学園の派閥騒動 後編 3

 執事クラスに第二王子が現れるなんて普通に考えてあり得ない。

 たとえば、ソフィアお嬢様が俺に用事があるとする。その場合、お嬢様はお付きのメイドを使いにやる。それが出来ない状況だとしても、貴族クラスの使用人が動く。

 お嬢様が自分の足でやってくるなんてあり得ない。


 ましてや、相手は第二王子である。

 なぜこんなところに――いや、それよりも、いまは第二王子をもてなすのが先決だ。


「殿下、このような場所にご足労いただかずとも、呼んで頂ければ参ります」

「いや、貴族のクラスでは不味いんだ」


 不味い……? 内々の話と言うと……リベルトと接触したことを言ってるのか? もしかして、昨日のあれは意図的に接触を阻止した、と言うことか?

 もしそうだとしたら後手に回ったことになるが……ひとまず話を聞いてみるしかないな。


「護衛は……なるほど、連れていらっしゃるのですね」


 少し周囲を探ると、角の向こうからこちらを窺っている気配がある。


「え? キミはそんなことまで分かるのかい?」

「ええ、まぁ……護身術程度は学んでいますので」


 と言うか、思ったより気さくで戸惑う。第二王子は選民派の旗印、平民である俺に対して、もっとあたりがキツくなると思ったんだが……


「そう堅くならなくても大丈夫だ。彼らは父上がつけた護衛だから、基本的にはなにも言わずに静観しているから心配しなくて良いよ」

「……かしこまりました」


 と言うかそれは、口出ししないだけで動向を監視しているというのではないだろうか? 少なくとも、ここでの会話は国王へ筒抜けだと思うのだが……

 どちらにせよ、クラスメイトに聞かせるべきではないな。


「殿下、あまり人に聞かせられない話と言うことでしたら、場所を移しませんか?」

「うん、その方がいいね。どこかあてはあるかい?」

「では……中庭はいかがでしょう?」


 提案しつつ周囲に視線を向ける。

 ルークに後のことを任せようと思ったのだが、ルークだけでなくクロエも見当たらない。さっきまでいたはずだが、いつの間にか居なくなっている。

 俺はクラスメイトに後のことを任せ、王子と共に中庭へと移動した。


 中庭はまだ昨日のパーティーの設備が残っている。俺はそんな会場の一角で第二王子と向き合った。周囲には彼の護衛が潜んでいるが、会話が届く距離ではない。

 なんの話かは分からないが、この状況なら落ち着いて話すことが出来るだろう。王子と相対するのは断罪される直前のシーンっぽくて、俺はあまり落ち着かないけどな。


「それで、お話というのはなんでしょう?」

「話というのは他でもない。その……ソフィアさんのことだ。彼女がどう思っているか知りたくて、キミに話を聞きに来たってわけさ」

「……なるほど」


 昨日、お嬢様は第二王子やその取り巻きとダンスを踊ったが、選民派であると明言するようなことはなかった。だから、その執事に探りを入れに来た、と言うことか。


「私ではなく、お嬢様に直接お聞きになるべきではありませんか?」

「そ、そんなこと出来るはずないだろ! 直接聞いたりして、ダンスが下手な男の子なんて嫌いとか言われたら、僕はどうすればいいんだよ!」


 ……………………ん?

 あれ、なんの話だ? やばい、第二王子の話を理解できない。だが、執事が相手の話を理解できないと口にするなんて許されない。

 許されないんだが……本当に意味が分からない。


 待て待て待て、落ち着いて考えよう。

 直接聞くべきという俺の意見に対する王子の答えが、ダンスが下手な男の子なんて嫌いとか言われたらどうしたらいいのかという言葉。

 つまり、ソフィアお嬢様に対する質問は『ダンスが嫌いな男の子でも好きになってくれますか?』と言うこと……なのか?


 なんだそれ。俺に対する揺さぶり? はたまた精神攻撃?

 ……いや、第二王子がソフィアお嬢様にお熱なのは見ていて明らかだ。だとしたら、本気でお嬢様がどう思っているかを気にしているってことか?

