学園の派閥騒動 後編 6

 ひとまず、選民派と対抗する平民の旗印、リベルトにお嬢様の手紙を渡すことが出来た。すぐに信頼を得られるとは思わないが、敵と断じられることはないだろう。

 後はゆっくり時間を掛けて信頼関係を築いていけばいい。


 という訳で、それについては良かったのだが――


「シリルさん、お昼一緒にしても良いですか?」


 お茶会に出席して以来、アリシアがときどき俺の教室まで来るようになった。

 俺はパートナーとしての役割を果たしたに過ぎないのだが、パーティーでの一件はアリシアの心境を変化させる切っ掛けに至ったようだ。

 第二王子のときはまだ言い訳の余地はあったが、アリシアお嬢様は露骨すぎる。

 ヒロインの攻略対象になったような現状。決して悪い気はしないのだが、色々な意味で不穏すぎる。違う意味でリベルトを敵に回しそうだ。


「申し訳ありません、アリシアお嬢様。私はお嬢様のお茶会の準備がございますので、ゆっくり食事をする時間はないのです」

「じゃあ、私も一緒に早く食べてもかまいませんか?」

「いえ、それは……」


 お嬢様に急いで食事をさせる時点でアウト。

 ましてや、執事コースの教室で貴族令嬢と一緒に食事を取るなんて、もはやどこから突っ込んで良いのか分からないレベルでアウトだ。


 俺はアリシアお嬢様の背後に付き従うメリッサに向かって、なんとかしてくれ、おまえのところのお嬢様だろうとアイコンタクトをする。

 だが、彼女は困った顔をしつつも止める素振りは見せない。なんて役に立たないメイドだ。


 困ったな。このままだと選民派とかそれ以前に、お嬢様が闇堕ちしてしまう。どうするべきか考えた俺は、アリシアをソフィアお嬢様の味方に引き込むことにした。


「分かりました、アリシアお嬢様」

「本当ですか? じゃあ、さっそくお昼にしましょう」

「いえ、お待ちください。今日はダメです。後日こちらからご連絡を差し上げるので、どうか本日はご容赦ください」

「えぇ……ダメ、ですか?」

「お嬢様、これ以上はシリルさんの迷惑になりますよ」

「……はぁい。せっかくシリルさんのお弁当も用意したのになぁ……」


 ようやくメリッサが仲裁してくれたおかげで引き下がったが、まだなにやら呟いている。行動力がある割に、約束を取り付けるという基本的なところで抜けている。


 だが、アリシアがゲームのヒロインだと考えれば無理もない。

 今日は誰のところへ行こう? ――みたいな選択肢から突発的に行動するから、事前に約束を取り付けるといった、貴族にとって当たり前の気配りが欠如してしまうのだ。

 現実のアリシアには、その辺りが性格となって現れているようだ。


 だが、アリシアが俺のところに通い詰めというのは色々と問題がある。貴族としての体面はもちろん、派閥的な意味でもパワーバランスを崩す切っ掛けとなりかねない。

 ゆえに、こちらでコントロールする。



 その日の放課後。ソフィアお嬢様のもとへ出向いた俺は、アリシアをお茶会のメンバーに引き入れてはどうかと提案した。


 庶民派との渡りは付けた。もっとも警戒すべき第二王子が選民派でないと分かった以上、いつまでも選民派の影に怯えている必要はない。

 これは好機だ。

 大勢を見極めることは重要だが、この状況から動いて選民派の勢力を切り崩せば、お嬢様が誰よりも早く動いたと印象づけることが出来る。


 そう説明したところ、お嬢様らしからぬジトォとした視線が返ってきた。

 まるで『そんなにアリシアさんと一緒にいたいんですか?』と言いたげだがそんなことはない。これはあくまで、ソフィアお嬢様のことを考えての立案だ。

 そんな風に説得したら、最終的には納得してくれた。



 こうして、アリシアはソフィアお嬢様のお茶会に参加することになった。

 庶民派と目されるアリシア。しかも庶民派のお茶会に出席した直後となれば色々な憶測が立つ。いずれは選民派が動くと考えて対策を立てる必要がある。


