第44話 罠だった
「お、もしかしてあれが王都か?」
遠くに街が見えてきた。
前にいた国の王都と比べると、城壁の高さも街の広さも随分と小さいが、それでもこの国に入ってから見た中では最も栄えていそうだ。
謎の女に温泉でいきなり攻撃された後、俺はどうにか新たな衣服を調達。
それからはのんびりと歩き続け、こうしてこの国の王都らしき場所へと辿り着いたのだった。
「……ん? それにしても全然、人がいないな?」
王都に近づいていくが、街道にはまるで人気がない。
そのまま何事もなく城門の前までやってきた。
「門は開いてるんだが……」
城門は開いているのに、誰も出入りしていない。
衛士の姿もなく、本来なら入場のために検問で厳しくチェックされるはずだが、そのまま素通りすることができた。
「……入っていいのか?」
もう入ってしまったが。
街の中はさながら廃墟のような静けさだった。
やはり人っ子一人見当たらないが、しかし所々にしっかりと生活感が残っている。
まるで街の人たちがどこかに緊急避難してしまったかのようだ。
「何だ、この感じは……もしかして、アンデッド?」
そのとき同族の気配を察して、俺は足を止めた。
「もっと街の中央からだな」
もしかしてあの死霊術師の残党だろうか。
またあの筋肉女のようなアンデッドだったら嫌だなと思いながら、俺は感覚を頼りに街の奥へと進んでいった。
やがて広場へと辿り着く。
円形の広々としたそこにも人がまったく見当たらない。
ただそのど真ん中に、檻のようなものが置かれていた。
「檻の中で何かが蠢いてるんだが……人か……? いや……」
アンデッドの気配の発生源は、まさにその檻からだった。
近づいていくと、案の定その檻の中には大勢のアンデッド――ゾンビたちが閉じ込められていた。
「「「うーあー」」」
「「「おああああ……」」」
呻き声を上げるゾンビたち。
腐った死体とも呼ばれる彼らは、人の形は残しているものの、その名の通り身体のあちこちが腐っており、あるいは身体の一部が欠損したり、肉が抉れて骨が見えていたりしていた。
当然、悪臭が漂ってくる。
同じアンデッドなので耐性があるのか、臭くてもえずいたりはしなかった。
「誰がやったのかは知らないが、随分と悪趣味だな……よし、ファイアボール」
見世物のように閉じ込められたこのゾンビたちが不憫だなという思いもあって、俺はすぐに介錯してやることにした。
猛烈な炎が檻ごと包み込み、ゾンビたちの腐った身体を焼いていく。
「よし、浄化完了」
俺のファイアボールには、単に肉を焼くだけでなく、その魂を浄化させる力があるのだ。
「今です!」
突然そんな叫び声が聞こえてきたかと思うと、今まで誰もいなかった建物の陰から、次々と人が飛び出してきた。
魔法使いらしきローブを身に付け、杖を手にした彼らは、声を揃えて唱える。
「
すると俺の足元に巨大な魔法陣が出現。
どうやらあらかじめ仕込んでいたらしく、次の瞬間にはもう魔法が発動していた。
俺と空を遮るように、淡く光る膜のようなものが頭上を覆い尽くしていく。
やがて半球状に展開された結界によって、俺は完全に閉じ込められてしまった。
そこへ現れたのは、先日、俺と対峙したあの聖騎士の一団だった。
その中には聖騎士少女の姿もある。
もしかして、こんなところまで俺を追いかけてきたというのか……?
なんていう執念だ。
だが彼らは俺のところへ来る前に立ち止まる。
ただ一人を除いて。
「お久しぶりですね」
「っ……」
それは見覚えのある女だった。
温泉に入っていたとき、急に襲いかかってきたあの女だ。
今は裸ではなく、ちゃんと鎧に身を包んでいる。
聖騎士少女たちと同じコンセプトのものだが、それより幾らか上等な代物に見えた。
「まんまとこちらの用意した罠に引っかかっていただけて、とても嬉しく思っています」
そう告げながら、彼女は結界をすり抜けて中に入ってくる。
「……」
俺は無言で後退った。
ど、どうするっ?
