第81話 試練

 程なくして、イーグがケビンとアミーさんを連れてきた。

 破戒神様は現在留守らしい。なにやら調べものに出ているとか。

 リムルに一通りの事情を聞いたケビンは、その場で大きく反対した。


「なぜ俺を連れて行かない!」

「だから、彼女には腕の立つ護衛が必要なんだ。バルゼイさんだけじゃ不安なんだよ」

「俺もそこそこ強いつもりだったのだが、そんなに強いのか?」


 リムルの言葉に反発を示したのは、バルゼイさんも同じだ。

 そりゃ腕一本で近衛までノシ上がった人にしてみれば、『お前では未熟』と侮られているように感じても仕方ないだろう。


「失礼を承知で正直に言います。エイルの攻撃を何度もなしたあの暗殺者は、腕だけならあなたより上です」

「こいつが手加減したかも知れねぇだろ!」

「わたしが? エリーの死体を前にして?」

「……悪い、そういうつもりで言ったんじゃ――」


 あの場面で手加減など、エリーとわたしの友情を偽物だと宣言しているようなものだ。

 それだけは、わたしは許さない。


「わたしは全力で、殺すつもりで斬りかかったよ。でも殺せなかった。相手も受け流すので精一杯だったみたいだけど、対人戦闘ではケビンでも怪しいくらいの腕だったよ」

「そこまでかよ……」


 イーグの血を受けてからのケビンは、伸び悩んでいたのが不思議なくらい技量を伸ばしている。

 強い武器を存分に使いこなす腕力。人間の限界を突破したその力を思う存分発揮し、災獣とはいかないけれど、それに順ずるモンスターなら一人で倒せるくらいには強い。

 だが戦闘というのは、強さや速さだけでは測れないモノがある。


 それが技だ。そして、意思だ。


 乱れない精神の元、確固たる技量を持って振るわれる剣は、身体能力の差異を霧消させる。

 わたしがイーグに技を学んでいるのは、この為でもある。

 かつてわたしは、高い身体能力を持っていたにも拘わらず、そこらの町人の棍棒で昏倒し、奴隷に落とされた経験がある。

 油断や慢心の前には、どれだけ能力が無意味か思い知っている。

 あの暗殺者も、おそらくはわたしと同じく痛い目を見た経験があるのだろう。

 少女の姿をしたわたしを相手に、一切の油断を持たずに対してのけたのだから。


「エイルの見立てではケビンで互角。なら護衛に付くのはケビン一人じゃ無理だ。敵が襲ってきても、押し返せる後一手が必要になる」

「それが俺か」

「はい」


 バルゼイさんとケビン。二人掛かりならばあの暗殺者も追い返せるだろう。

 アミーさんは変装のため、幻覚の魔術を維持しておかねばならないので、戦力にならない場面が多い。


「しかし、話はわかったけど……でも、そいつで大丈夫なのか?」

「んだとぉ!」


 アルマを指差し、堂々と不安要素宣言をしてのけるケビン。

 もちろん、これにはアルマの方が激昂する。


「リムルの見る目を疑うわけじゃねぇ。人柄としては信頼できるんだろうが、場所が場所だ。世界樹の迷宮を潜り抜けることができる程の腕か、俺は知らねぇ」

「確かに今のまま、迷宮を登れると豪語するほど世間知らずじゃないつもりが……これでも腕に覚えはあるんだ。そこらの奴より役に立ってみせる」

「そこら程度じゃ無理だ。お前はエイルの戦闘だって見たことないんだろ? 『桁外れ』についていけるのか?」


 む、なんだかケビンが失礼なことを言っている気がする。


「リムル、わたしバカにされてる?」

「大丈夫、褒めてるんだよ」

「そう?」