 そんな訳で、ある日の休日。

 俺はお嬢様から外出許可を得て、再び闇ギルドへと顔を出した。


「シリルか、今度はなんの用だ?」


 俺を出迎えたのはノーネームの影武者――ではなく使用人の振りをした隻眼の優男。

 ノーネーム本人である。


「……今日はあなたが応対してくれるんですか?」

「はん、どうせ俺の正体にも気付いているんだろ?」

「さぁ……なんのことでしょう?」


 むろん、ノーネームであることは知っている。それどころか、彼が無実の罪で追放された貴族であることも知っている。

 だが、俺はなにも知らない。そういう体でいるという意思を示す。


「はん、本当に食えない野郎だな。だが、まぁ良い。それでなんの用だ? まさか、いきなりあのガキ共が親に会いたいと言いだしたって訳じゃないだろう?」

「そっちはまだまだ先の話です。それより、あなた向きの依頼を持ってきました」

「……ほぅ?」


 ノーネームがギラリと目を光らせる。

 自分向きの、金儲けだと期待したから――ではないだろう。作中のシリルは、ノーネームが金のためならなんでもする闇の人間だと誤解していたが、実際はそうじゃない。


 彼の根本は正義と、汚い権力者への復讐心で構築されている。彼に多額の報酬と引き換えに汚いことを依頼すれば裏切られて破滅する。

 だが、俺が頼もうとしているのはその真逆だ。


「アーレ伯爵家の次男ジルクリフと、三男サージェスをご存じですか?」

「第二王子の取り巻き、俺達スラムのクズは纏めて処分するべきだと騒ぎ立てている選民派だな。そいつらがどうかしたのか?」

「彼らと、その実家の身辺を探っていただきたいのです」

「……どういうことだ? おまえはなにか掴んでいるのか?」

「いまのところはなにも。ですが――なにかあると思っています」


 ただの勘――ではない。第二王子を除外すれば、現時点で選民派の代表と言えるほどに目立っているのは彼らだが、作中に彼らは出てこない。


 なんらかの失態を犯して排除される可能性は考えていたが……先日、取り巻き二人の暴走だとほのめかしたとき、ニコラは得心がいったとおぼしき表情を見せた。


 そのうえ、彼は選民派との対立で、場合によっては独断で協力してやると言った。だが、独断で協力できることといえば限られている。

 たとえば――情報提供。

 取り巻き二人を蹴落とせるような不正の情報、とかな。


 そこで見えてくるのが、リベルトの妹分の命を奪った貴族の正体だ。

 作中では解決済みだったので正体は分からない。亡き少女の面影をアリシアに重ね、悪役令嬢から彼女を護ることで、リベルトは過去を乗り越えるという描写のみがあった。


 だが、現時点で解決していないのだとしたら……

 リベルトの選民派への敵愾心。三年後には存在しない選民派の筆頭。その二つから考えても、二人がその事件になんらかの関与をしている可能性は高い。

 だから俺は、あの二人、もしくはその家族が不正を働いている可能性を疑ったのだ。


「……ふむ。まぁ……いい。不正がないか調べろというのなら調べてやる。報酬は――」

「前金はこれでいかがでしょう? 成功報酬はこれと同じだけ支払わせていただきます」


 テーブルの上に金貨の入った革袋を置いた。


「ふん。相場通りだが……侯爵家の依頼にしては少ないんじゃねぇか?」

「お嬢様は金に飽かせて人を動かすことを好みませんので。むろん、あなたがお金にしか興味がないというのであれば、考え直させていただきますが……?」


 報酬の金額ではなく、依頼そのものを――とは口に出さない。

 だが、俺が望むのは真なる不正の証拠だ。高額の報酬に釣られて証拠を捏造されては困るのだ。ゆえに報酬は、多すぎても少なすぎてもダメだ。

 相手の仕事に応じた適正な金額を支払う。


「はん。本当に変わったガキだ。年齢を偽ってないか?」

「まさか、見た目通りの年齢ですよ」


 ――人生は二度目ですけどね。

 そんな心の内は見せず、俺はノーネームとの取引を締結させた。



