第69話 さすがに怒った
「うーん、身体は無傷でも、服だけは簡単にダメになってしまう……どうにかならないものか……」
火事の現場から離れた俺はできるだけ人気の少ない道を選び、ボロボロになったフードで辛うじて白い髪を隠しつつ、街の城壁を目指していた。
と、そんな俺の前に、道を塞ぐようにして四人組が立ちはだかる。
「……止まれ」
そのうちの一人が重々しい声でそう命じてきた。
穏やかではない雰囲気だ。
冒険者だろうか。
一人はツンツンに逆立った髪の男で、かなり大きな剣を背中に担いでいる。
それから小柄なシーフ風の少女に、身長二メートルを超す巨漢。
そして、最後の一人には見覚えがあった。
「……あ、さっきの……」
つい先ほど、港町の方角を教えてくれたあのローブの青年だったである。
もしかしてそれが間違っていて、慌てて訂正しにきてくれたのだろうか?
それならとても親切な人ということになるが、どうもそんな様子ではない。
その青年が、緊張の面持ちで口を開いた。
「あなたが……ノーライフキングですね?」
ノーライフキング。
俺は今この世界で、そんな風に呼ばれて危険視されているという。
思い出すのは英雄王の言葉だ。
――災厄級に指定されている魔物だ。もし討伐に成功すれば、多額の賞金を得ることができる。ゆえに、特に若くて血気盛んな冒険者たちが、一攫千金を狙い、討伐せんと意気込んでいるらしいのだ。
しまったな……どうやら俺、彼が懸念していたような冒険者に、ピンポイントで声をかけてしまったらしい。
あのとき汗をびっしょり掻いていたのは、すでに俺だと認識していたからだろう。
「……」
「あの髪と目だ。間違いねぇだろうよ」
「何も喋らないのはきっと肯定の意味だよね!」
「がっはっは! 見た目は大して強くは見えぬがのう!」
彼らは戦う気満々だ。
しかしこんな街中で戦ったら大変なことにならないか……?
どうしたものか……。
俺が危険なアンデッドではないと話して分かってもらう?
絶対無理だ。
先ほど声をかけるだけで相当な覚悟が必要だったコミュ障の俺が、そんな説明を上手くやれるはずがない。
しかも相手はすでに臨戦態勢なのである。
となると、取るべき手は一つしかない。
そう、逃げる、だ。
そもそも俺には彼らと戦う動機も義理もない。
何でわざわざ相手をしなければならないのか。
そう結論付けて、すぐに逃走しようとしたときだった。
「こいつは挨拶代わりだぜ!
ツンツン頭が下段から繰り出した斬撃が、高速回転する衝撃波の刃と化し、地面を削りながらこちらに迫ってきたのだ。
俺の身体にとっては大した攻撃ではない。
だがまともに喰らったら、ただでさえボロボロの服が切り刻まれ、裸になってしまいかねないと思い、咄嗟に回避した。
「っ! 躱しやがった!?」
俺の脇を通り抜けた衝撃波は、そのまま道を真っ直ぐ進み――
「……っ!」
そこで俺は気が付いた。
道の先に、先ほど俺が助けた子供とその母親の姿があったのだ。
どうやら子供が目を覚ましたらしい。
それで礼を言おうと、二人で俺を追いかけてきたのかもしれない。
しかし最悪なことに、衝撃波は真っ直ぐ彼女たちに向かって飛んでいく。
「わっ、このままじゃ当たっちゃうよ!?」
「街中で戦っている以上、仕方ありません。相手は災厄級のノーライフキング。多少の犠牲など、あってないものでしょう」
「はっ! つまり全力で暴れまくっていいってことだな!」
連中の物言いに、俺はカチンときてしまった。
おいおいおい、アンデッドの俺はともかく、何の罪もないあの親子を巻き添えにするんじゃねぇ。
しかもまったく悪びれる様子がないときた。
次の瞬間、俺は回避したはずの衝撃波を追いかけていた。
そして足に魔力を集束させると、それを思い切り踏み抜いた。
ドガアアアアンッ!!
衝撃波が弾け散る。
地面と周囲の建物に罅が入り、余波として暴風が吹き荒れたが、幸い親子は軽く後ろに吹き飛ばされるだけで済んだ。
「………………おい」
さすがの俺も怒りが抑えられず、振り返りながら彼らを睨みつけた。
冒険者たちは「ひっ」と声を漏らして後退る。
「は、ははっ、なるほど、こいつがそうか……恐怖でまったく震えが止まんねぇぜ……っ! おい、ベルエール、お前にはどう見えてんだ……っ?」
ツンツン頭が振り返り、ローブの青年に声をかけた。
青年の顔は真っ青だ。
「そ、そんな……まさか、この腕輪を凌駕するほどの……っ?」
「……? 何だ、ベルエール? 何でお前まで震えてやがんだよっ? まさかその腕輪が効果なかったとか言うんじゃねぇだろうな!?」
「も、申し訳、ありません……」
「ええっ、ほんとに!? それ、どうすんのさ!?」
「ううむ、これは想定外であるな」
「し、心配は要りません! 我々のこの恐怖が偽りのものだと分かってさえいれば、対処できるはず……っ!」
何やら揉めているようだが、そんなことこちらの知ったことではない。
功名心にはやり、こんな街中で暴れようとしていた連中を看過できるほど、俺は甘い人間――いや、アンデッドではなかった。
「……戦いたいなら……外に、しろ……」
俺は一歩で彼らとの距離を詰めた。
「は?」
突然、目の前に現れた俺に驚愕しているツンツン頭の胸倉を掴み上げると、そのまま思い切り街の外に向かって放り投げる。
「うおおおおおおおおっ!?」
「「「イルラン!?」」」
次は巨漢だ。
背が高くて胸倉を掴むことができないので、こちらはズボンのベルトを掴み、そして先ほどと同じように外へ投擲した。
「ぬおおおおおおおおっ!?」
「「ロンダ!?」」
続いてローブの男。
胸倉を掴んで先の二人と同じ方向へと投げてやる。
「~~~~~~~~~~っ!?」
「ベルエール!?」
最後の一人は……しょ、少女か。
うん、女子は苦手だからやめておこう。
「こ、こ、こっち来るなぁっ! ……あれ?」
俺は彼女を放置し、投げた三人を追って跳躍した。
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