第67話 ノーライフキングに遭遇した
「ええと……地図によると、あそこに見えるのがルオシーっていう街のはずだよな?」
単身で目的地の港町へと向かう途中。
俺は道中の重要な目印の一つである、ルオシーという街の近くまでやってきていた。
冒険者だった頃、地図を手に一人で各地を旅していたほどだ。
さすがに間違えてはいない……はずだが、少し不安になってしまう。
万一、船の出発時間に間に合わなかったら、聖騎士少女にどれだけ怒られるだろうか……。
そう考えると、慎重を期しておきたくなった。
「……街で誰かに『ここはルオシーの街だよね?』って訊けばいい。街の名前を訊くだけだ……俺にもできる……はず……」
本来なら街の入り口に設けられた検問で訊ねるのが早いだろうが、そこだと詳しく素性を改められかねない。
そう判断した俺は、またいつものように防壁を乗り越えてこっそり街の中に侵入することにした。
「さて……誰に訊くのがいいか……」
あまり人気のない道。
建物の影に隠れた俺は、たまに通りかかる通行人を眺めて良さそうな人を探す。
若い娘は論外だ。
おばさんもできればやめておきたい。
フードで顔を隠した男がいきなり近づいてきたら、それだけで怖がって逃げてしまいそうだからな。
男だ。
それも、できれば一人がいい。
男ばかりであっても、グループに話しかける勇気は俺にはない。
そうしてしばらく待っていると、まさに単身の男がこっちにやってきた。
二十歳頃の青年だ。
魔導師っぽいローブを着ており、知的で優しそうな印象を受ける。
よし、彼に決めた。
だが、待てよ……。
どんなふうに訊けばいいんだ?
そもそもよく考えたら、街の中にいるのに街の名前を訊ねるなんて、おかしいんじゃないか……?
し、しまった……なぜそんなことに気づかなかったんだ!?
このままでは怪しい奴だと思われてしまう。
頭を抱えてしまった俺だが、そこで妙案に思い至る。
そうだ!
この作戦なら怪しまれずに済むかもしれないぞ。
意を決して、俺はその青年に声をかけた。
「す、すいましぇん!」
……噛んでしまった。
しかし幸い、青年はそれを冷笑したりはしなかった。
少しだけ訝しそうな顔で俺を見てはいるが。
俺は何とか次の言葉を絞り出した。
「あ、あの……その……じ、実は……教えてもらい、たい……ことが……」
「……はい、何でしょう?」
フードで顔を隠し、ぼそぼそと喋る俺に、男性は少しの間を置いてから訊き返してくる。
「こ、これ……この……港に、行きたいんだが……どっち、だ……?」
俺は英雄王から送られてきたあの地図を見せながら訊いた。
そう、俺の作戦というのはこれだ。
目的地である港町の方角さえ分かれば、わざわざこの街の名前を教えてもらう必要なんてないのだ!
「……港に? ああ、港町のワコルのことですかね? 一応、方角はあちらですが……」
そう言って男性が指さしたのは、俺が思っていたのと同じ方向だった。
どうやら間違っていなかったようだ。
「ただ、ワコルに行くなら普通は列車です。……駅は向こうの方ですね」
……列車? 駅?
聞いたことのない言葉に首を傾げる俺だが、もちろん聞き返したりはしなかった。
コミュ障は分からないことがあっても、訊くことができないのである。
「あ、あ、ありが、とう……」
「いえ、どういたしまして」
ともかく親切な人で良かった。
俺はおっかなびっくり礼を言って、そそくさとその場から立ち去るのだった。
ただ、その去り際。
チラリと青年のこめかみ付近に目がいったとき、尋常じゃないくらいの汗が噴き出しているのが見えてしまった。
空は曇っているし、暑いわけではないだろう。
ローブを着こんでいたので、少し厚着と言えば厚着だが……汗かきな人なのだろうか?
……もしかして彼も俺と同じコミュ障だったりしてな。
◇ ◇ ◇
「た、た、た、大変です!」
私はそう叫びながら、拠点にしている宿の部屋へと駆け込みました。
体力に自信のない魔法使いなのに、ここまで全速力で走ってきたせいで息が苦しいですが、今は呼吸を整えている余裕もありません。
「ぜ、全員いますか!?」
パーティ全員で使っている大きな部屋です。
私が大きな音を立てて扉を開けたからか、すぐにメンバーたちが何事かという顔で集まってきました。
「どうしたんだよ、そんなに急いで? って、汗びっしょりじぇねぇか」
「階段駆け上がってくる音、部屋の中まで聞こえてきたよー?」
「がっはっは! もしや便意を催し、慌てて戻って来たのではござらんか! トイレなら空いておるゆえ、心置きなく使われよ!」
リーダーのイルランに、シーフのミット、そして最後の一人は巨漢の格闘家ロンダ。
どうやら運よく全員が部屋にいたようです。
「と、トイレなどではありません……実は……」
私は逸る気持ちを抑えながら、彼らに告げました。
「……先ほど、ノーライフキングと思われる男と遭遇しました」
「「「なっ!?」」」
イルランたちはそろって目を剥きました。
「そ、そいつは本当か!?」
「ええ、間違いないかと思います。フードを被り、顔を隠していましたが、至近距離で確認しましたから。ノーライフキングの特徴とされる白い髪に赤い目、それに……あの気配は生きた人間ではなく、アンデッドのそれでした」
私は過去に幾度となくアンデッドモンスターと戦ってきました。
浄化の魔法も習得していることもあって、その手の依頼がギルドを通じて、よく入ってくるからです。
だからこそ、アンデッド特有の気配に気づくことができたのでしょう。
それにしても、まさか向こうから声をかけてくるとは思いませんでした。
何とか興奮を押し殺し、いつも通りの受け答えをやり通すことはできても、全身から噴き出してくる汗だけは止めることができませんでした。
「それで、奴はどこに行ったんだ!?」
「心配は要りません。追跡の魔法を使いましたので、すぐに追えば見つかるでしょう」
「さすがだぜ! はっ! こいつは運が回ってきたな!」
イルランが意気揚々と大剣を担ぎ上げます。
戸締りなどしている暇も惜しいです。
すぐさま武装を整えると、私たちは部屋に鍵もかけずに宿を飛び出しました。
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