 それから一週間が過ぎ、再びお嬢様の派閥によるささやかなお茶会が執り行われた。

 ちなみに派閥にはあれから数人の令嬢が加わっている。その中の一人は、試験会場で倒れたお嬢様だ。俺のことを覚えていたようで、何度もお礼を言われた。


 そんなお茶会に、あらたにアリシアが出席するようになった。

 光と闇のエスプレッシーヴォにおいて、アリシアとソフィアお嬢様はまさに光と闇。決して相容れない存在であったはずの二人が、仲良くお茶会の席に着いている。

 その光景はとても感慨深い――


「え? それじゃ、この紅茶はシリルさんが淹れたんですか!?」

「ええ、わたくしの専属執事であるシリルが淹れたのよ」

「いいなぁ。ソフィア様、羨ましいです」

「そ、そうかしら……」


 ――と言うよりも恐怖しかない。

 俺は少し離れた場所でそんな感想を抱きながら、お嬢様方のお茶会を見守る。


 仲は良い。二人の仲は良好だと思う。

 実際、アリシアに裏表はなく、ソフィアお嬢様に対しても好意を抱いているのが分かる。そんな相手を邪険にするお嬢様ではない。

 貴族としては未熟なアリシアを、ソフィアお嬢様は優しく導いている。


 だがしかし、ときどき先ほどのように、凶悪な魔物が潜む森の中で、無邪気にピクニックをしているような危うい光景を見せられる。


 お嬢様方の中には気付いていない者もいるようだが、一部の者は表情を引き攣らせている。

 その筆頭がアリシアのメイドであるメリッサだ。彼女は俺への好意を隠そうとしないアリシアに、なにか言いたげな顔をずっとしている。

 俺はメリッサに歩み寄った。


「今更ですが、アリシア様をお茶会にお招きしてご迷惑ではありませんでしたか?」


 アリシアは意識していないかもしれないが、俺がアリシアを派閥に招き入れた。だが本来、その判断をするのはアリシアではなく実家――その意思を汲むメリッサだったはずだ。


「ソフィア様に仲良くしていただけるのは、アリシアお嬢様にとってはもちろん、ご実家にとっても非常にありがたいことですから感謝しています」


 アリシアの実家も、選民派と距離を置くことを望んでいるようだ。


「ただ……アリシアお嬢様がソフィア様のお茶会に参加した本当の理由はお伝えしていないんです。その辺りを考えると……うぅ、胃がキリキリします」


 ソフィアお嬢様と仲良くすることになった理由が、その専属執事に好意を抱いているから。

 貴族令嬢としては由々しき事態だ。そのうえ、ソフィアお嬢様も俺に好意を抱いていることは見ていれば分かるだろう。今後どうなるかを想像すると、考えるだけでも恐ろしい。


「お互い大変ですね」

「元凶のあなたと一緒にしないでくださいっ」


 仲間意識を抱いたのだが、思いっきり拒絶されてしまった。




 それから一ヶ月ほどが過ぎた。

 そのあいだもソフィアお嬢様は定期的にお茶会を開いている。最初は選民派寄りだと噂されていたお嬢様の派閥だが、いまでは庶民派寄りだと噂されるようになった。

 けれど、いまだに選民派の動きはない。


 そんなある日、ソフィアお嬢様の元に第二王子より招待状が届いた。

 王城の庭にある薔薇園を見せてくださるそうだ。


 薔薇は種類によって年に一度しか咲かなかったり数度咲いたりするが、この時期は全ての薔薇が咲く。薔薇園はいまが見頃だろう。

 第二王子からの招待状と聞いてもとくに反応を示さなかったお嬢様だが、王城の薔薇園でしかみることの出来ない薔薇を見られると知ってご機嫌だ。



 ――だがそれも、第二王子が出迎えてくれるまでだった。

 王城へとやって来たお嬢様を出迎えたのは第二王子と――その取り巻き達だった。


 なぜ逢瀬に取り巻きを連れているのかと問い詰めたい。

 いや、もちろん、王子が一人で行動できない立場であることは分かる。ソフィアお嬢様だって俺を同行させているし、第二王子の護衛や使用人が近くに潜んでいることも理解できる。


