第92話 暗殺

 ケビンたちが襲撃に備え、待機してから更に二週間が過ぎている。

 あれからケビンは何度か単独で行動し、バルゼイの負担はやや拡大しているが、最近はそれも収まっていた。


「アンタ、この緊迫した時期に何してるのよ?」

「いや、ちょっと協力者とな」


 さすがにアミーに咎められて、外出は控えるようになったが、その行動の結果は予想外の物だった。

 その夜はアミーを始め一同を会して、対策会議を行うことになる。


「この家に篭って早一か月近く。敵もそろそろ行動を移す頃だから、こちらも対策を立てようと思う。そこでだな――」


 珍しく率先して動いたケビンに、神妙に話を聞く一同。

 そのアイデアにアミーやセーレから修正点を指摘されつつ、作戦を練り上げて言ったのだった。



 その夜は嫌に静かな夜だった。

 一人夜警に立つバルゼイは、現状の立場に付いて皮肉な考えを巡らせる。

 冒険者から兵士に取り立てられ、以後十年に渡って叩き上げで地位を築き上げてきた。

 今では大司教の一人娘の護衛という、結構重要な職に就くこともできている。

 端から見れば大出世。


「それにも、程度があるだろうよ」


 一晩中起きなければならないので、酒を飲むことはできない。

 なのでキッチンに常備されている、酸味あるレモン水をちびりと口に含む。

 すっきりした味わいが口の中に広がり、少しだけ気分が解れた気がした。


「まさか王家の継承問題に関わっちまうとはな」


 一人で夜警に立つようになってから、独り言が増えた。その自覚はあるが、別に止めようとは思わない。

 こういうのは、精神の安定のための自衛行動と理解しているからだ。

 就寝している者の邪魔にならない限りは、奇妙な行動でも落ち着いている方が安全だ。


 破戒神の残した技術を活用しつつ、家の中を改装する毎日を振り返る。

 失われた技術の復活に王位の継承問題。一介の冒険者には荷の重すぎるトラブルの数々。


「あの歳でそれらを解決しちまおうってんだから、大したもんだ」


 自分なら騎士団なり貴族なりに丸投げしていただろう、もしくは泣き寝入りで親の死を悲しんで終わりだったか。

 リムルという少年の発揮した、向こう見ずな行動力には感嘆するばかりだ。

 そしてそれに付き従い彼の力となったエイルや、ケビンを始めとした若手冒険者たちにも畏敬の念を抱かずにはいられない。


「ホント、俺も年取ったもんだな」


 そう呟いて席を立つ。

 短い廊下を歩いて、ケビンの部屋まで来てその扉を強く叩いた。


「お客さんだぞ、ケビン。俺はお嬢たちを起こしてくるからさっさと用意しろ」


 すでに夜は更け、人通りもない。

 元より閑散とした街外れにこの家はある。

 エリーの生存を確認し、居場所を突き止め、襲撃を決断するまでおよそ一か月。

 上が怠慢で、なおかつ我慢の足りない連中なら、掛かる時間はそんなものか。


 すでに周囲の虫の音は絶えて久しい。

 冒険者として培ってきた感覚がピリピリと危険を訴えてくる。

 どうやら、襲撃者がお出ましのようだった。



 慌てて起きだしたケビンが鎧を身に着ける。

 それを手伝いながら、アミーは声を上げた。


「敵の数は?」

「このさっきの様子だと、十人には届かねぇな。七、八人ってところか」

「ケビン、準備はできてる?」

「後は俺の鎧だけ」

「なんでこんなゴッツイの着てるのよ!」

「しゃーねぇだろ!」


 相も変らぬ緊張感のない二人に、バルゼイは思わず苦笑を漏らした。

 その隣で強張っているセーレの頭をポンと叩く。

 彼らの漫才があったからこそ、彼女の緊張に気付くことができたのだ。


「大丈夫だ、今回はお嬢一人じゃないからな。それに準備もしてある」

「うん」


 幼子のように頷くセーレを見て、彼女の幼少期を思い出した。

