


「実は、お嬢様が生徒会入りを諦めるように説得してほしいと迫られました」

「そうですか。それで、どのような試験を課せられたのですか?」


 俺がどう答えたのか確認することもなく、試験の内容に言及した。つまりは、俺がフォルの要請を受けるはずがないと信頼してくれているのだ。

 思わず口の端が緩んでしまう。


「どうかしましたか?」

「失礼致しました。うかがってきた試験の内容をお伝えします。現在、アルフォース殿下のお立場は微妙なものとなっています。その殿下の立場を向上させよ、というものでした」

「……それが試験だというのですか?」


 お嬢様が珍しく目を丸くする――が、それも無理からぬ反応だ。

 内容的には、失態を犯して立場をなくした少年の名誉を挽回して欲しいという単純な話だが、その少年はこの国の第二王子。能力を疑っている人物に任す案件ではない。


「一応、王族関係者に話は通っているようです」


 フォル自身が王族なのだが、少し思うところがあってその事実を伏せた。

 無論、本来であれば許されぬ行為だ。もしかしたら、将来ソフィアお嬢様にお叱りを受けるかも知れないが、俺はそれを覚悟の上で情報を伏せた。

 それはともかく――


「彼女はやはり、わたくし達の能力を知った上で、生徒会入りを拒んでいるのですね」


 ソフィアお嬢様はその事実を確信したようだ。

 どのような形であれ、王族の許可を得ておこなわれる試験。俺達がアルフォース殿下の名誉回復に失敗すれば、その試験をおこなったフォルにまで責任が及ぶ。

 つまり、フォルは俺達が依頼を達成させると確信している。そのうえで、難癖をつけて、俺達を不合格にするつもりなのだ。


「試験の合否は彼女のさじ加減一つですからね」

「試験を出したのは彼女。合否を判断するのも彼女。わたくし達を認めるかどうかは、わたくし達の生徒会入りを望んでいない彼女に委ねられていると言うことですね」

「いまなら引き返すことも出来ますよ?」


 試験を受けたのは俺の勇み足だったということにできる。


「あら、シリルは合格できないと思っているのですか?」

「いいえ。少々難題であることは事実ですが、合格する方法はいくらでもありますから」

「ならば問題ありませんね」


 ふっと口の端を吊り上げた。お嬢様が悪い顔をしている。


「お嬢様、はしたないですよ」

「あらごめんなさい、でもこれ、シリルの真似ですよ?」

「……え?」

「気付いていなかったんですか? シリルが悪いことを考えているときの顔です。いまもそんな風に笑っていました」

「……悪いことは考えていませんよ」


 ルールの穴をつく方法を考えていただけだ。ルールに違反するのではないのだから悪いことではない。そんなことを考えていたらクスクスと笑われてしまった。

 考えを顔に出しているつもりはないんだが、お嬢様には筒抜けなようだ。


「シリルの忠告には感謝しますが、引き下がるつもりはありません。アルフォース殿下の地位を向上させるという功績は出来れば手に入れたいです」

「……なるほど」


 お嬢様の目的のために必要なのだろう。その目的がなにかは想像しか出来ないが、学園に通い始めたお嬢様の行動を見ればなんとなく予想はつく。

 だから――


「生徒会から課せられた試験ですが、シリルが主導でおこなうことは可能ですか? 必要であればもちろんわたくしも動きますが、出来ればシリルが前面に立って欲しいのです」

「ソフィアお嬢様がそれを望まれるのであれば」

「望みます」


 お嬢様が侯爵令嬢である限り、手足となる俺が動くことには変わりがない。だが、ソフィアお嬢様の命令の下に動くのと、俺が前面に立って動くのでは意味が異なる。

 わざわざ俺に任せようとするのは、目的を達成するために必要だから。それがお嬢様の望みだというのなら、俺が反論する理由はなにもない。

 ゆえに、俺はその場で頭を垂れた。


「お嬢様の名の下、アルフォース殿下の地位を向上して、試験に合格してご覧に入れましょう。どうか、安心して吉報をお待ちください」



 翌日の放課後。俺はアルフォース殿下に面会を求めた。

 といっても、一介の使用人が殿下に取り次いでもらえるはずがない。まずは伝言をお願いするつもりだったのだが――なぜか顔パスで通されてしまった。

 ……意味が分からない。


「シリル、僕になにか用事かい?」


 ついでに、姿を現した殿下が気さくに話しかけてくる。あまりの出来事に一瞬意識が飛んでいた俺は、ハッと我に返って佇まいをただした。


「アルフォース殿下、突然お呼びだてしてすみません」

「なにを言うんだ。シリルがそんな気遣いは必要ないよ」


 耳がおかしくなったかと思ったが、どうやら気のせいじゃなさそうだ。実際にアルフォース殿下が気さくに話しかけてきている。

 だが、執事たる者みだりに取り乱してはいけない。それに、殿下の行動にいちいち問い掛けることも許されない。俺は「恐縮です」と受け流し、用件を伝えることにした。


「生徒会より、殿下のお立場を改善するように協力せよとの要請があり参りました」