 だが、使用人や護衛は影となり、主の会話を邪魔しない。

 それに対して、取り巻き二人はそういった立場ではないし、そもそも邪魔をしないという発想があるかどうかも怪しい。

 おまえはソフィアお嬢様を振り向かせる気があるのかと問い詰めたい。


「……本日は、お招きいただきありがとう存じます。王城にしか咲かぬ珍しい薔薇を見せて頂けると聞いて、とても楽しみにしていましたのよ」

「そうですか! ソフィアさんをお呼びして良かったです!」


 さり気ない過去形。

 第二王子に対するお嬢様の評価は確実に下がっているが、社交辞令に舞い上がっている彼はまったく気付いていない。

 王子とその取り巻き二人、そしてお嬢様を加えた団体様でゾロゾロと薔薇園へと移動する。


 お嬢様は少し肩を落としているが無理もない。取り巻きの二人がいては、王子にあれこれ忠告するどころか、薔薇を純粋に楽しむ余裕もないだろう。

 薔薇を愛でる時間のはずが、腹の探り合いをする時間になってしまった。


 だが――心なしかしょんぼりしていたお嬢様も、薔薇園にたどり着くと「素敵ですね」と声を弾ませた。それほどの規模、見渡す限りに色とりどりの薔薇が咲き乱れていた。


「気に入って頂けましたか?」

「この薔薇園は本来、王族しか立ち入ることが出来ないんです」

「だから、許可をくださった殿下に感謝すると良いですよ、ソフィア様」

「……ええ、もちろん。薔薇園は、とても素敵ですね」


 第二王子のセリフに続く取り巻きの二人のセリフがウザい。

 お嬢様は微笑みを浮かべているが、セリフには本音が滲んでいる。侯爵家の令嬢としては減点だが、状況を考えるとよく我慢していると思う。

 屋敷に戻ったら、紅茶とケーキを用意して差し上げよう。


「ソフィアさんに気に入って頂けたのなら嬉しいです」

「殿下、ソフィア様にあの薔薇を見せてあげてはいかがですか?」

「あっちには別の品種があるので、そっちにも行ってみましょう」

「……ええ、喜んで」


 第二王子と並んでお嬢様が歩く。そこまでは分かるのだが、その両サイドには第二王子の取り巻きが固めている。お嬢様が拉致されそうになっているようにしか見えない。

 というか、あの二人は油断ならない。

 第二王子に選民思想がないのなら、彼らが第二王子を操っているとも言える。お嬢様と第二王子に二人きりで話してもらうためにも、取り巻き達を引き離したい。


 ソフィアお嬢様が第二王子と二人っきりになりたいと口にすれば、第二王子は陥落するだろうが、貴族令嬢としてそのような不用意な発言は許されない。


 第二王子が気を利かせて、この薔薇園でしか咲かぬ薔薇は、不用意に見せることは出来ない。とか言って人払いでもしてくれれば解決だが……彼にそこまで期待するのは酷な話だ。


 どうにかして取り巻きを排除できないかと考えているうちに時間は進み、ついにはこの薔薇園の一番中心にある温室へとやって来た。


「……素敵ですね」


 お嬢様が夢見心地で呟いた。

 その視線の先には、温室で育てられた青い薔薇。


 青い薔薇というのは本来、この世界のどこにも存在しない。だが、かつてのエフェニア王が魔術師達に依頼して、青い薔薇の品種を生み出すことに成功した。

 この王城の薔薇園にしか存在しない奇跡。

 ゆえに、青い薔薇は不可能を可能にするという王家の象徴である。


 ちなみに、ローゼンベルク家は深紅の薔薇が象徴だが、これはローゼンベルク家の始祖が多大な貢献をして、王族より侯爵家の地位と共に深紅の薔薇を賜ったからだと言われている。


