第90話 拉致ってしまった
「いますぐ、じょーかしてさしあげますわ!」
なぜか幼女のような舌足らずさで宣言すると、女団長(?)が斬りかかってくる。
パシッ。
俺は片手でその刀身を掴み取った。
「ふぇっ?」
「だからこれは俺には通じないって、この間、分かっただろ?」
呆れながら言うと、女団長(?)はハッとしたような顔になって、
「しんけん、きかない……なんども……ふっかつ……どらごん……」
虚ろな目でぶつぶつと何かを呟き始める。
あれ? 俺もしかして、何かマズいことを言ってしまっただろうか……?
「お、おい、大丈夫か……?」
「っ! ……う……うぅ……うぅ……うわああああああああんっ!」
って、いきなり泣き出しやがった!?
しかも子供のようなギャン泣きだ。
これではこの声を聞いて人が集まってきてしまう。
「ぶっ!?」
俺は慌ててその口を塞ぐと、女団長(?)を強引に抱え上げた。
そして近くの窓から建物の中へと飛び込む。
そこは倉庫らしかった。
掃除道具や使わなくなった家具などが押し込められているようだ。
「んんんっ! んんんんんん~~~~っ!」
まずは手足をバタつかせて暴れる女団長(?)に、余った服の布地から引き千切った切れ端を噛ませ、声が出せないようにする。
それから倉庫内にあった縄で手足を縛りつけた。
「……よし」
って、全然よしじゃねぇ!
どうにかして大人しくしなければと焦っていたからと言って、これでは拉致だ。
身動きを奪われた女団長(?)は、恐怖に引き攣った顔で泣きながら俺を見上げている。
「し、心配するなっ……何もする気はないからっ……」
「っ! ~~~~っ!」
「ほ、ほら、俺はすぐ出ていくし……ドアを開けっぱなしにしておくから、そのうち誰かに見つけてもらえるはずだ」
そう言い残し、倉庫を出ようとしたときだ。
廊下の方からこちらに近づいてくる気配を感じ取った。
◇ ◇ ◇
「……」
あれから私は自室に籠っていた。
気持ちの整理がなかなかつかず、誰にも会いたくない気分だった。
「結果的に、一体のアンデッドがこの世界から消失した……それは変わらない事実だ。それに奴を浄化するのは、そもそも不可能だったかもしれない……。教皇猊下はただ、より確実な手段を選んだだけのこと……。神を信じる者として、これを否定するなど、あるまじきことだろう……」
そうと頭で理解してはいても、心が納得を拒否していた。
それは私が、奴が危険なアンデッドなどではなく、その中身がごく普通の青年であることを知っていたせいだろう。
要するに私は、いつしか奴に感情移入してしまっていたのだ。
滅ぼすべき相手に情を持つなど、これも聖騎士としてあるまじきことかもしれない。
……しかし本当にそうなのか?
奴だってかつては我々と同じ人間だったのだ。
そして人ならざる者となってなお、人の心を持っていた。
そんな存在を何の慈悲もなく断罪するなど、果たして神が求めることなのか……。
「リミュル隊長、失礼いたします」
「ポルミ?」
私が思い悩んでいると、そこへやってきたのは特別聖騎隊のときに副隊長を務めてくれていたポルミだった。
現在は部隊自体が解散し、私も隊長職から解かれているのだが、未だに彼女は私のことを隊長と呼んでいた。
「申し訳ありません。セレスティア様がまた部屋を抜け出してしまわれまして……。もしかして、こちらにいっらっしゃっていないものかと……」
「いや、ここには来ていないが……。また、というのは?」
「実はですね……」
私の姉は聖騎士団の団長をしているのだが、先日の一件により幼児退行してしまい、現在はここで療養生活を送っている。
相変わらず子供のままなのだが、精神が不安定ですぐに泣き喚いていた一時期よりは随分と改善したという。
ただ、現在は好奇心が旺盛なやんちゃ娘となり、勝手に部屋や神殿を抜け出しては、一人で街へ遊びに行ったりするようになってしまったそうなのだ。
「まったく、困ったものだな、姉さんは……。仕方ない、私も探そう」
このまま部屋で悶々としていたところで、何がどうなるわけではない。
気分転換も兼ねて、ポルミと手分けして姉さんを捜索することにした。
「さすがに神殿の外には出ていないはずです。団長を見かけても通さないよう、周知してありますので」
とはいえ、神殿は広い。
特に内部は広大で、最も高い尖塔部は十階建て、その周辺部も左右に広く伸びており、さらに地下までも存在している。
大小様々な礼拝堂や祈祷室に、神官や巡礼者たちの宿泊施設、それから宝物殿や資料室など、内部は非常に複雑だった。
どこにいるのは分からない一人の人間を見つけ出すのは至難である。
「周辺の庭から探していこう。そこに居なければ、次は建物の中だ」
一方で、建物の周りを囲んでいる庭部分は、広大でこそあるものの、建物の中よりはずっとシンプルだ。
植えられた木々で視界を遮られているところもあるが、それでも比較的捜索は容易である。
私とポルミは逆方向からぐるりと建物を回ってみることにした。
「うわああああああああんっ!」
「っ? この声は……?」
しばらくすると、どこからか悲鳴のような声が聞こえてくる。
慌てて声がした方へと走り出した。
「この辺りから聞こえたはずだが……む? この足跡は……」
少し争ったような形跡が残っていた。
だが近くには誰もいない。
「……この窓から建物の中に?」
少々高い位置にある窓だ。
そこから中に入れなくもないが……。
出入りの厳しいこの神殿内に、侵入者がいるとは思いたくない。
それでも万一、危険な相手が潜んでいたら、無防備を晒すのは得策ではないと判断し、建物内から回り込むことに。
「位置から考えて、この部屋か。恐らく倉庫に使われているものだと思うが……」
意を決してドアを開けた私が見たのは、手足を縛られ、床に転がされた姉の姿だった。
「姉さん!?」
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