 選民派とその対立勢力が接触して緊張が走っている状況でそんなお花畑な質問はないと思うんだけど……一応、確認しておこうか。


「その……そもそも、殿下がダンスを下手などと、お嬢様は思っていないと思いますが」

「そんなはずないよ。昨日も、ソフィアさんの足を一回踏んじゃったんだ!」

「……昨日も、ですか?」

「うん。初めてあった日のダンスで、三回も足を踏んじゃったんだ。だから、次にダンスを踊るまでに、もっと上手くなるって決めてたんだ。なのに……」

「……三回から一回に減ったのなら上達しているのではないでしょうか?」

「足を踏んでることには変わりないじゃないか!」


 ……ごもっともで。

 いや、そもそも、論点がずれまくっている気がするのだが……でも、殿下は本気で、ソフィアお嬢様に嫌われていないか心配しているみたいだ。

 それに、執事でしかない平民の俺に対しても普通に話してる。


「殿下に一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なにかな?」

「殿下はその……平民を嫌っているのでは?」

「どうして僕が平民を嫌わなくちゃいけないんだい?」


 キョトンと、つぶらな瞳で問い掛けてくる。その光景を絵にすれば、ショタな女性を虜にする名画になりそうだが……選民派の旗印、なんだよな?


 どういうことだ?

 取り巻きの言動を把握してない、なんてあり得ない。知った上で……放置している? いや、そもそも気にしてない、ってことか?


「なぜそんなことを聞くんだい?」

「いえ、殿下と一緒にいらっしゃる方々がそのようなことをおっしゃっていたので、殿下も同じ考えをお持ちなのかと」


 これは相当に突っ込んだ言葉だ。

 ハッキリ言って深入りしすぎな感じがするが、この機会を逃せば、二度と機会は訪れないかも知れない。そんな風に考えて、俺は第二王子に問い掛けた。

 だが――


「そうだったんだ。たしかにあの二人は、そう言うことを言っているね。でも、それはあくまで彼らの意見だ。僕はそんなこと思ってないよ」


 王子は満面の笑みで答える。

 そこには裏表なんて存在していない。無邪気な子供の笑顔がそこにはあった。


 足を踏んだことを気にするあたり、心優しい少年だろう。足を踏まないようにと、短期間で努力をしたことも窺える。

 だが……幼い。

 相手の言葉の裏をまるで読めていない。年相応ということも出来るが、第二王子がそれではダメだ。王子としては、あまりに未熟すぎる。


 お嬢様なら間違いなく、自分が選民派だと誤解されていると、俺に指摘されていることに気付く。だが、第二王子は言葉の裏を読もうとすらしていない。


 攻略対象である爽やかな王子様としては優秀なのかもしれないが、現実の王子が言葉の裏も読めない素直な性格ではダメだ。

 そもそも、選民派じゃないのなら、誤解されていることを周囲の者が教えるべきだ。

 第二王子の教育係はなにをやっている。


 なんとかするべきだと思うが……あなたの教育係、無能じゃないですか? なんて言えるはずもない。と言うか、既に行き過ぎた質問を重ねている。

 本来、俺が口を挟むべき案件じゃない。


 だけど、将来は文字通りお嬢様の王子様となるかもしれない相手だ。もし第二王子とソフィアお嬢様が結婚することになれば、ソフィアお嬢様が苦労するのは目に見えている。

 お嬢様の王子様として相応しくなるよう、俺が命懸けで鍛え直すべきだろうか……?