 そんな歴史的背景を聞いて育ったからだろう。作中のお嬢様は、王子から青い薔薇を賜ることに強い憧れを抱いていた。

 お嬢様は青い薔薇に引き寄せられるように歩を進める。


「どうですか? 凄く綺麗な色の薔薇でしょう?」

「ええ、本当に。貴重な薔薇を見せていただきありがとう存じます。この王城でしか見ることが出来ないと聞いていたので、とても嬉しいですわ」


 お嬢様が掛け値なしの笑顔を浮かべた。いつもの侯爵令嬢としてではない。天使のように愛らしい、年相応の無邪気な笑顔。その笑顔が、見る者全てを魅了する。

 そして――


「よ、良かったら、ソフィアさんに差し上げましょうか?」


 第二王子がそんな言葉を口にした。それはおそらく、愛らしい少女に魅せられた少年の無邪気な愛情表現。そこに深い意味は存在しないはずだ。

 だが――俺、そして第二王子の護衛達が息を呑んだ。


 青い薔薇は王家の象徴。

 王城から持ち出すことが許されるのは王族のみ。それは切り花であっても同じことだ。薔薇は挿し木や接ぎ木が比較的容易なため、管理は徹底されている。


 つまり、青い薔薇を手に入れることが出来るのは王族のみ。第二王子がそこまで思い至っていなかったとしても関係ない。さきほどの言葉はプロポーズだ。


 お嬢様が断れば大事になる。これだけの目撃者がいる前でプロポーズを断って、第二王子に恥を掻かせることは許されない。

 ゆえにお嬢様が出来ることは沈黙のみなのだが、そんな沈黙も長くは続けられない。誰かがこの状況を打開しなければ、取り返しの付かない事態へと発展する。


 第二王子は気付いていない。

 取り巻き達が気付いているかどうかは分からないが、彼らが取り成すとは思えない。

 護衛達は気付いているだろうが、主の会話に口を出せないでいる。


「どうしました、ソフィアさん。青い薔薇、欲しくなかったですか?」

「わ、わたくしは……」

「――殿下に恐れながら申し上げます」


 俺は擦れる声を絞り出して割って入った。視線が集まり、プレッシャーに押し潰されそうになる。処刑エンドという破滅が躙り寄ってくるのを肌で感じる。

 だが、俺はお嬢様の専属執事。お嬢様を護ると誓った。

 だから――


「青い薔薇は門外不出と伺っています。陛下にお伺いを立ててからでなくては、殿下がお叱りを受けることになるのではありませんか?」

「え? そ、そうかな……?」

「はい。陛下にお伺いを立てるべきだと具申いたします」

「うぅん、そっかぁ……」


 第二王子が納得する素振りを見せた。

 ソフィアお嬢様と俺、そして護衛達が揃って胸をなで下ろす。

 けれど――


「……貴様、執事ごときが貴族の会話に割って入るとは何事だ?」

「身の程を考えろ、この無礼者が」


 取り巻きの片割れが不満気な声を漏らし、すぐにもう一人の取り巻きも同調する構えを見せた。再び周囲の空気が張り詰めるのを肌で感じる。


「出過ぎた真似をして申し訳ありません」

「ふん。平民の執事ごときが……そこに膝をついて誠意を見せろ」

「それでお許しいただけるのならば」


 土下座ですむのなら安いモノだ。この場を収めるのが最も重要だと膝をつく。

 寸前――


「――お止めなさい、シリル」


 主の凜とした声が薔薇園に響く。

 その命に従って顔を上げると、髪をなびかせる彼女の高潔な姿が目に映った。風もない温室の中、プラチナブロンドが彼女の心情を映すかのように揺れている。

 いままで見たこともないほど彼女が怒っているのだと肌で感じた。

 深紅に染まった彼女の瞳が取り巻き達を捉え、静かな口調で言い放つ。


「そのような愚か者達に頭を下げる必要はありません」――と。

 

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