第88話 穴が開いた

 悪魔の攻撃で溶けかけていた俺の下半身が急速再生していく。

 だが当然ながら服の方は再生しない。


 お陰で俺は下半身を丸出しにした状態になってしまった。

 全裸よりも変態っぽく見えるのはなぜだろう……。


「なんと! これも一瞬で回復してしまうのですか! 素晴らしい! 素晴らしいですよ! なんと素敵なプレゼントをいただいたのでしょうか!」


 人を勝手にプレゼント扱いするんじゃねぇ。


「ああっ、ダメですっ! どこまでやったら元に戻らなくなってしまうのか、猛烈に確かめてみたくなってきたではないですかっ! だけどそれは絶対に我慢しなければ……っ! ……ああああああっ! やっぱり我慢できないぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「早っ!? せめてもうちょっとくらい我慢しぶっ!?」


 今度は顔面めがけて光線を放ってきやがった。

 一瞬視界が完全に消滅してしまったが、すぐにまた見えてくる。


「ひゃははははっ! 頭部を破壊しても復活するなんて! 最高ですねぇっ! ひゃははははははっ!」


 腹を抱えて笑い転げる悪魔。

 こっちとしては何も笑えない。


「ははは、はは……ですが、まったく痛がったりしないのは残念ですねぇ……悶え苦しみ、泣きながら懇願してくるところを見るのも大好きなのですが……はぁ……」


 かと思いきや、突然、悲しそうに溜息を吐き出す。

 何このテンションの落差。

 悪魔に対して言うのもあれだが、こいつ完全にイカれてやがる……。


 ただでさえこんなところに閉じ込められて混乱してるってのに、こんな奴に遭遇してしまうとか、冗談じゃない。

 ていうか、そもそも何で俺が玩具扱いされなくちゃいけねぇんだよ。


「まぁそう都合よくはいかないということですか……何をしても壊れない喋るサンドバッグだと思うことにしましょう」


 悪魔は好き勝手なことを言って、再び光線を放ってくる。

 腹が立ってきた俺は、抑え込んでいた魔力を解放し、それを片手で受け止めた。


 バチバチバチッ!


 手のひらで暴れ回っているそれを、思い切り握り潰す。


 ――バンッ!


「……は?」


 光線の残骸が四方八方へ飛んでいった。


 見たか。

 俺がちょっと本気を出せば、こいつの攻撃くらいノーダメージにできるのである。


「わ、わたくしの攻撃を片手で……? それに、この凄まじい魔力は……」

「お返しだ」


 先ほどの意趣返しとばかりに距離を詰め、悪魔の腹に拳を叩き込んでやった。


「~~~~~~~~~~~~っ!?」


 五百メートルほど吹っ飛んで、それでもまだ止まらず白い床の上を何度も転がっていく悪魔。


「ぶ、ぶがっ……な、な、な……」

「へえ、お前も結構、丈夫みたいだな」

「っ!? い、いつの間に……っ!?」


 一瞬で距離を詰め、今度は足を振りかぶる。


「もうちょっと本気でやってみるか?」

「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」


 蹴りをお見舞いしてやると、悪魔は空高く飛んでいって見えなくなってしまった。

 しばらく待ってみても、帰ってくる気配はない。


「戻ってこないな? ……死んだか?」


 まぁあのイカれ悪魔がどうなろうと、正直どうでもいい。


 そんなことよりこの状況だ。

 本当に外に出ることはできないのだろうか。


 あの悪魔は千年以上もここにいると言っていた。

 恐らく寿命がないのだろうが、よくそんなに居て発狂せずにいられたよな。

 ……いや、発狂した結果、ああなった可能性はある。


 だが他人ごとではない。

 俺も永遠にここで生き続けなければならないかもしれないのだ。


「しかもこんな真っ白で何もないところに……外ならまだマシだっただろう……あいつに騙されて、付いてきたばかりに……」


 加えて下半身は丸出しだ。

 誰かに見られる心配はないとはいえ、あまりにも情けない格好をしている自分に、俺は頭を抱えた。

 気づけば涙が溢れてくる。


「嫌だ……俺はただ早く死にたいだけなのに……何でこんなことに……くそっ……ふざけんじゃねぇ……俺が何したってんだよ……」


 絶望のどん底まで沈んだら、今度はふつふつとマグマのような怒りが湧き上がってきた。

 このやり場のない感情をぶつけるかのように、俺は大声で叫ぶ。





「クソがあああああああああああああああああああああああああああっ!!」





 バアアアアアアアアアアアアンッ!!


「……え?」


 何もない真っ白な空間に、穴が開いた。



   ◇ ◇ ◇



「ただの玩具の分際で、よくも公爵級悪魔であるこのわたくしを吹っ飛ばしてくださいましたねぇ……っ!? じっくり遊んであげる予定でしたが、完全に気が変わってしまいました……っ! 真の力を解放して、今すぐぶち殺して差し上げ――――あれ? いない……?」


 憤怒の表情で元の場所へと戻ってきた悪魔メフィストは、そこに腹立たしいアンデッドの姿がないことに気づいて立ち止まる。


「まさか、逃げたのですか……? くくくっ! このわたくしから逃げられるとでも思っているのですかねぇ! なぜか目の前に穴が開いてはいますが、ここは脱出不可能な閉鎖空間なのですから! ……へ?」


 彼が目にしたのは、白い空間にぽっかりと開いた穴。

 その向こう側に見えるのは、こことは違う、多彩な色に満ちた世界。


「……外の、世界?」

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