 あの頃はもっと純粋に子どもらしかったものだ。

 そこに殺気の変化が訪れた。おそらくはこちらが、慌しく動いたことを察したのだろう。


「どうやら、来るみたいだぞ」

「準備もギリギリ間に合ったな」


 きっちりと鎧を着込んだケビンが、そう返してくる。

 その時、裏口の扉が大きく爆砕された。



「おそらく裏口は囮だ。だが放置するわけにもいかん。俺が抑えてくる」

「玄関は俺に任せろ! アミーとセーレは予定通りに」


 郊外だけあって無駄に広い、屋敷とも言うべき一軒家。

 その裏口に向かってバルゼイが駆ける。

 彼の退場と時を同じくして、玄関から二名の侵入者が現れた。


「行け、アミー。セーレを護れ」


 クト・ド・ブレシェを構えながら、二人を背後に逃がす。

 その様子を見て、ケビンは警戒を強めた。

 裏口の戦力が囮なのに、正面から乗り込んでくる。それはこの相手が囮すら必要としていない強者であることの証だ。

 そして、それだけ驕った人間であることもわかる。いや――


「どうした、来いよ暗殺者共。不意打ちできねぇと怖くて戦えないのか?」

「――フン」


 軽い挑発を鼻先一つであしらい、ましらの如く襲い掛かってくる。

 狭い室内、それも玄関先という限定空間において、暗殺者の身の軽さはそれだけに脅威だった。

 背後を伺うと、アミーはすでにセーレを連れて奥へと逃げ込んでいる。


「……よし」

「逃がして、目的を果たしたとでも思ったか?」


 あらゆる方向から襲い来る刃を捌き続けるケビンに、暗殺者が初めて声を掛けてきた。

 怪訝そうな表情を浮かべるケビン。


「裏口が囮と判断したのは悪くない。正面に最大戦力のお前を置いたのも上出来だ。だがあいつらだけ逃がしたのは、下策だったな」

「なに?」

「俺たちが、たった二手だけで襲撃を仕掛けたとでも思ったか?」


 その声と共にガラスの割れる騒音と悲鳴が聞こえてきた。

 後方……つまり、アミーたちのいる側からだ。


「裏口、玄関、そして窓。逃げ場は全て塞がせてもらったよ」

「――そうかよ!」


 得意げに語る暗殺者に、斧槍の反撃を見舞う。

 だがこの一撃はあっさりと受け流されてしまった。エイルの一撃すら受けた相手だ。自分ではこんなものかと、逆に納得すらしてしまう。


「多少武勲を上げて調子に乗っていたようだが、それもここまでだな」

「口数が多いな、暗殺者風情が!」


 受け流された勢いを殺さず、石突で殴りかかる。だがこれもやはり躱された。

 相手は防御に特化した能力を持っている。更にこの狭い廊下が長物の動きを激しく制限している。


「武器の選択もできん雛鳥がさえずるな!」


 攻撃を掻い潜った暗殺者の突きが、左二の腕を掠める。

 左腕の力が急速に抜け、武器を支える事が出来なくなってしまう。


「麻痺毒か!?」

「毒を使う相手とは初めてか、『英雄』殿」


 片腕になっては、重量のあるクト・ド・ブレシェはただの重石にしかならない。

 この隙を突いて襲い掛かってきた一人に、武器を投げつけて撃退する。

 まさか武器を投げるとは思っていなかったのだろう、その一人はまともに投擲を受け、壁に挟まれるようにして叩きつけられ、昏倒した。

 その仲間を見て暗殺者の一人が舌打ちする。


「未熟者が、功を焦ったか? だが、これで貴様の得物はなくなったな」

「知るかよ!」


 気絶した暗殺者を蹴り飛ばし、牽制してから背後へと駆け出す。

 力の抜けた人体はまるでコマの様に回転し、手足を振り回しながら飛んで、残った暗殺者の動きを封じて見せた。

 一瞬の足止めを喰らった暗殺者だったが、相手にはすでに主武器はない。

 焦る必要は無いと思いなおして、ゆっくりと後を追うことにした。



 アミーはセーレを連れて、奥の部屋に向かった。

 ケビンとは違い、魔術師系の自分は武装が厚くない。