よりにもよって、この女が一人で近づいてくるなんて……。
俺が会話しやすい中年の男だったなら、どうにか勇気を振り絞って、会話に持ち込むことができたかもしれない。
だが生憎と女は大の苦手なのだ。
今はお互いちゃんと服を着ているが、それで会話ができるようになるわけではない。
しかもあの温泉のときの姿が脳裏を過ってしまうため、真っ直ぐ彼女を見ることすらできなかった。
……よし、逃げよう。
俺はすぐにそう結論を出した。
踵を返し、走り出す。
「がっ?」
しかしその直後、何かに激突して尻餅を突いてしまった。
そうだった……先ほど展開された結界が、行く手を遮っているのだ。
「二十人を超える結界師たち。さらには希少な魔石を惜しみなく使用して発動させた、最強の結界です。そう簡単には逃げることなどできませんよ」
そ、そうなのか……?
だとしたら、俺は今、女と二人きりで密室に閉じ込められているような状態というわけだ。
戦慄しかない。
でも、殴ったら案外、簡単に破れるような気も……?
そう思い、拳を叩きつけようとしたときだった。
「なるほど……どうやらリミュルの言っていた通りかもしれませんね。貴方は、人に危害を加える気などない」
「……」
そうです。
そんな気はまったくないです。
ただ自分が死ねればいいだけなんです。
「ですが……だからと言って、その存在を許すわけにはいきません」
彼女はきっぱりと告げた。
「忌まわしきアンデッド――ノーライフキング。アルベール聖騎士団団長として、今度こそ貴方を浄化して差し上げましょう!」
聖騎士団団長?
こんな若い女が……?
いや、若くして団長の座に就いているのは、それだけ才能に恵まれていることの証左。
もしかしたら今度こそ期待できるかも――いや。
そこで俺は先日のことを思い出す。
あのとき何度か攻撃を受けたけど、まったく効かなかったじゃないか。
あれから短時間で、俺を浄化できるようになるとは思えない。
「……じゃあ、期待できないな……」
溜息とともに、思わずそんな言葉が口から零れ出てしまった。
それが聞こえたのか、女団長はむっとしたような顔になって、
「っ……随分と甘く見てくれているようですね……。しかし、我が騎士団の名の由来となったこの神剣アルベールならば、いかなるアンデッドであろうと浄化できないはずがありません」
いや、その剣、あの温泉内で俺を斬ったやつだろ?
刀身が不思議な光を帯びていて、確かに少しビリっとした痛みを覚えた気がするが、それだけだった。
「ふふ、あれがこの神剣の力のすべてだと思っているなら、大きな間違いです。あれは所詮、わたくし一人の信仰によるもの。ですが、今日は――心強い味方が沢山いますので」
「っ!?」
いつの間にか、広場の周辺に無数の人だかりができていた。
きっと隠れていたこの街の住人たちだろう。
だが彼らが戦えるとは到底思えない。
「さあ、皆さん! 神へ祈りを!」
女団長がそう促すと、彼らは頭の前で一斉に両手を組み合せ、真剣な顔で祈りを捧げ出した。
すると不思議なことに、女団長が手にする神剣の刀身が、煌々とした輝きを放ち始める。
それを意気揚々と掲げて、彼女は言った。
「これこそ、神剣アルベールの力っ! 信徒たちの信仰を力に変えることで、いかなる悪をも滅する最強の剣となるのです!」
おおっ、そうだったのか!
再び希望が湧いてきた。
俺はいつでも彼女が斬りかかってこれるよう、大きく両腕を広げて待ち構える。
「っ……なるほど、これでもまだ、自信があるというのですね。いいでしょう。そのまま己の絶対的な力を過信したまま、あの世へ逝きなさい!」
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