 ……鍛え直す前に、俺が王族に対する無礼で殺されるな。ここは引き下がるべき……いや、そういえば、お嬢様にどう思われているか心配しているんだったか。


「殿下。ソフィアお嬢様は、ダンスが下手だからと相手を嫌うような方ではありません」

「本当かい!?」

「はい。ただ……お嬢様は殿下同様に、侯爵令嬢として様々な方から注目を浴びています。ゆえに、接触する相手や会話内容、その全てにおいて神経を研ぎ澄ます必要があるのです」


 殿下同様との前置きをつけたことで、第二王子にも、軽率な行動は出来ない、してはいけないと指摘する。ほぼ、第二王子に向かって忠告しているも同然だ。

 護衛達には聞かれていないはずだが、もし聞こえていたら相応の罰が下っただろう。

 だが――


「そっか、ソフィアさんのお家は厳しいんだね」


 そこまでしても、第二王子にはまるで通じていなかった……泣きたい。

 でも……そうだよな。十二歳の子供って、これが普通だよな。

 あれはダメ、これはダメと教育係に教えられたことを実践できる子供はいても、深い考えを持って自ら判断できる者はほとんどいない。

 身体が未熟であるように、精神もまた未熟だからだ。


「ところで、えっと……キミの名前はなんだっけ?」

「これは名乗るのが遅くなり申し訳ありません。私の名前はシリルと申します」

「そっか、ならシリル。キミはソフィアさんがどんな物を好きか知らないかい?」


 食べ物では紅茶にショートケーキ。芸術ではダンスを踊るのが好きだったり、ヴァイオリンはときどき一人で弾いている。などと伝えるが、第二王子はピンとこなかったようだ。

 ……そういえば、王城には珍しい品種の薔薇があったな。


「お嬢様はローゼンベルク家の象徴でもある薔薇を好まれます」

「薔薇? 薔薇なら、王城に珍しい品種の薔薇があるよ!」

「もし見せて頂けるのであれば、お嬢様はとても喜ばれるでしょう」


 王城の中庭にある薔薇を見るのなら、普通に考えて付いてくるのは使用人や護衛のみ。取り巻きは付いてこないだろう。

 その状況であれば、お嬢様なら第二王子にあれこれ指摘をすることが出来る。

 そう考えて、王子がお嬢様を薔薇園に誘うようにお膳立てをした。



 その後、俺が教室に戻ると、なぜかクラスメイトに囲まれた。


「ど、どうしたのですか、みなさん」

「どうしたのですかじゃねぇよ。第二王子になにを言われたんだ?」

「まさか、引き抜きか? トリスタン先生の再来か!?」


 あぁ……そう言えば、トリスタン先生が王子に引き抜かれたときは、さきほどのように王子が使用人のクラスを訪ねてきたという話だったな。


「みなさんの期待に添えずに申し訳ありませんが、そういう話ではありません。ただ、個人的なお話でしたので、内容についてはご容赦ください」


 俺がそう口にすると、彼らは「なぁんだ」と残念がりつつばらけた。使用人としての教育を受けているので、守秘義務的な話には敏感なのだろう。


 ひとまず、俺は今後について考える。

 クラスは纏まりを見せているので心配はないだろう。今回の一件でお嬢様の専属執事としての実力を見せつけることも出来たので、そっちの心配もない。


 問題は選民派と庶民派のあれこれだ。

 第二王子が選民派でないのは……よく考えれば理解できない話じゃない。少なくともゲームで登場する第二王子は選民派に対して良い感情を抱いていなかった。


 そう考えると、この三年でなんらかの事件が起きて、第二王子が選民派に悪感情を抱くというのがゲームでの設定なのかも知れない。


 真相は確かめようがないが、問題は多くの人間が誤解していることだ。いくつもの事案が設定から外れているいま、ゲーム開始時には大丈夫だから大丈夫という法則は通用しない。