 袖を引いてリムルに確認を取るけど、なんだかおざなりな返事が戻ってきた。

 そんなやり取りの合間も、ケビンの口論は続く。


「毎日のようにプライドをへし折られ、いいように利用され、気が付けば私生活にすら支障が出る始末。こいつらと一緒に行くってことは、そういう目に遭うってことだぞ」

「それはさすがにヒドイな」

「全部、俺がされたことだろうがっ!」


 白々しくも呟いたリムルに、怒鳴り返すケビン。

 いや、さすがにそこまで黒くは……黒……ゴメン、否定できない。


「まぁ、そこの彼の腕に疑問があるなら、テストすればいーんじゃねー?」


 そこにポツリと口を挟んできたのはイーグだ。

 彼女の発言は常にシンプル。そして核心を突く。疑問があるなら証明しろ。実に単純な話だ。


「なるほど。よく考えてみれば、彼がエイルの腕を知らないのと同様、ボクたちも彼の腕を知らないしね」

「よくそんなので仲間にしようと思ったな……」

「これは言い訳のしようが無いか。なんだか彼は頼りになる気がしたんだよ、不思議と」

「お前が先入観だけで動くとか、珍しいな。ついでにバルゼイのオッサンの腕も確認しておこう」

「おう、望むところだ」


 そんなわけで、急遽試験をすることになった。



 わたしたちの家は、城壁の中にあるとはいえ、かなり中心部から外れた僻地にある。

 学院からはかなり遠いが、元々魔術実験やわたしの剣の修練のため、多少騒々しくても苦情の出ない立地という面ではうってつけだったのだ。

 隣には資材集積場があり、材木が山と積まれている。

 反対側はカンカンと鉄を叩く音が響く鍛冶師の家。

 通りの更に向こうにようやく民家があり、さっきイーグが連れ込んでいた少年はそこの子供らしい。


 まずわたしが外に出て、角の魔力感知で隠れている人がいないかチェック。

 次にイーグが探査の魔術を使用して周辺を索敵する。

 この魔術はアミーさんとセーレさんに教えるつもりなので、実用して見せたのだろう。


 アルマは早速荷物を解き、身の丈ほどもある大剣を抱える。

 ケビンもクト・ド・ブレシェを構え、相対した。


「死なない限りは何とか治してあげるから、程ほどにね?」

「お前がいると怪我が怖くなくなるから、逆に怖いわ」

「そんなにスゲーのか、こいつ?」

「この街で『致命打を掻き消す者フェイタル・キャンセラー』の二つ名を知らない奴はモグリだぞ」

「その呼び名はヤメロ。ケビンは治癒無しな」

「おいィ!?」


 審判役にイーグが付く。彼女ならヒートアップして危なくなる前に『物理的』に止めることができるからだ。

 わたしでもいいんだけど、わたしがやると『トドメ』になりかねない。手加減は苦手なので。


「それじゃいくよー? ケビン対アルマ。はじめー」


 少々間の抜けたイーグの掛け声。

 それと同時に、アルマは武器に掛けた術式を起動した。

 突如炎に包まれる大剣。焔纏の魔術を付与していたのか。

 対するケビンはクト・ド・ブレシェの能力を発動させず、余裕の表情。

 まぁ、確かに構えから見るに、ケビンとアルマでは天地の実力差がある。


「いくぜえぇぇぇ!!」


 気合一閃、一気に駆け出したアルマ。

 対するケビンは機先を制するように、懐に飛び込む。

 するりと、流れるような動きで潜り込まれ、振り下ろす剣を鍔元で止められる。

 何の抵抗もできずに間合いの内側に入られたアルマは、驚きを隠せずにいた。それでもとっさに大剣を手放し腰に手をやる。そこに装備されているホルスターから、短剣を引き抜いた。