 セーレと共にマントを羽織った程度の防御。これで近接戦を演じるのは正直怖い。

 今に通りかかった段階で、反射的にセーレをかばい、横っ飛びにジャンプした。

 その時は知った本能に任せた行動と言っていい。

 案の定、裏庭に面した窓から、暗殺者が飛び込んできた。数は二人。

 半人前のセーレと、後衛専属の自分では相手にするのはかなりつらい。


「セーレさん、こっち!」

「は、はい!」


 彼女の手を引いて、後ろの廊下へと逃げ込んでいく。

 この先にあるのは地下室への扉だ。

 いくつかある地下室の一つは、破戒神の力で頑強の魔術を掛けてもらっていて、そんじょそこらの攻撃では壊れないほど強固な造りになっている。

 階段を転落するかのような勢いで駆け下り、その屋敷の大きさのわりに広い地下室へ飛び込んでいく。

 そこには調度品の類がなにもない、ただの石造りの部屋が広がっていた。

 しいて言えば、奥の床になにやら魔法陣が敷いてある程度か。


「鬼ごっこは終わりかな、お嬢様」


 気障ったらしい仕草で背後から声を掛ける暗殺者。

 その行為に反吐が出る思いで返事を返す。


「いたぶってるつもり? 油断してると噛み付かれても知らないわよ」

「『炎獄』の二つ名を持つ貴殿にそう賞されるのは、むしろ光栄ですな」

「ふざけてんじゃないわよ!」


 瞬間、魔法陣を展開して炎弾の魔術を撃ち放つ。

 暗殺者たちは驚愕の表情で、だが余裕を持ってこれを躱した。


「驚いた、無詠唱に高速展開。噂以上の腕前だ」


 だがアミーにはそんな感想を聞いている余裕などない。近接攻撃の出来ない彼女では、懐に入られた時点で詰みだ。

 雨のように魔術を降らせ、牽制し、敵を突き放す。こうして少しでも時間を稼ぐ、それが今彼女にできることだった。


「だが、無駄なあがきに過ぎん……」


 ヒラヒラと超人的な動きで魔術を躱す暗殺者。

 雇っている人間は屑でも、金に飽かせて集めた腕利きたちは、やはりそれなりの力量を持っている。

 攻撃を往なしながら、飛び込もうとした暗殺者の背後で、不意に施錠の音が響いた。


「――なに?」

「一つ……そして、二つ目!」


 その声と共にアミーが一気に飛び退る。

 そこには破戒神から授けられたマントを使い、魔法陣を起動したセーレの姿があった。

 【維持】によって、外部魔力タンクと化したマントの魔力で、【転移】の魔法陣を起動する。

 モザイクが掛かったかのようなエフェクトが縦横に走り――


「させるか!」

「それはこっちのセリフ!」


 起動を妨害するべく飛び込んでくる暗殺者と、それを迎え撃ち、足止めするアミーの魔術が衝突した。

 そして同時に転移の術式も起動する。



 一瞬にして変化した視界。

 そこは逃げ込んだパニックルームの向かい側にある食料庫だった。

 急いで部屋を飛び出し、魔術で施錠した扉を土壁で固めていく。

 構造的に、これで扉を開けることは難しくなったはずだ。

 アミーは念には念を入れて、更に土壁と頑強の魔術を施す。

 鉄に匹敵する硬度となった扉で塞がれ、内部の人間は脱出が不可能な状態となった。

 神によって強化された部屋は、ちょっとやそっとでは

 外部からの侵入も、も不可能となったのだ。


 もちろん内部には転移の陣が残っているが、起動するには大量の魔力が必要とされるし、脱出側の魔法陣を破壊しておけば起動はしない。

 そもそもセーレですら維持の魔術を組み込んだマントを使用しなければ使えないのだから、暗殺者たちでは起動すら不可能だろう。


「ふぅ、こっちは計画通り処理できたわね……後は任せたわよ、ケビン」


 紙一重で刺客をやり過ごし、食料庫へ避難しながら、アミーは冷や汗を拭ったのだった。

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