第89話 子供っぽくなってた

「ここって、もしかして……」


 真っ白な空間に開いた穴に意を決して飛び込むと、見たことのある場所に出た。

 俺が謎の門に吸い込まれた際にいた、あの地下空間だ。


 今は人もおらず、明かりもついていないが、間違いない。


「戻って来れたのか……? 来れたんだよな……?」


 喜びとともに思わず笑いが込み上げてきた。


「ははははははっ! こんなに簡単に出れるのかよ! あの悪魔が絶対に出られないとか言ってたから、めちゃくちゃビビったじゃねーか!」


 きっと俺を脅すための嘘だったのだろう。

 それにまんまと引っかかってしまったというわけだ。


 閉じ込められても問題ないことは分かったが、恐怖と絶望の後遺症か、何となく怖いのですぐにここから離れるとしよう。


 というか、こんな国はもう御免だ。

 とっとと逃げ出してやる。


 誰かに見つかったら厄介なので、アンデッドとなって強化された聴覚を研ぎ澄ませながら、入り口の扉へ。

 よし、外に人の気配はなさそうだな。


 人気のない廊下を進んでいく。

 っと、前方から足音だ。


 柱の陰に隠れると、廊下の向こうからこっちに近づいてくる神官が見えた。

 幸いにも見つかることなく、そのまま通り過ぎていった。


 かと思われた次の瞬間、何かを感じ取ったのか、こちらを向いてしまう。


「……気のせいか?」


 だが結局、首を傾げて去っていった。


 あ、危なかった……。


 俺は天井に張り付いていた。

 こちらを振り向く前に飛び上がり、難を逃れたのである。


 何が恐ろしいって、俺が今、下半身が裸であることだ。

 この状態では下から見られるのが最も恥ずかしい。


 まずはパンツとズボンをどこからか調達しなければ。

 このままでは建物の外に出たとしても、空を飛んで逃げることができない。


 どこから人が見ているか分からない外では、目撃される危険性も跳ね上がるだろう。

 ましてや空へ飛ぶなんて一番目立つ。


 慎重に建物の中を進んでいくと、ずらりとドアが並ぶ廊下に出た。


「ここは……」


 恐らくこの神殿に務める神官、もしくは巡礼者たちが宿泊するための場所だろう。


 ここなら間違いなく服が手に入るはずだ。

 幸いほとんどの部屋に人の気配がない。


 俺は近くにあったドアを開けて中へと侵入した。

 一人用なのか、かなり手狭で、ベッドと机、それに収納棚があるだけの簡素の部屋だ。


「あったぞ」


 収納棚の中にパンツとズボンを発見する。

 早速それを穿いた……のだが。


「……でかいな」


 生憎とサイズが俺より二回りくらい大きかったのである。

 手で押さえていないと簡単にずり落ちてしまう。


「別の部屋で探すか?」


 と、そのときだ。

 廊下から気配が近づいてきたかと思うと、ちょうどこの部屋の手前で停止した。


 まさか、この部屋の主が戻ってきた!?


 がちゃり、とドアノブが回り、部屋に人が入ってくる。


「む? 棚が……おかしいな。確かに閉めておいたはずだが……」


 首を傾げながら収納棚へと近づいていくのは、小太りの中年男だ。

 あれ、どこかで見たことがあるような……と思ったが、今はそれどころではない。


 俺はまたしても天井に張り付くことで男の視線から逃れていたが、怪しんでいる彼がいつ上を向くとも分からない。


 幸いドアは開けっ放しだ。

 男が棚の中を見て「私のパンツとズボンがない……?」と訝しんでいる隙に、俺はドアの隙間から廊下へと脱出していた。


 他の部屋でサイズの合った服を調達する余裕もない。

 俺はぶかぶかのパンツとズボンのまま、急いでその場から離れるのだった。







「サイズは合ってないが、とりあえず見られても恥ずかしくない状態になったから御の字だろう」


 俺は建物の外に出ていた。

 今は植え込みの陰に隠れながら周囲の様子を窺っている。


 ここからなら魔法で空を飛び、一気にこの場所から離脱することが可能だろう。


「……」


 だがここを出て、俺は一体どこに行けばいいのだろうか?

 当然、何の当てもない。


 俺は騙されてあの謎の空間に飛ばされたわけだが、俺の浄化が不可能だと判断されたからなのか、それとも単に手っ取り早いと思われたからなのか。

 後者だったら、まだ可能性は残されていることに……。


「いや、だとしても、もはや信用なんてできないし……ただ、当てもなく次を探すとなると、また大変だろうし……。俺がコミュ障じゃなければ、誰かに話を聞けるんだが……そうだ、聖騎士少女に……って待て待て。俺はあいつに騙されたわけで……」


 そんなふうにあれこれ考えていたせいで、接近に気づくことができなかった。


「あやしいやつがいましたわ!」

「っ!?」


 頭上から降ってきた声。

 慌てて顔を跳ね上げると、そこにいたのはどこかで見たことのある女だった。


「あんたは確か……」

「このにおい! あなた、あんでっどですわね!」

「っ!」

「あんでっどは、じょーかしなければなりませんの!」


 見た感じ二十代の後半ほどなのだが、なぜか舌足らずな喋り方だ。

 まるで中身が幼い子供に入れ替わったかのような違和感がある。


「しんけん、あるべーる!」


 次の瞬間、彼女の手に一振りの剣が出現した。

 この剣……見たことがある。


 やはりこの女、聖騎士団の女団長だ。

 信者たちの信仰を力に変えるという神剣とやらで、二度に渡って俺を浄化しようとしてきたが、結局、期待外れに終わったのである。


「いますぐ、じょーかしてさしあげますわ!」


 ……こんな子供っぽい喋り方じゃなかったはずだが。

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