第86話 変な場所に閉じ込められた
首都が見えてきた。
「で、でかい……」
思わずその威容に圧倒されてしまう俺。
というのも、都市の中心に凄まじく巨大な尖塔が聳え立っていたからだ。
その荘厳な雰囲気から、明らかに宗教的な施設と分かる。
神殿だろうか。
「さすがは巨大宗教団体だな。信者から集められる金も半端ないんだろう」
「おい、嫌な言い方をするな」
思ったことをつい口にしてしまうと、どうやら聞こえてしまったようで、信者である聖騎士少女に睨まれてしまった。
聖騎士たちに護送されながら城門を潜り抜け、都市の中へ。
街はなかなかの活気があった。
やはり巡礼者が多いらしく、粛々とした印象は受けるものの、まだこの辺りは普通の街の雰囲気とそう変わらないようだ。
だが街の中心部に行くにつれ、段々と人々の様子が変わってくる。
あまり会話がなくなり、静かになっていったのだ。
そうして俺たちがやってきたのは、あの街の中心に聳えていた巨大尖塔だ。
神殿なのだろう、信者たちが粛々と中へ入っていく。
俺たちの方は一般開放されている入り口とは違う、関係者用の出入り口を通るらしい。
立ち入り禁止区域へと入り、そこから尖塔の内部へ。
塔を登っていくのかと思いきや、向かった先は地下の方だった。
やがて辿り着いたのは、広大な地下空間だ。
神官と思われる人々がずらりと並び、何やら呪文めいた祈りを口にしている。
その中から一人の大柄な男性が歩み出てきた。
あの英雄王にも匹敵する存在感と威厳に、俺は思わず圧倒されてしまう。
身に付けている祭服の絢爛さといい、どう考えても偉い人物だ。
副団長のおっさんがその男性の前で膝を折る。
「教皇猊下、ノーライフキングを連れてまいりました」
「ご苦労だった、デルエル」
いきなりこの国のトップのお出ましだった。
その鷹のように鋭く厳しい目が、俺に向けられる。
だが特に何かを言ってくるわけでもなく、そのまま無言で俺に前に進むよう促してきた。
「魔法陣……」
そこにあったのは巨大な魔法陣だ。
どうやらこの中心に立てばいいらしい。
……いよいよだ。
どきりと、動いていないはずの心臓が鳴ったような気がした。
ついに念願の死に至れるのだという、期待と高揚感。
それに本当に浄化されるのかという不安が入り混じっている。
魔法陣の中心に立って振り返ると、聖騎士少女と目が合った。
なぜか何とも言えない複雑な表情で俺を見ている。
……どういう心境なのだろうか?
そのとき、教皇が右手を上げた。
「準備は整った。これより魔法を発動する」
次の瞬間、神官たちの祈りの声が大きくなった。
魔法陣が目のくらむような光を放ち、地下空間を煌々と照らす。
……あれ?
何も……起こらない?
ただ魔法陣が光っただけで、俺の身体には何の異変もなかった。
やがて光が収まってしまい、俺は何事もなかったかのようにその場に突っ立ったままだ。
もしかして失敗したのか……?
「っ!?」
背後に異様な気配を感じて、俺は咄嗟に振り返った。
するとそこにあったのは、先ほどまではなかったはずの巨大な門。
何の装飾もない、ただただ純白のそれは、不思議なことに宙に浮かんでいた。
直後、門から伸びてきた無数の鎖が、俺の身体を拘束していく。
全身を雁字搦めにされてしまった。
「――開け、次元聖獄の門よ」
教皇が厳かに告げると、閉じられていた扉がゆっくりと開いていった。
「っ!?」
鎖に引っ張られる。
俺はそのまま門の向こうへと引き摺り込まれてしまった。
「な、何だ、ここは……?」
放り出されたのは、ただただ真っ白い空間だった。
呆然と立ち尽くしていると、門が完全に閉じてしまう。
そして最初から何もなかったかのように、門は忽然と消えてしまった。
「……どういうこと?」
◇ ◇ ◇
「きょ、教皇猊下!? これは一体……っ!?」
ノーライフキングが謎の門の奥へと消えていく。
リミュルは嫌な予感がして思わず教皇に詰め寄った。
「次元聖獄と呼ばれる、邪悪な存在を捕えるための聖なる牢獄だ。次元の狭間に作られ、そこに捕らわれれば最後、二度と出てくることは叶わぬ。たとえノーライフキングであろうとも、それは例外ではない」
教皇は淡々と答える。
「なっ……浄化させるのではなかったのですか!?」
「神剣を使うセレスティア騎士団長ですら不可能だったのだ。恐らくはいかなる方法を持ってしても、ノーライフキングを浄化することはできぬ」
「そ、そんな……」
つまり最初から教皇はこうするつもりだったのだ。
愕然とするリミュルだが、そんな彼女へ教皇は労いの言葉をかける。
「リミュル聖騎士、大義であったぞ。ノーライフキングの出現で、世界は今、未曽有の恐怖と混乱に陥っていた。だが貴殿の今回の働きにより、多くの人々が救われるであろう」
それだけ告げ、教皇は立ち去った。
リミュルは呆然としたままその場に立ち尽くすしかない。
「あいつは……危害を加える気などなかった……ただ、浄化されたかっただけなのだ……。なのに、こんな……」
アンデッドとしての生に終止符を打ちたい。
その思いだけで、彼はここ聖教国へとやってきたのだ。
それが脱出不可能な場所に落とされ、死ぬどころか、そこで永遠に生き続けなければならなくなるなんて、あまりにも酷い仕打ちだ。
「……すまない……私がここに連れてきたばかりに……」
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