 サブに取り回しのいい武器も用意している辺り、シタラの冒険者っぽいな。まだ登録してないみたいだけど。


「よっと」

「くっ、この――!」


 今度はその手をケビンが掴む。万力のような力で締め上げ、離さない。

 腕を振って振り解こうとするが、圧倒的腕力差で腕を振ることすらままならないようだ。


「ほいっと」

「ぐばぁ!?」


 腕を掴んだまま、くるりとクト・ド・ブレシェを回転させ、柄頭でアルマを突き放す。

 強烈に腹を突かれ、呼吸すら儘ならない状態の彼を見て、ケビンは軽く肩をすくめて見せた。

 そのままきびすを返し、離れようとする。試験は終わりとばかりに。


「ま、まだ……まだ終わって、ねぇ!」


 ケビンが振り返ると、そこには大剣を杖にし、膝を震わせながら立ち上がる……いや、立ち上がろうとするアルマの姿があった。

 呼吸困難を起こし、涙と鼻水に塗れた顔で、それでも戦意を失わない。


「いや、終わりだ」

「終わって、ねぇって……言ってる、だろ」

「合格だっつってんだよ」

「――は?」


 ケビンは得物を地面に突き刺し、それにもたれかかる様にして腕を組む。

 時間にしてほんの数秒。たった二合の打ち合い。


「剣の威力は合格点。懐に潜り込まれて、とっさに短剣を抜いたのはいい判断だ。圧倒的に技量も経験も足りないが……素質はある。それに根性もな」

「昔のケビンみたい、ね?」

「うっせ、ここまで直情バカじゃねぇよ」

「あの、私にはケビン殿にあしらわれた様にしか見えなかったのだが……」

「ぐふっ」


 セーレさん、それはあまりにも可哀想な一言……

 立ち上がったばかりのアルマが、膝から崩れ落ちて滝の様な涙を流している。

 頑張って立ち上がったのに、なんて哀れな。


「まぁ、そいつが合格したんならいいじゃないか。では次は俺だな、『災獣殺しビースト・スレイヤー』?」

「……オッサンの方は腕が立ちそうだ」

「おうよ、こう見えてもお前と同ランクだぜ」


 バルゼイさんは長剣と盾を構える。典型的な騎士スタイル。

 ケビンもそれを見て、大盾を取り出し、クト・ド・ブレシェを片手に持つ。

 それを見て呆れたような声を漏らしたのはアルマだ。


「あの馬鹿でかい得物を片手で!?」

「ああ見えてわりと軽いんだよ、あれ。でも一般人で片手持ちは、さすがに無理だよなぁ」


 大盾も数キロはある鉄の板だ。両手の重量を合計したら、それこそわたしの体重と同じくらい? いや、わたしは軽いよ。うん。

 まぁ、ちょっとした人間程度の装備を軽々と振り回せるようになっているのは、イーグの血のおかげだ。

 神話レベルの魔獣の生き血はそれだけで大きな力を宿すという。

 ましてやファブニールは竜神バハムートに連なる直系のドラゴン。その心臓は不死を宿すとまで言われている。

 そういえば異空庫にあるファブニールには首とか心臓がなかったな。破戒神さまが食べたのかな……食い意地張ってそうだったし。


 そんなことを考えているとすでに試合は始まっていた。

 いや、強引に始めたという方がいいのだろうか。イーグの掛け声を待たずに斬り込むバルゼイさん。

 それを慌てず、落ち着いた顔で受け止めるケビン。


「ほう、不意打ちに対応するか!」

「モンスターが『始め』の合図してくれるなんて、聞いたこともねぇよ」


 ガンガンと盾と剣が撃ち合わされる音が響く。

 力量としてはケビンが優勢なのだけど、積み上げた経験からか、バルゼイさんも押し切られるような位置にいない。

 盾のある側に回りこみ、逆に盾を死角として利用しながら攻撃を仕掛ける。

 ケビンも敢えて武器の付与効果を使わず、技だけで対抗しようとしてる。

 まるでお手本のような試合が続く。ちょっと暇になってきた。


「はい、エイルちゃんも食べる?」


 そこへオレンジを差し出してきたのはアミーさんだ。手には三つのオレンジを抱え込んでいる。

 それをセーレさんとわたしに配り、自分の分の皮を剥く。


「なんてーか、暇だね?」

「うん、でもいつものことなのよねぇ」

「いつもこう、暴れまわっているのか?」

「まぁ、男の子だしね。多少はね?」


 気が付けばリムルはケビンを、アルマはバルゼイさんを応援して、応援合戦の様相を呈してきている。

 まるでスポーツ観戦のような有様だ。


 結局、バルゼイさんとの試合は三十分近く続いた。

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