 このままだと、第二王子と平民のあいだに確執が出来る可能性がある。お嬢様の口からそれとなく伝えてもらう必要があるだろう。


 問題なのはリベルト達だ。

 パーティーの一件だけでもソフィアお嬢様が選民派であると強い疑念を抱かせてしまっていたのに、第二王子が堂々と俺に会いに来たのは致命的だ。


 選民派からすれば、第二王子が使用人ごときに会いに行くなんてと思っただろう。だが庶民派からすれば、第二王子がソフィアお嬢様の手駒に接触したと判断する可能性が高い。


 早急にリベルトに接触する必要があるが、接触の方法は慎重を要する。

 第二王子が選民派でなかったとしても、取り巻きが選民派であることに変わりはない。俺やソフィアお嬢様の動向は監視されているとみて間違いないだろう。

 間違っても、どこかの王子のように相手の教室に乗り込むなんて目立つ真似は出来ない。


 少なくとも黒ではなく灰色。黒ではないと言い張れるだけの状況が欲しい。パーティーのように自然に接触できる機会があれば良いのだが……


「シリル、なにを難しい顔をしてるんだ?」


 話しかけてきたのはライモンドだった。


「おや、彼らとの和解は終わったのですか?」

「ああ。おまえのおかげだ……って、恥ずかしいこと言わせるんじゃねぇよ」

「あなたが自分で言ったんでしょうに」


 苦笑いを返しつつ、ライモンドは憑き物が落ちたようだなと考える。

 たった十二歳の少年が父親を失い、家族の命運を小さな背に負っていたのだ。そう考えれば、焦って暴走したとしても無理はない。

 そういう意味では、いまの姿こそが本当の彼なんだろう。


「それよりシリル、なんで難しい顔をしてたんだ?」

「あぁ……いえ、実はリベルトとどうやったら接触できるかを考えていまして」

「リベルトって言うと、ラクール商会会長の息子だよな。たしか、庶民派の旗頭……ははん」


 第二王子が俺に接触してきた直後に迂闊だった。俺がリベルトに接触したがっているなどと言えば、俺が第二王子になんらかの指示を受けたと思われてもおかしくはない。


「一応言っておきますが――」

「分かってる。内密に接触したいんだろ? 味方であるって伝えるために」

「……どうしてそう思うのですか?」


 表情には出さなかったはずだ。


「おまえを大切にしてるあのお嬢様が、選民派なわけないだろう」

「私を大切に……ですか?」


 ライモンドの前で、お嬢様が俺に対してそう思わせるような態度は取っていなかったはずだ。どこでそんな風に思ったのかと疑問を抱く。


「ソフィアお嬢様に出くわしたときに、直談判したことがあるんだよ。そうしたら、『わたくしのもっとも信頼するシリルと敵対する者を雇うことはない』って言われたんだよ」

「……そうでしたか」


 他所の人間に、使用人のことをそのように言うべきではないのだが……お嬢様にそんな風に言われて嬉しくないはずがない。

 俺はなんでもない風を装うのに苦心させられた。


「リベルトにさり気なく接触したいっていうなら、彼が主催するお茶会はどうだ? 下級貴族が何人かと、有力な平民が呼ばれているらしいぞ」


 リベルトが選民派に対抗する仲間を集めるためのお茶会を開くらしい。そこに出席する人間は、選民派を快く思っていない者達だけ――なんてことはあり得ない。

 もし俺が選民派であれば、内情を探るために庶民派の振りをして潜り込む。


 そう考えると、第二王子と接触した直後なのは都合がいい。俺がお茶会に潜り込んだとしても、選民派の目を誤魔化すことが出来る。

 第二王子も、俺に恋愛の相談をしていた――とは誰にも言わないだろう。

 問題は、リベルトにもそう思われることだが……そっちは説得するしかないな。


「絶好の機会ではありますが……問題は、どうやってそのお茶会に出席するかですね」

「パーティーに出席する貴族に、臨時の専属執事として雇ってもらえばいい。参加者の一人は、おまえをダンスに誘ったあのお嬢様だ」


 お茶会に呼ばれている下級貴族の一人がアリシアらしい。そういえば、ゲームにもそういうイベントがあった。俺とお嬢様が処刑されるエンディング目前のイベントである。

 ……ま、まあ、今回はその危険はないだろう。


 それより問題は、俺が臨時とはいえ、アリシアの専属執事になることだ。

 アリシアとダンスをしただけでソフィアお嬢様の瞳から光が失われたというのに、臨時とはいえ専属執事になるなどと知られたら……考えるだけで恐ろしい。

 

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