第43話 姉妹だった
「き、騎士団長、自ら……」
「別におかしなことではないでしょう。相手はあの英雄王すらも討伐に失敗したというノーライフキング。聖騎士たちでは歯が立たないことは明白です。それゆえ、教皇猊下からわたくしに勅令が下ったのです」
セレスティア騎士団長は、当惑する私へ経緯を説明する。
……実は私も、その可能性を考慮していなかったわけではない。
だがさすがにこれほどの早さで、我が教会の切り札とも言える騎士団長を投入してくるとは思っていなかった。
こうなったら、当然この場の指揮権は完全に私から騎士団長へと移行する。
あの白髪のアンデッドとの対話を試みようという私の目論見は、完全に瓦解した。
「それで、あなたは直接そのノーライフキングと対峙したそうですね?」
「……は、はい」
「そのときのことを教えていただけますか?」
「か、畏まりました」
いや、まだ分からない。
私が知るあの白髪の情報を伝えたならば、もしかしたら騎士団長を説得することが可能かもしれない。
「まず、この聖槍ではまるで歯が立ちませんでした。聖騎士全員で取り囲み、一斉に浄化を試みたにも関わらず、あのアンデッドはまったくの無傷。それどころか、こちらの攻撃など児戯に等しいと言わんばかりに笑っておりました」
一方で、奴は一切こちらを傷つけようとはしなかったのだ。
「危険なアンデッドと聞いていましたが、奴は我々に反撃することもなく去ってしまったのです。それどころか、我々が追っていた死霊術師を倒すなど、まるで人類に利するような行動を取っています。ロマーナ王国の王都も、あのアンデッドが雷竜帝を倒したことで護られたと言えるかもしれません」
「……リミュル、つまりあなたは何が言いたいのですか?」
私は恐る恐る、自分の考えを口にした。
「あのアンデッドは、我々人類にとっての敵ではない……かもしれない、ということです。私の見立てでは、会話をすることも可能です。もしコミュニケーションを取ることができるならば、危険を冒してまで、討伐を試みる必要はないのでは……」
静かに私の言葉を聞いていたセレスティア騎士団長が、ゆっくりとソファから立ち上がった。
「実はわたくし、すでにノーライフキングと思われるアンデッドと戦いました。聞いていた通りの赤い目と白い髪でしたので、恐らく間違いないでしょう」
「っ……騎士団長が……っ?」
「ここ王都に来る途中、休憩のために立ち寄ったアッティラの街でした。なぜか温泉に浸かっており、見た目はごく普通の青年でしたが……アンデッドだと看破したわたくしは、すぐさま討伐を試みたのです」
温泉に浸かっていた……?
ということは、もしかして騎士団長も……確かに昔から温泉が好きな人だったが、こんなときにわざわざ温泉になど入らなくとも……いや、この際そこには目を瞑ろう。
「しかし、わたくしの〝神剣〟をもってしても、傷一つ付けることができませんでした。そしてノーライフキングは、そのまま逃げるように立ち去りました。不思議なことに、わたくしに反撃しようとするどころか、そもそも敵意すら感じませんでしたね」
まさか、すでにセレスティア騎士団長があの白髪と遭遇していたとは。
これなら話は早い。
私は胸を撫でおろしつつ、改めて断言しようとする。
「騎士団長が実際に体験された通り、やはりあのアンデッドは危険な存在では――」
「リミュル」
「っ……」
ただ名前を呼んだだけ。そして顔には微笑が浮かんでいる。
だというのに、私は一瞬で射すくめられてしまった。
「危険な存在ではない。だから、何だというのです?」
「……それは」
「相手は神を冒涜する不浄なアンデッド。となれば、討伐する以外に道はないでしょう? まさかとは思いますが、リミュル。あなた、あのアンデッドに絆されてしまったというわけではないでしょうね?」
「い、いえ、そんなことはっ……もちろんありません!」
思わず汗を掻きながら、私は慌てて否定する。
同時に自分の甘い考えを反省していた。
騎士団長の信仰は、数多くいる信徒たちの中でも、ひと際深く、強い。
アンデッドの存在を許すことなど、絶対にあり得ないはずだった。
「たとえあのアンデッドが人類に友好的な存在であったとしても、我々がやることは変わりません。神に仕える聖騎士として、必ず奴をこの世界から浄化するのです」
「は、はい……っ!」
「分かれば、よいのです。もちろん討伐が容易ではないことは、わたくしが身をもって体感いたしました。しかし討伐に失敗したのは、わたくし一人の力だったからです。ここタナ王国の王都にも、大勢の信徒たちがいます。彼らの力を総動員するならば、必ずや消し去ることができるでしょう」
そう語るセレスティア騎士団長の瞳は揺るぎない。
〝神剣〟の力を信じて疑っていないのだろう。
団長が有する〝神剣〟は、我が教会が保有している最強の神話級武器だ。
その最大の特徴は、信仰を力に変えることができるということ。
本人の信仰のみならず、信徒たちの信仰を集束させるならば、凄まじい力を発揮できるはずだ。
……確かに、団長の〝神剣〟ならば、白髪のアンデッドを浄化できるかもしれない。
しかしリスクがある。
もし失敗したら……あのアンデッドと言え、さすがに激怒し、今度こそ人類へと牙を剥くかもしれない。
果たして、そんな危険を冒すべきなのか……?
いや、この不安はきっと、私の信仰が足りないせいなのだろう。
神を、〝神剣〟を、そしてセレスティア団長のことを信じるべきなのだ。
英雄王には悪いが、私は聖メルト教の聖騎士であり、やはり不浄なアンデッドは浄化するしかない。
私はそう自分に言い聞かせる。
だが、なぜだろう。
こうも胸がもやもやしてしまうのは……。
「……さて、リミュル、ここからは堅苦しい態度でいる必要はありませんよ」
団長はそう言うと、親しい間柄にしか見せない自然体の笑みを浮かべた。
「久しぶりに可愛い妹の元気な顔を見ることができて、姉さんはとても嬉しいです」
「団長……いえ、姉さん……」
そう。
セレスティア騎士団長は私と血の繋がった実の姉なのだ。
幼少の頃から群を抜いて優秀で、そして敬虔な信徒でもあった姉さんは、僅か十歳のときに聖騎士になった。
その当時、現教皇である父上は、教皇に次ぐ地位に就いており、そのため姉さんの入団は何らかの忖度が働いたからではないかと噂されていたらしい。
だが、それもほんの短い間だったという。
すぐに当人が頭角を現し、その実力が本物であることを証明してしまったからだ。
それから幾つもの実績を上げ、十五歳にして隊長を任されると、ついには史上最年少の二十五歳で聖騎士団の団長にまで上り詰めた。
そんな姉さんは、私にとっての憧れであり、目標でもある。
無論、才能のない私が、姉さんのようになれるとはとても思えないが……。
「リミュル、今回あなたが特別聖騎隊の隊長を務めること、私は反対していたのです」
「姉さん……?」
「だって、そうなるとしばらくの間、可愛い妹に会えなくなってしまいますもの」
「ね、姉さんはいつも私に対して過保護なんだ。私ももう、十八。立派な大人だ」
……こうして姉妹の関係に戻ると、姉さんはすぐに私を子ども扱いするのだ。
確かに姉さんにはまるで及ばないけれど、それでもちゃんと隊長を務められているとの自負があった。
「はぁ……ついこの間まで、おむつを穿いていたはずなのに……」
「一体いつの話をしているんだっ!?」
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