 結論から口にする。

 そうして殿下が疑問を抱いたことに応えていく予定だったのだが、返ってきたのは「聞いているよ。とても都合が良いね」という言葉だった。


「……都合がいい、ですか?」

「実は、解雇された教育係の代わりが見つかっていないんだ。どうしたら良いかと母上に相談したら、シリルを頼りなさい、と」

「……王妃がそのようなことをおっしゃられたのですか?」

「そうだよ。彼は信頼できるので、兄のように慕えとも言ってたかな」

「そぅ、ですか」


 久しぶりに戦慄させられた。

 先日の一件で、ソフィアお嬢様の能力が高く評価されたであろうことは想像に難くない。その結果、王族がお嬢様を取り込もうとするのは当然の流れだ。


 だが、そのための足がかりとして、俺を取り込もうとしてくるとは思ってもみなかった。

 たしかに、俺はソフィアお嬢様から大きな信頼を得ている。そんな俺を取り込むことが出来れば、ソフィアお嬢様から信頼を得ることも可能だろう。


 けれど、侯爵令嬢を取り込むための足がかりとして専属執事を取り込むなんて普通は考えない。そもそも執事が鍵になるなんて想像しない。

 つまり、王族がそれだけの情報網を持っているということだ。誰が糸を引いているのかは分からないが、かなりの切れ者のようだ。


 とはいえ、ソフィアお嬢様が侯爵令嬢で、アルフォース殿下が第二王子という立場も変わらない。なにがどうなるにせよ、付き合いは今後も続くだろう。

 第二王子を鍛えておけばお嬢様が楽になるかもしれない、という事実は変わりない。


「お話は理解いたしました。私がもっとも優先するべきなのはお嬢様に関することですが、いまはそのお嬢様に殿下のお立場を改善するようにと言われています。なので、なにか相談したいことがあれば遠慮なくおっしゃってください」

「本当かい? ぜひお願いするよ」


 目を輝かせるアルフォース殿下に、お任せくださいと臣下の礼を捧げる。こうして、俺はアルフォース殿下の臨時相談役という地位を手に入れた。


 俺はさっそくアルフォース殿下の地位向上について話し合うべく場所を移す。

 移動先は、お嬢様のお茶会でときどき使っているテラス席。殿下にはその席に座っていただき、俺はそんな彼の向かいへと立った。


「さっそくですが、殿下は現状をどうお考えですか?」

「僕が選民派の旗印のように扱われていたことを言っているんだよね?」

「いいえ、過去形ではありません。現時点でもまだ、旗印のように思われているでしょう」


 ソフィアお嬢様が殿下と敵対した結果、その取り巻きを排除した。同じクラスの生徒なら二人が敵対していないことに気付くかもしれないが、多くはまだそういう認識だろう。


「なら、僕が選民派ではないと公表すれば良いんじゃないかい?」

「いいえ、事はそう簡単ではありません」


 アルフォース殿下が選民派の二人を取り巻きにしていたのは疑いようのない事実だ。そこでアルフォース殿下が選民派でないと主張した場合、二つの可能性が生まれる。


「殿下が選民派ではないと公表した場合、取り巻き二人を尻尾切りにしたと噂されたり、選民派に良いように操られた頼りない王子だと噂されるでしょう」


 どちらかの噂に誘導は出来るが、王子が選民派と共にいた事実は消せない。自分を取り巻く問題が何一つ解決していないと知ったアルフォース殿下は青ざめた。


「一度しでかした失態はなかなか消えないものなんだね」

「信頼は積み重ねですからね」

「じゃあ……僕はどうしたら良いんだ?」

「選ばなくてはいけません。口を閉ざすか、事実を公表するか」

「事実を……」


 アルフォース殿下はぶるりと身を震わせる。仲間を尻尾切りにした悪人のように噂されることも、操られた頼りない王子と噂されることも、殿下には大きな負担になるだろう。

 口を閉ざす選択を選ぶかも知れない。そう思ったのだが、アルフォース殿下はきゅっと目をつぶった後「自分の蒔いた種だ、仕方ない」と呟いた。


「事実を公表してくれ」

「……よろしいのですか?」

「僕が旗印にされたせいで選民派が好き勝手やって、平民が苦労しているんだろう? シリルには悪いと思うけど、自分の保身で平民を犠牲には出来ないよ」


 アルフォース殿下はきっぱりとそう口にした。現時点で頼りないのは事実だけど、さすがはメインルートの攻略対象と言ったところだな。


 殿下が事実を伏せて欲しいと口にしたり、尻尾切りにした可能性を強調して欲しいと言いだしたら、彼の立場を払拭するのは難しいところだった。

 だが、アルフォース殿下が決断したおかげで、悪評を払拭することが出来る。

 だから――


「かしこまりました。事実を公表した上で、殿下の立場を向上させて見せましょう」


 事実を公表すれば、自分の立場を向上させることは出来ないと思っていたのだろう。アルフォース殿下は信じられないと目を見開いた。

 そんな彼に向かって、俺は用意していたプランを提案した。

 

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